第34話〔対決、最弱vs.最弱な選択〕④
迷宮内の基本的な構造はさほど複雑ではない。
規模に比例する階層数と奥へと進む程に増す魔物の強さ、出現する魔物の種類は少し場所によっては異なるものの、特殊な環境程に限られている。
それ等の困難を踏破し辿り着く最深部、其処に待っているのは――。
「昔先生に騙されて迷宮の主と戦いました」
――ほう。
「余りの恐怖に即失神した私が、次に目覚めた時……戦いは終わっていたのですよ」
ズルズルと尻を引き摺られるがままにマリアが告げる。
「じゃあ戦ってねぇじゃねェか」
的確な評価だ。
「参加する事に意義があると先生は仰っていましたよ?」
それ出来てないからな。
「なら文句ねぇだろ、今回も覚悟決めちまえよ」
「双方合意無く強制してますよね……」
言う割に落ち着いてるな。
さっきまでの威勢は何処へやら、――まあ門を潜れば腹を括らざるを得ないがな。
「ところで、さっきの段取りは本当ですか……?」
「ん、ああ――戦いの手順な、予定通りやるぞ」
と言うかこの面子では選択の無い最適解。
「相手がコボルトの群れなら道中と同じ様に始末する。オークが現れた場合は直接戦闘は避けてオレがエンカウントさせる、でイイな?」
ウム。
「ハイ。領域内でなら私も頑張れると思います、ので……」
「のでって、ちゃんと決めろよ。それとも世界が変わっちまうまで、領域内で生きるつもりか? そんなバカ居ねぇぞ」
……。
実に複雑な心境。
「そうですね……――あれ、なんか新しい場所に来ましたか?」
「ああ、着いたぞ」
よく尻から伝わる情報で分かるな。
次いでヨイショと、解放されて立ち上がる我がパーティー唯一の治療士様。
「……広いですね」
まあ大抵こんな感じだ。
門を通り暫く歩いて主が居る空間に出る。
一応入口を通過した時点で主との戦闘は判定が決まり始まってはいるが、広間に出るまでは余程時間を掛けて進まない限り向こうから襲って来る事はない。
そして――。
「あれは……扉?」
――来た道とは反対側、広場を抜ける最も奥の壁に最深部へと続く扉がある。
無論現時点で開ける術は無い。
「喧しい魔物使い様は少し下がってろ、来るぞ」
「ハイっ」
と迅速に近くの岩陰に身を潜めるマリア。
「おい魔物、期待はしてねぇけど予定通り引き付けろよ」
『マカセロ』
にしても、いつも思うが気付くと出現しているな主は。と。
これまでの粗末な短刀から一新した真っ当な刃を構える。
やはり装備が確かだと余計な事を考えずに済むので助かる。――リエンに感謝感謝。
てなところで、挑む。
≪オーク≫
等級:3、生息域:陸。
迷宮ではおなじみの油断できない奴。
ゴブリンやコボルトのように低級の魔物は数や小細工を弄するが豚鬼は単純に強い。
緑鬼類とは違い肌は人間と同じ色だが非常に分厚く、群れを成す事もあれば多少の知恵すらある。――ちなみに頭部は文字通りの生物。
しかしその体格や薄黒くなった表皮の感じから恐怖にも似た威圧を受ける冒険者は多く。
オークの群れと対等に渡り合えるパーティーは一人前と批評する基準にもなる。
――位に、冒険者をしていれば嫌でも通り抜けなければならない関門。
そして今回は正しくそれを体現する形で出現した訳だ。
まったく、荷が重い。
こうなる以前なら対応も出来ただろうが、ゴブリンじゃ……。
ま、やるしかないのなら、遣るだけだ。
「グルル」
相手も臨戦態勢に入った。
先ずはこのまま、敵の注意を引きつける。
生き返った後所持していた物は無くなった。
消えたと言うかは元に戻った感じだが、故に以前城へと向かう際に準備した物は再び用意しなければならなかった。
無論先の流れを知っている手前必要な事は済ませ物資も手に入れた。
今は新調した武器を加えて、不足も無し。
その上で挑む相手だが正直分が悪い。
まあ良かった時などこれまでに一度も無かったのだが――それでも。
ヤらなければ殺られるだけだ。
「グラゥ!」
振り下ろしの初撃、走る勢いを可能な限り残すつもりで避ける。
ビュグンと空気の層を圧し切る様な風切り音が耳を掠める、と次いで先ほどまで居た地に鳴り響く爆砕の波動。
大砲の弾かよッ!
事実ゴブリンにとっては砲撃と変わりない。
今ミリも当たっていない筈の耳にやや痛みを感じる。
故に直撃すれば跡形もなく吹き飛ぶ自信が湧く。
そういえば初めての時もそうだった。
あの時は仲間の治療士が救ってくれたが、此度は。
――いや考えるまでもない、か。
何より余計な事を考えている暇など無いのだ。
既に毒は塗ってある、狙いは体格差を利用した死角への移動そして乱突き。
通常の乱突きは領域内だと最多で五回までの確率攻撃。
一撃の威力は通常の一発に劣るが三回以上判定に成功すれば数値で優る。
ただ今回の場合、外界での戦闘となる為その恩恵は――。
一、二、三、四ッ!
――手持ちの武器で突く際の確率加速。
よし全弾命中! ッと危!
棍棒が顔面を掠めていくギリギリの回避、と着地はやや失敗したが直ぐに体勢を整える。
背中への攻撃が完全に入った後で振り向きざまの一撃、正直に肝が冷えた。
……なるほど。
「――グラル」
切っ先を見て確証を得る。
刺さってない。
正確には皮膚を貫通していなかった。
非力、イヤ乱突きの効果か。
無論単純な肌の強靭もあるだろうが、威力を抑え速度を重視した結果だろう。
いくらゴブリンでも全力で行けば針を刺すくらいの力はある。
「グラッアア!」
おっと、分析は後に――ん?
――……足が動かない。
「グララ」
ハッと気付く。
“雄叫び”――!
シマった、萎縮か!
領域内であれば脅威による数ターンの行動不能。
外界なら――。
「グラァ!」
――マズい。
変態――。
「ゴブリンさんっ!」
地を窪める強烈な一撃が迷宮の主と戦う空間だけでなく洞穴全体に響き渡るのではと思える程の勢いでその威力を物語る衝撃を皆に伝える。
「……グラァ」
ッ危ねェ。
地中に逃げていたら完全に死んでた。
というかオークってこんなにヤバかったか。
イヤ、そうか……。
ここは戦闘領域じゃない。
一瞬の判断、数値で反映されない威力脅威。
その全てが――現実。
「グラッ!」
っとと。
棍棒の表面に沿わせて掻い潜る事が出来た自身の体積が、振るわれた勢いで引き剥がされて地面へと衝突する。
――等級1のゴブリンから等級2の沼手。
たださすがに無傷とはいかず若干の痛みが払われて落ちた際の衝撃で残る。
まあこの痛みも、魔物となってからは常の平生。
恐怖だって、今の自分になら乗り越えて行ける! ……筈。
寒かったり、超寒かったりで、落ち着かないな気候、言い分を聞こうじゃないか?
(*´Д`)




