第3話〔変貌、人の夢と欠いた選択〕③
――儚き青年の未来は絶たれた。
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今も尚、夢の様な心地で世界に居る。
本当にこれは、……現実なのだろうか?
いや、全く以て現実味がない。
「その方、面を上げよ」
ハイと頷き、顔を上げる。
「……う、うむ。よもやこの様な日が来るとはのう」
大変同意します。
「しかしながら、その方が我が娘を助けた魔物であるというコトは姫の側近などからも聞いておる故、疑いはすまい」
と言うか生存中というだけで十二分に有難い。
――まさか、人間の時でさえ入ったことすらなかった王宮、しかもその王との謁見をしているのが魔物になった自分。
一体なにが起こっているのか混乱の真っ只中です。
「更にはその方が人の言葉を理解しておると言う事は誠と見受ける」
こくこくと頷く。
「ふむ……、目の前にしても実に信じ難い」
難いと言うか、実際のところは危険視しているのが十分に伝わってくる。
そんな皆の葛藤を瀬戸際で抑制しているのが――。
「まあお父様、まだその様な事を仰るのですか? 何度も申しましたように、こちらの魔物さんは私の命の恩人です。決して無下な扱いをせぬ事、ましてや荒々しい対応など絶対に行わぬと誓った事をお忘れになりませぬように」
――と王の隣席に居るアンジェ様ことお姫様のお陰様。
もしも彼女が居なければ、謁見の間に到達する事すらなかったと思える。
それ程に自分を見る人の眼が殺伐としているのが犇々と伝わってくるからだ。
だからなのかは知らないが、彼女はここに来るまでの間、ずっと近くに居てくれていた。
きっと見た目通りの、優しい性格なのかな……?
「無論忘れてなどおらぬよ、姫。――一国の王としてではなく、一人の父親として、娘の命を救ってくれた事には感謝ではし足りぬ程にのう」
で、その事なんだが。
「さすがは私のお父様ですわ」
「ほっほっほ」
いや、ほっほ――ではなく。
何とか、身振り手振りでも……。
ハァハァ、ハァ……。
「詮ずるところ、その方は元は人であったと、その様に言いたいのだな?」
おっしとなり、ここぞとばかりに首を振る。
「それは誠に信じ難い話じゃ……」
まあそうなるのか。
「――いえお父様、私はこの魔物さんが仰る事を信じますわ」
出来れば魔物さんとお呼びにならないで欲しいのだが、今は仕方もない。
「うむ、そうじゃな」
これは意外だ。
もう少し滑舌の悪くなる感じかと思ったが。
「実を言うとの、ここ最近我らの住まうこの東大陸では戦火が絶えぬ状態でな」
なぬ。
と言うか、ここは東大陸だったのか。
そして戦火? と不意に首を傾げる。
「しかもその争いには多くの魔物が関わっておるとの噂が飛び交っておるんじゃ」
「ゥガ……?」
おっと思わず声を発してしまった。
もうしないので大目に見てください、と一瞬で緊張する近衛兵さん達と極力目を合わせず内心で反省と謝罪をしておく。
「……その様な事情もあってのう、今は魔物に対しては非常に警戒をしておるのじゃ」
なるほど。
そうでなくとも魔物だし、本当にこの場に置いて命が在るだけ奇跡ですよ。
「じゃが、その方の話はもしやすると現在広がりつつあるこの状況と何かしらの関係があるのかもしれぬ。とはいえ無論その方を疑っておる訳ではない。少なくとも我が娘を救ったその義に反する事は我が命に懸け決して行わぬと誓おう」
正直それだけでも十二分。
なので、ならばと一息つく間も置いた事で再び帰る旨を伝える仕草を試みる。
ぶっちゃけ魔物が居る状況事態がこの上ない迷惑であると、安易に分かるし。
「ム……――向こう? ……行く」
次いで蛙の様に跳ねる。
と途端に――。
「それはイケませんわっ。まだ、何も御礼をしておりませんのに」
――飛び上がる様にしてお姫様が椅子から立ち上がり、言う。
「姫よ、どういうコトじゃ?」
「こちらの魔物様が元居た場所へ帰ると仰っているのです」
「なんと、今からか」
「いいえその様なコトはなりません。御礼どころか、陽も沈む頃合いにお客人を帰したとあっては恥の上塗り。そうですよね? お父様」
「うむ、姫の言う通りじゃ。――その方、今宵は王宮に部屋を設ける故、泊まってゆくがよいぞ」
嘘ん……。
同じくザワつく謁見の間。
魔物が王宮に寝泊まりするなんて、前代未聞が過ぎるでしょ。
「それでは食事も共にしましょう。ですが、その前に――」
アンジェ様の視線が自分、もとい自分の〝身体〟を見詰める。
「――装いを整えなければなりませんわ」
「うむ、確りと不足を満たすが良いぞ」
ェ? 何。
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夢のまた夢と思えた戦闘を終え、世界が元へと切り替わる。
見慣れた刹那の白さ、次いで現れる世の中――よりも先に見えたのは明らかに恐怖している女の顔だった。
「ひっ」
まぁ落ち着きなさい。
自分は何もしないよっと周囲の状況を確認。
未だ展開されている幾つもの戦闘空間――。
「お、お止めください……」
――何を止めろと言うのか。
元より危害を加える気などない。
それどころか助ける気すらなかったというのに。
さっと背を向け、後ろ向きに手を振る。
何処の貴族かは知らないが、達者で暮らせよ。
こちとら等級1の雑魚が一生経験できないであろう体験をさせてもらった。
お互いに、何も言う事はあるまい。
そしてさらばと踏み込んだ拍子。
「お待ちくださいっ」
何故かお声が掛かるのだった。
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今思えば、あの時に踏み止まらず去る選択をしていたら、また別の結果が――。
「はい、お流しします」
――アバババ。
視界を覆う一瞬だが勢いのある流水、もとい流湯。
思わずブルブルと頭を振るってしまい。
あっとなって振り返る、と濡れた衣服に透ける白い肌が。
やっちまった。
「姫様っ」
傍らで常時不安気に見ていた下女と思しき女がオロオロと狼狽える。
「落ち着きなさい、リサ。浴場で濡れるなど当たり前の事です」
「……姫様」
そして誰よりも戸惑う自分にまで微笑みを見せる、濁りのない姿。
何この女神。
「さあ、身洗いが終われば衣服を選ばなければなりません」
何故かその表情はとても楽しそうだ。
「そ、その前に姫様もお着替えを……」
「ええ、このままでは魔物さん共々感冒になってしまいますわ」
と言うか自分としては別のところに熱がこもってしまいそうで困る。
すると何かに気付いた様子で、女神がこちらを見る。
「そういえば今更ですが、魔物様にはお名前があるのでしょうか……?」
ム、名前……。