第2話〔変貌、人の夢と欠いた選択〕②
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現在の暦は当然ながら、今が何時かも分からない。
ただ今日は暑くも寒くもない過ごし易い気温であることは、確か。
そんなポカポカと暖かい陽光を浴びて走る馬車の中――。
「では魔物さんは私たち人の言葉をご理解なさっているのですね」
――何度か試してはみたがウマく発声が出来なかった為、こくこくと頷く。
「なんて事でしょう、これはいまだかつて無い大発見ですわ。きっとお父様もひどく驚きになられる事でしょう」
正直、自分も驚きの渦中です。
「これは是非とも御礼を兼ねてお父様にお会いしていただかなければなりません」
ちなみにそう言われるのは三度目、そして何とも有難い話ではあるのだが。
「ね、ロゼ。貴方もそう思うでしょう?」
と同じ車内に居る付き人、所謂若い執事的な男に微笑んで女が問う。
「……左様でございます、アンジェ様」
しかしそのアンジェ様の隣に座る男の手は逆側の腰に携えた剣の柄を変わらず確りと握り締めている。
警戒度全開ですやん。
まあ、そりゃそう。
いくら命の恩人? いや、恩魔――の評価を受けている身でも魔物は魔物。
護衛をも任せられているであろう立場からすれば、今直ぐにでも戦闘空間に放り込みたい気持ちに駆られても致し方ない。
とはいえ、なんならアンジェ様が見ていない所で暗殺し兼ねない殺気を放つのは流石に厳し過ぎるのではと。
元人間であったが故に思う。
ハァ、なんでこんな事に……。
咄嗟とはいえ果たして自分の選択は本当にこれで良かったの、だろうか……。
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刹那の眩い光を伴い現れる戦闘空間、地形効果などは特にない草原を主にした道の上での戦闘が開始。
先ずは反射的に始めてしまった自己の通常ステータスを確認――。
[名前の無いゴブリン種]
HP:10
MP:0
SP:0
Lv:1
――ハイ弱い、死んだ。
完全に詰んだ。
あと名前よ。――今気にするトコではないが。
当たり前の様に勝ち目は全くない。
て言うか当然と言えば当然、最下級の一等魔物であるゴブリンなぞ見習い冒険者が数熟す練習台、正義感を振りかざし一匹で突撃する価値等は一切無い。
第一自分は武器すら持っていないのだ。
あー死んだ。
ただ、――にしては結構後悔をする停滞が。
ん?
「クッソっまだ仲間が居やがったのか! 護衛の連中かッ?」
ぁ、なるほど。と、開始して直ぐに死んでいても可笑しくなかった状況の進行が無かった事に納得をする。
背後からの攻撃に因る奇襲権。
つまり能力如何に関係なく先行を取れた。
しかも相手は一ターンの間こちらを視認できず、――敵が後ろに居るので。
加えて奇襲した側は一ターンの間――命中と会心率が上がる。
……ただ。
「あと少しで俺の手柄になってたのにッ、絶対ぶっ殺してやるからなッ!」
結局の所、死ぬ事に変わりはない。
当然と言うか元より鑑定スキルなぞ持ち合わせていないので相手のステータスは見えない、が見えたところで野盗をする程の手練れに勝てるゴブリンが居る訳もない。
「テメェどこのどいつだろうが覚悟しろよ! 俺の番になったら、さっきの傭兵みたいに即行で殺してやっからなッ!」
うわぁマジ無理。
典型的な煽り口調、しかしそんなコトをせずとも己が己を焚き付ける逃亡の選択権。
現状なら権利としての逃亡が可能――ただ、なら何で出て来たと自問自答は避けられない、だからといって状況的に選択を長考するのが吉とは限らない。
いずれにしろ、時間を掛ければどちらかが不利になる筈、そしてそれは自分である可能性が多いに高い。
当然それは相手も理解し。
「……ハーン。テメェ、ビビってんのか?」
探り合いすら必要とせずに察知された。
「さてはテメェお姫様の付き人だな? まともに戦える能力も持たねぇのに勢いで突っ込んできたって感じだろ、ぁん?」
立場は異なるが動機は完全に当てられた。
「まあ、分かんよ」
エ。
「逃げるワケにはイカねぇよな」
ェっと……。
「けどそれはお互いさまだ。相手が退かねぇのなら、俺は俺の為に殺る。分かんだろ?」
――さ、さては君。
「でも今直ぐに考えなおすってんなら、追わないでやっても――いいんだぜ?」
ひょっとするとこの野盗、現状のステータスが際どいんじゃないか?
「おい、なんとか言ったらどうなんだっ?」
戦闘開始後、特に単独での連戦直後に通常ステータスの損傷を補完するターン経過を余儀なくされる事はそこそこにある。
要するに、目的を目の前にして突然の乱入と奇襲で冷静さを欠き、息巻いている内に自身の状況を把握し我に返る。
そして思っていたよりも疲弊していたステータス――特にヒットポイントあたりを見て内心焦り。
「……言っておくが今の俺はかなりキレてんだ、さっさ決めねぇとマジで殺るぞ?」
これはかなり際どい数値とみた。
とはいえ超絶不利である事に変わりはない。
未だ謎ではあるが、何故かゴブリンである自分の強さは考えるまでもない。
しかし奇襲成功の恩恵があるので、身軽な野盗と言えど初撃は大いに見込める。
ただ武器すら持っていない通常打撃では極大に見積もっても〝2〟が関の山――。
「おいッ、さっきから無視ばっかしてんじゃねぇ! テメェ、マジで自分の置かれた状況が分かってんのかっ? 時間稼ぎなんかしたって、誰も助けになんか来ねぇぞッ!」
――あり得ないとは思うが万一、クリティカルヒットが出たところで二桁すら程遠い。
「……おい、もしかしてテメェ、魔物か……?」
もっと情報が必要、が無ければ逃亡。と思いつつ、野盗の発言におっとなる。
「ふざけんな、……なんで魔物が?」
次いで思い付く。
最悪逃げればイイし遣るだけ。
「……ウガ」
正直違和感のある聞き慣れない呻き声、が自身の喉から発せられる。
「マジかっ、マジで魔物かよ……!」
実を言うとまともには喋る事が出来ない。
自身では人間の時と同じ様に話しをしているつもりでも出てくるのは魔物らしい不気味な鳴き声のみ。
まあ構造として魔物だし、何故とまでは思わないが。
「うわぁ、マジかぁ……」
なんか若干最初とは雰囲気が豹変している気も。
「よりにもよって絶好の出世を目前にして、俺って運悪ィ……」
野盗の出世って何だよ、と聞きたい気持ち。
「あぁ、母ちゃん俺がこんなコトになってるなんて知ったら、バカにするだろうな……」
イヤ馬鹿にするとかじゃなくて問題は他に色々とあるだろ。
「て言うか、なんで何もして来ねぇんだ? おい、魔物――聞いてんのか? て言うか、居てる?」
居てます、そんで聞いてます。
「……まぁ正直このまま何もして来ないでほしいけどな」
お?
「いや、マジさっきの傭兵に勝てたのは奇跡だわ。クリティカルヒットなんて盗賊でも滅多に出ねぇし」
ぁ、やっぱそうなんすね。
「始まる前は傭兵に当たった奴は運の尽きとか言ってた俺が当たるんだもんなぁ……、マジ世の中世知辛いわ」
君その辛さの一端を遣ってるでしょ。
「ハァ、実を言うと俺……残り体力1、なんだよね……。だから、このまま仲間が助けに来るのを待ってるほうが」
ピッ『コマンドを決定しました』