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第36話〔対決、最弱vs.最弱な選択〕⑥

 戦い、もとい試合は開始早々から激しい打撃戦となる。


 いち早く敵の持つ武器を叩き落しひたすらに打つ。


 呼応する様に打ち返される拳が何度も肉体や意識を刈り取ろうと躍起になって手数を増やし角度を変えて襲来するが負けじと打つ、打つ、撃つ。


 既に何処ぞの骨は折れている気がする。イヤ折れている。


 それでも繰り出す拳を止められない。


 血肉が爆ぜ、骨は砕けてひん曲がる。


 なのに闘争を止めようとは微塵も思わない。


 目の前の敵に、倒すべき相手と見据えて本能のままに身体ごと心が震えていく。


 スゲェ、スゲェ、凄ェ!


 あのオークと正面から殴り合ってる。


 拳から伝わってくる衝撃、肉、傷み、それ等すべてが心地よい。


 鈍く、軋む、肉体の叫び、自分は今限りない闘争の極致へと突き進んでいる。


 もっと、もっともっと――死を以て、終えるまで。


「ゴブリンさんーっ!」


 誰かの声、同時に身体の痛みが遠退く。


 ダレだ、ジャマをするな。今、オレは――!


「リエンさんはなんとかなりましたっ。あとはその、ヤっツけちゃってくださぁいッ」


 ぁ……、リ、リエン、そう、だった。


 ――手は止めぬままに相手を見つめ直す。


 完全に、我を忘れていた。


 変態にはこういう副作用的な事も有るのか。


 とはいえ今もまだ、完全に正常な状態とはいえない。


 早々に決着はつける方が――。


「グラァッ!」


 防御をすり抜けて肉にめり込む一撃、身体の芯が軋む。


 ッぐ。――この野郎ッ!


 と返す渾身の一発で相手がグラつく。


 更にもう一発、止めの一撃を喰らわそうと力を込めたところ反撃で攻守交代の一進一退。


 クソっなんてシブとい――!


「グラッ!」


 ぐッ。俺の方が上だとでも、言いたげな――ッ。


「傷なら私が治しますっ!」


 再度、全身の痛みが和らぐ。


 そうか。イヤ、――出来る事ならば自身の力で。


「ただ急いでくださいっ、一命はなんとかなりましたがリエンさんの状態が良くはありませんよ! 早くっ落ち着いた場所で治療を!」


 申し述べる方は簡単だな。


 現実は領域内ほど楽ではない。


 まあ、楽と言っても相応の苦労や努力は求められる仕様だが。


 実際に殴り合ってみて分かった。


 魔物等にとって、領域内での戦闘は圧倒的不利――だったというコトを。


 これだけの強靭な肉体をもってそれを数値上でしか戦いで反映させる事が出来ない。


 宝の持ち腐れ、もとい存在そのモノの否定的な仕組みと言える。


 それだけ人に対する加護、神の慈愛が表れているというコトなのかもしれない。が。


「……グラ」


 魔物コイツ等にはそんなコト、どうでもいい事だろう。


「グラアッ!」


 強烈な一撃が、防御した腕の骨にまで届く。


 グッ。このっ――。


「グガッ」


 よし如何っウわッ、っと。


 まだ返すだけの。


「グララッ!」


 ――グッ、コイツ笑って。 


 まあでも分かるよ。さっきまでの自分もそうだった、なんなら今も高揚はしている。


 けれども。


「グラアア!」


 オレには目の前の相手だけに集中出来ない理由があるんだよ。


「グラッ……!」


 渾身と呼べる敵の一撃、それを正面から防御するフリをし――受け流す。


 正面からの殴り合い確かに心躍り高揚もしたが我に返れば何てことはない。


 まともに受けることなく避けて掴んで投げ飛ばす。


 例え痛手を負っても、直後に治る支援魔法。


 オレは――独りで戦っている訳ではなかった。


 それを一発、一撃の度に実感していく。


「……グララッ!」


 悪いな、出来る事なら最後までと思える時が紛れもなくあった。が。


「グラッアアア!」


“――雄叫び”だが。


「グラ……ッ!」


 今回のは自分の方だ。


 全身の力を一点、拳に集中する。


 実際のところ、楽しかったぜ。


「グラアッッ!」


 これで最後アバヨだー!






 ――……ハァハァ。


 地面に伏す迷宮の主。


 その身体が次第に霧状へと消えて逝く。


 つ、疲れたァ……。


 さすがに満身創痍と無意識に変態も解けて、へたり込んだ矢先――。


「ゴブリンさん!」


 ――微動だにしたくない身体を揺さぶり絞めつける。


 ただ少なからず即刻解きたくない気になってしまう弾力が苦痛に抗う、終始。


「スゴイですっ勝ちましたよ! ゴブリンさんがッ、しかも独りですっ」


『ヒトリジャナイ』


「ぇ?」


『ミンナノオカゲダ』


 事実そう、だ。


 結果的にリエンは、当初の予定通りにはいかなかったがマリアを含め――て、そうだ。


『リエンハ? ドウナッタ』


「ぇ。あ! そうでしたっ」


 ガバッと来て、バッと放れる。そんな忙しない治療士の事を想ってか。


「……まだ、くたばって…ねェ、よ…」


 岩で出来た天を仰ぎ見るまま弱る我が身に組み付かれまいとした様子で告げる。


 無論――。


「リエンさんッ、ご無事で良かったですよぉ!」


「…おいっヤメ、痛ェだろ…!」


 ――マリアはお構いなしで予想通りの事を成す。


「いえいえ私と一緒に居たほうが早く傷も治りますからぁ」


「フザケ、痛ェって! 放れろ……!」


「ェェ……、そんな言われかたをされたらショックなのですけどぉ」


「こっちは痛みのショックで、死んじまうっつーのッ」


「ですからぁ」


「来るな!」


「ガビーン……」


 とまあ、全員無事ってコトで万々歳だな。




  …




 主との戦い後、しばらくして。


 迷宮最奥、柱の間へと辿り着く。


 広間と呼ぶにはやや小さめの空間ではあるが、その中心に立つ水晶の様な核が迷宮の柱。


 そしてその周囲には目的の。


「――ラコンが咲いていますよ!」


 でなきゃこんな所まで来る理由もない。


 にしてもだ。


「前に見た時はもう少しデカかったんだけどな」


 どうにか独りで歩ける程度には回復したリエンが想起する様子で呟く。


 フム。


 実際こんなに小さい柱を見たのは自分としても初めての事だ。


「――ゴブリンさん、リエンさぁん、ナニをしてるのですかー?」


 ま、目的さえ達する事が出来れば柱や迷宮の状態なんてのは何だっていい。


「ァおい、あんまり柱に触れたりすんなよ」


「ぇ? 何でですかー?」


「そんなのっッ、…痛、ぁぁもう…メンドクサイ奴だな」


 さすがに気にし過ぎだとは思うが、どのみち長居は無用。


 ただその前に、礼儀として。


『タスカッタ』


「――ん。あぁ……べつに、もののついでってヤツだしナ」


『ツイデ?』


「……まぁなんだ、たまには親の墓参りくらいはしねぇと、怒られんだろ。って何言ってんだろうな、魔物相手によ」


 フム。――まあ人にはそれぞれ色々とあって然り。


「とにかくオレの目的はここまでだ。先に戻っからモタモタしてると帰りは、……手伝ってやんねぇぞ」


 フッ、そんな怪我で素直じゃないな。


 さりとて漫然とすれば実際に面倒な事に。


 ――と次の瞬間、あっと驚く声と共に迷宮の根幹を成す柱が治療士の不注意でパキッと音を立てながら地面に崩れ落ちる。


『ハア?』


「はあ?」








  対決、最弱vs.最弱な選択/了








暑かったり、寒かったり、気候は忙しないですが。

私の執筆速度はいつも晴天麗らかを維持しております。

アリガトー!(*´Д`)

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