第6話〔変貌、人の夢と欠いた選択〕⑥
幼少の頃、誰もが耳にする様な御伽話。
ただ童話――と言うには些か人生の教訓染みた内容ではあるものの誰もが知るその物語の続きは――ないのだ。
「ぅが……」
「はい、一般的にはこのお話に続きはないとされています」
と言うか部分構成の作品ではないと、皆が思っている。
事実物語の最後には結末も書かれているし。
「ですが私は、このお話には続きがあると思っています。いえ、きっとあるのです」
何故と思い首を傾げる。
「だってこのお話の最後、どこにもお終いとは書かれていませんもの」
めでたしめでたし。
そう言いたくなるステキな発想だ。
しかし、それは物語からして〝めでたい〟と言える内容ではないからで、作品の結末がついていない訳ではない。
強いて言及をするのなら、読者の想像に委ねる末路と捉えるコトも。
「それに、なんだか悲しいですわ。人も魔物も生きてるコトに変わりはありません。人ではない、それだけの理由で、愛を得る事ができないのを当然とするのは不憫が過ぎます」
麗しい。
しかしながら否定をしたいとは思ってもいない。
そもそも幼い頃に知るであろう古い創作品を見て、その最後が否でも応でも構わない。
童話とはそういう心の糧である。
ただ作り話である以上はその終幕を受け入れるしかない。
と思う内が、自身の緑な顔色で知られたのか、何も反応をしていない筈なのに寝間着の女神が微笑む。
「いつかこの城を出て、広い世界へと旅立ち――沢山の思い出と苦労の末に幸せな結末を得る。それは私の憧れる冒険者なのだと、私が読んだどの本にも描かれていますわ」
ふむ……。
実質そんなコトはない。
いや、正しくは――そんな冒険ができるのは限られた少数でしかない。
現実は辛く険しい選択を避けて進み、願わくば冒険などはせずに終われたらと思う。
ただそれでも、冒険者を志した者達の多くが幼い頃に見た〝夢〟を否定できず。
無邪気なその笑みを無意識に――見続ける。
「ですがその為には、私自身もそうですが強くならなければなりません。冒険者にとって最も大切なのは健康であると、そう読み取れますもの」
間違ってはいない。
冒険者にとっての資本は己の肉体。
健全であるかは微妙だが……、健康に動ける事は何よりも重要だ。
しかし、と健康的ではあるが正直実戦向きとは言えない華奢な体を一見する。
まあこの世界に於いての戦闘能力は鍛え上げられた肉体だけではない。
寧ろ選択権の多さこそが幅広い冒険では役にも立つ。
能力・技術そして知識の集結が個の強さ。
実際の伸びしろは分からないが、……現状の自分よりはマシだろう。
その上で人間の努力が必ずしも報われるとは言えない。
だが夢を抱き進むべき道を決めた者を止める事ができない人種――それが冒険者、と呼ばれる所以なのかもしれない。
「それでその様な訳がございまして、実を言うとブリちゃんにご相談が……」
む、相談とな。
「ぅが?」
「はい。ですので、私が強くならざるを得ないこの夢を――叶える為、ブリちゃんにも強くなってほしいという勝手な願いとして、お話をしておきたいのです」
なるほどね、――へ?
「我が儘である事は重々に承知しております。ですがこの様な夢を話せるのも、ましてや頼む事などは、ブリちゃんにしかできませんの」
それは、そうだろう。
――普通に考えて一国の姫が軽々と口に出来る様な内容ではないし。
身近な者に知れただけでも大問題に発展し兼ねない。
ただ、強くなろうとする気持ちは分かるが、何故自分までも。
――まさか。
「ぅが……」
「お察しの通りです。私の夢の旅に、是非ブリちゃんにも同伴していただきたいのです」
何で。
というか、さっきから普通に会話が成立している気がする。
勿論自分は人の言葉を話せてはいない。
「今直ぐにとは参りません。ですが来る時が来たら如何しても」
それは一体どんな時なんだ。
あと、行く行かないの前に、忘れちゃいませんか? と。
弱々しい自己の形体を本来であれば筋骨隆々で見せるべき姿勢にて示す。
「ふふ、今はお互い全然ですわね。でもきっと私達は強くなれますわ」
何を根拠に、とはそもそも言えない。
それ以前本当に強くなれるのか? こんな状態からでも。
なれるとすればそれはそれで有難い話だが。
正直夢なら覚めてくれという気持ちはとうに薄れて今は現実を如何生き止まるか。
願わくば人で在った時に戻りたい。
――ん? 人で在った……時?
「因みにですが、ブリちゃんは何か成し得たい物事などはあるのでしょうか?」
ぬ、それは勿論の事。
元の人間に――。
※
果たして、俺は間違っていたのだろうか?
もしも違う選択をしていたのなら、現状よりも良い結果に成っていたのだろうか。
そんな事を一度は誰もが思う。
けれど後悔は先には立たないが後になって悔やむ時は何時だって失敗が先だ。
だとすれば、悔やんでいる時点で失敗したと認めてしまっているのか。
自分は――。
※
――決めた。
前回は途方もなく長い時間を掛け、選んでしまった……――けれども、同じ思いを置くかもしれない時間は二度と――掛けたくない。
俺は、もう迷わない。
「では私は物語の続きを探す為に、ブリちゃんは元の姿に戻る為、近い将来壮大な冒険へと共に参る約束をいたしましょう」
そう言って、手の指先が向けられる。
それは利き手全ての指を互いに合わせる事で固い約束とする、主として子供が行うもの。
調子を合わせる、ではないが結果として即刻誓いを立てるには丁度いい。
無論正式な合意とは言い難いが、それでも自分はここに誓おう。
人間から変貌してしまったこの姿その命の生と心を懸けて、人が欠くことの出来ない夢へと続く道中に力を尽くす助けとならん事を。
人の――夢と――自身の選択を合わせ。
ェ。
「あら」
ユ、ゆ、指が無い。
――正確には四本で一本足りてない。
「ふふ、困りましたわね。これでは一本余ってしまいますわ」
他人事だからか微笑ましく見られていますけれども本人は結構な衝撃を受けている。
「それでしたらこうしましょう」
言って、手の数と指の本数が変わり。
片方で二と三の両手が新たな形式を整える。
「私とブリちゃんだけの、特別な誓いですわ」
ああ、なんてステキな。
そして当然の様に誓おう。
「今ここに私達の夢を誓い、固い約束として果たす事を」
「ぅが」
指を――合わせて――心に指し示す。
この儚い夢を果たす努力をしよう、と。
そして彼女が微笑む。
自分も釣られて笑う。
「では難しいお話はここまでにし、折角の夜を楽しみましょう」
ぇ、ぁ。
「がボっ」
衝撃の余りベッドから落下しそうになる。
「ふふ、一度でいいからやってみたいと思っていましたの」
そう告げる手には今し方投げた枕とは別の、持ち込みの物が今か今かと待ち構えている。
ほほう。
言っておくがオジさんは歴戦だよ、手加減とか――。
「――がブッ!」
「遅いですわよ」
く、体格差で力関係は圧倒的に不利だ。
ならばと傍に落ちていた最初の枕を拾う。
秘技! シーツ返しからの奇襲戦法。
「キャなんですのー」
男たるもの最後は突貫じゃーい!
――そう突き進むべき道、それが直に戦火の中へ続く事を。
その時の自分はまだ知らなかった。
そして、彼女との約束が本当に儚い夢であったコトを、知る。
変貌、人の夢と欠いた選択/了
【補足】
最初に、ここまでをご一読くださった方々に感謝の意をお伝えいたします。
そして次話からは本編の始まり、物語の開始となります。
少々更新頻度の少ない作者ではありますが、
頑張って投稿していきたいと思います、ので。
何とぞ引き続き、宜しくお願い致します。m(_ _)m