第4話〔変貌、人の夢と欠いた選択〕④
「困りましたわ……」
実に同感である。
というのも――。
「さすがに動作だけでは名を推察するのが至難ですわ」
「姫様、仰せつかりました追加の衣服をお持ちいたしましたが、……本当にこちらで?」
「まあ懐かしい。ありがとう、リサ」
――いや、だから何故に女物。
正確には女子が着そうな子供服だが。
体格的に子供用なのは分かるとしても、筒状の物や審美性に疑問が尽きない。
最早人形――玩具の様に、楽しんでいると見える。
「……何も姫様の思い出の品でなくとも、他にいくらでも」
「何を言うのですか、思いがこもっているからこそ、大事なお友達に着ていただく実りがあるのです」
ん?
「しかし……、――……姫様? どうかされましたでしょうか?」
なんだ急にこの娘、耳まで顔を赤くしているのだが……?
「な、何でもありませんっ。ささ、早急に選ばなければ夕食の時間が迫っておりますわ」
イヤだからスカート類は止めて本当。
――何故だろう。
不意に昔の事を思い出す。
それは人だった頃、長らく俗世を離れる前の一時。
酒場のテーブルを囲む当時の仲間と、雑多な内容ではあったが一日の労をねぎらう品々。
開始は酒の入ったジョッキを掲げて――。
「それでは姫と、その恩人たる魔物殿の栄誉を讃え、乾杯じゃ」
「乾杯っ」
――透明な液、率直に言って唯の水が入ったグラスを落とさぬよう持ち上げて飲む。
ぇ、ウマい。
思いの外、と言うより本当に混じり気のない水の味。
なのに懐かしい程に味がする。
そうか、ずっと飲まず食わずで居たから。
「ブリちゃん、どうかしましたか?」
ふっと我に返る。
そして、ブリ――。
「ブリちゃんとな? 姫よ、どういうコトじゃな」
「はい、お名前が無いのは不便と思い私が名付けました。ゴブリンですので、ブリちゃん、愛着の湧く良い呼び名と思うのですが……」
と、やや離れた席からこちらを窺い見る姫の視線を感じ取る。
「ふむ。不便である事は同意じゃが……些か可愛すぎる響きと思うがのう」
「あら、可愛いのはとても素敵な事ですわ」
「しかし〝ちゃん〟と言うのは……」
――せめては君。
「ですが先ほど確認したところ、ゴブちゃんには性別を象徴とするモノの存在は見当たりませんでしたわ」
「姫よ……一体ナニを確認したのじゃ」
と言うか周囲の兵がザワついているので止めてほしい。
人で在った時にも見たことのなかった豪華な献立。
広い食卓を覆う場の雰囲気は気品に満ち、そんな慣れない環境での食事が食物を運ぶ指先に緊張を伝える。
結果あっと、また器の場外を潰れた肉で汚す。
次いで周囲で起こる誹謗が酷くなる。
ぐ……。
借りた衣服を汚すまいと慎重になり過ぎているのもあるが、単純にゴブリンの手には人間の食器が扱いづらい。
肉を切ろうとして雑多な音が鳴り、慎重になって零れそうな物を取り繕うとするから余計に焦り、そうやって手間取っている内に原形は崩れる。
しかも口角が広いのを意識している所為でおちょぼ口になり、食べる瞬間にはどうしても啜り音が出てしまい、最悪こぼれ落ちる。
その度に見ている側からの小言も拾わなければならない。
――こんなにも豪華な食事なのに、まったく食べれている気がしない。
心すらも、満たされない。
これなら迷宮内で食う怪しい食材の方が美味しかったとすら思える。
すると唐突に、傍らにやって来た家政婦の手には丸皿が。
「王女様から仰せつかりました」
そう言って後ろめたい途中の皿を動かし、新たな物が目の前に置かれる。
……これは。
「サンドウィッチです。食器類は使わずに、手で召し上がってください」
そうして去って行く家政婦を見送った後の流れで王女の席へと視線を転じる。
其処にはにこりと微笑み、手に持っていた同類の物を口に運ぶ天使の姿が在った。
ああ、貴女こそ女神の落とし子だ。
…
「「ご馳走様でした」」
自分も、声には出さずに食事への感謝を示す。
実に窮屈な内容ではあったが決して不満の残る結果ではなかった。
何より長らく関係を絶っていた食事という当たり前の時を思い出すには十分過ぎる献立だったと言える。
はぁ食った食った。
けれど、俺ってこんなに小食だったっけ?
まあ現認すれば、妥当な量とは思うけど。
正直、飯まで食っといて何だが、未だ夢見心地である事に変わりはないのだ。
寧ろ腹が満たされて一層冷静になりつつ。
「しかしながらじゃ。改めて、この様なもて成しを行う日が来るとは、思いもせんかったのう。のう、姫よ」
これは所謂食後の雑談と言うやつか。
まあ王族でなくとも日常的なヒト時ではある。
「ええ誠に。一時は生きた心地無き恐ろしい体験となりましたが、新たに不思議ではあるものの素敵な出会いに恵まれた事を喜びたく存じます」
「うむ。じゃがのう姫よ、此度の一件では雇いとはいえ尊き犠牲が出ておる。決して喜んでばかりではイカンぞ」
「そ、そうでしたわ……。私としたことが人命の上で喜びを表現するなどあってはならぬコト……。申し訳ございません。以後決して繰り返さぬ様、改心を致します」
「うむ、良き心掛けじゃ」
なんだろう。蚊帳の外ではあるけれど、自分の想像していた王族とは違う。
――高貴とはこういう精神を言うのだろうか。
「して姫よ、本来であれば早々にすべき審問がある事を忘れてはおるまいな?」
王の口調もさることながら途端に場の空気が一転する。
ムム……。
これまでに感じたことのない独特な雰囲気。
無論殺気等と呼ばれる部類では全くない。
まるで直接心を指す様な、抗う気を起こさせない重い楔。
しかも名指しすらされていない自分にまでそう思わせる領域。
これが王様か……。
「……はい」
「申してみよ。何故、ワシの命に背き外出に至ったのかを。但し其方の軽率な行動により外部の者に被害が出ておる以上、言葉は選んでのぅ」
そ、そうだったのか……。
けれども確かに不可解な点は実際に見受けられた。
今更ではあるが、そもそも護衛の主体が傭兵で構成された王族の馬車なぞ聞いた事ない。
数も一国の姫が乗るには薄過ぎる。
自動戦闘の性質上、人対人の場合その目的にもよるが、総当たりをすれば数で勝る方が圧倒的有利を取れるのは既知の事実。
今回は数が均衡していたか、上手く巻き込み展開をした奴が居るなどして一時を凌ぐ事となったのだろうが実際は自分が居なければ、王女はどうなっていた事か……。
まあ逃走を考えた身で偉そうなコトを言う気にもならないけれど。
「わ私はっ」
と次の瞬間――。
「全ては自分の至らぬばかりッ! どうか姫ではなくっ、我が身を御罰しください!」
――食事をしていた時からずっと、場の状況を他の者同様に室内の端に立ち見守っていたであろう青年らしき人物が今まで居た所から滑り込む勢いで平伏する。
あの人は……。
「ロゼか。確かその方も同乗していたのであったな?」
そう、ここに来る道中、自分に対する向き出しの警戒心を常に解かなかった若い執事だ。
「はいっ」
「其方が付き人でありながら姫の軽はずみを阻止するに至らなかったのは何故じゃ?」
念の為に言っておくが、見ている方が泣きそうな位の威光を王は放っている。
「すッ全ての責任は自分に御座いますっ! ど、どうか姫に及ぶコト無き処罰を!」
「ワシはその様な事を問うておるのではない。二度は言わぬ、先ずは我が質問に答えよ」
これは見るからにヤバそうな……。
「お待ちください!」
一時は口を閉ざしていたものの、当然の様子で声高に立ち上がる。
――姫、アトは貴女次第ですよ。