第25話〔死闘、最低な選択と最悪な結末〕①
〝最下級の魔物〟になる前、人間で冒険者だった頃。
度々危険な目に遭う、当然と言えば当然――冒険とはそういうモノ。
そして幾度も仲間と死線を越えていつしか決まる役回り。
いや、職業柄の振る舞いと言うべきだろうか。
とにかく自分は常に最前線、逃げる時も最後尾で敵を引き付ける。
戦闘、逃亡、見張り、有りと有らゆる不祥事にも備えて――迎え撃つ。
ただ生憎頭はそこまで賢くはない。
故に実力行使、経験からの知恵や働きが俺の生き残る糧。
だからか自分のパーティーで魔法使いをしていた奴とは何度も言い合った。
やれ頭が悪いだ筋肉馬鹿だと罵声を浴びせられ、自分も自分で悔し紛れに言い返す。
けれども何時だって最後はアイツの言った事に救われる。
とはいえ今回ばかりは送り出される言葉すらも無い。
でも、果たして何て言う? この状況を見て。
きっとお手上げだと諦めるに違いない。
なら遣るべき事は決まりだ。
そういう時は大抵、俺の言い分が通る。
…
森の中でひっそりと建っていた石造の聖堂、見るからに人気は無く手入れもされていない建物の内部は建材のおかげか確りと保たれていた。
とはいえトロールの攻撃に耐えられる状態でもない。
何れにせよ囮、――犠牲は必要。
そして最終それは適う。
失敗や頓挫する可能性はあるものの選択する行動の先に確かな救済の措置が見える。
さあ、覚悟を決め、跳び出すのだ。
行くぞっ! オラァーーッ!
細枝を足場に葉の茂る木々の上から地上、目下のトロール目標に――跳ぶ。
が、想像していたよりも距離は近かった。
イヤそれは良い事なのだが如何せん気付かれるのも早い。
一瞬にして目が合う。
それだけでチビりそうになる。
だが、伸ばす手。
最短で着手すべき勝利の一手――は惜しくも空を掴む。
次なる行動は全身全霊での着地、それは辛うじて功を成す。
しかし有無を言う間すらも与えては貰えない。
続く選択は身体の限界値で行う回避、しかも半分は勘だ。
突風が傍らを抜ける束の間――朦朧とする生を感じ取る。
次いで衝撃と土の感触が盛んに全身を打ちのめし、身じろぐ事すら否になる苦痛の中。
――変態開始。
失い掛けた意識がトプンと泥に沈む。
身体の有無は曖昧で、感覚が凝固する新たなる形状。
等級2、沼手――。
生息は水域とされた、主に沼などに潜む魔物。
――見た目は人の手首までを模ってはいるが実質は泥の塊、故に形状は不確か。
ただ生物として存在していない訳ではない。
これまでは全体の中心となる部分を破壊、吹き飛ばすなどすれば死ぬとされていた生体も実際に成ってみるとよく分かる。
内臓と言うほど機能的な感覚はないが、意識が集中している――今は手の平。
恐らく核となる部分を集合させなければ形状を維持できないのだ。
其処を纏めて潰されると死ぬ、そういう性質――何となくだが解る。
途端に小指側がずるりと崩れる。
先のダメージ、直撃はしていないが死んでいないのが奇跡と言っていい。
無論負った傷は残る。
変態はあくまでも生体の変化、以前に受けた攻撃などは当然身に残るし何らかの影響も及ぼす。変わる事で、回復はしない。
……。
声には成らない。――発声器官も無いし。
このまま、泥の中へ一層意識を沈めて楽になりたい。
「フゥォオオオオオ!!」
――なんて。
上手の手から水が漏れた訳でもなく、端から覚悟の上。
算段などは全くない。
――強行突破、ただそれのみ。
二人が逃げるまでの時間稼ぎ、それが俺の遣るべき事。
生き残る術は逃走している時から微塵も想像が付かない。
辛うじて思い当たったのは加護の一件、そう――新種には本来のターン制が適用されていないというコト。
だが、理由は定かではないものの何故か新種を相手にした場合、加護そのものを得る事が出来る。という従来ではあり得なかった現象が起きているのを知った。
それは此処に来る前、合流を目的とした道中に行った幾度かの戦闘にて得た知識。
加護の無い魔物と加護が無い娘、その組み合わせでしか気付けない謎の現象。
つまり――触れさえすれば〝可能性〟はある。
「フォーッ!」
地に沿って身を走らせる。
実際には足が無いので滑るように地表を移動している様態だが、速さ以上に視覚的優位が保たれているのは大きい。
とはいえ相手は小手先の有利が通じない程の馬鹿デカさを誇っている。
所構わず、その力で地中ごと打ち砕く最悪の破壊者。
「フゥッッ!」
――危ねえ。
まあでもこうやっている間にも時間は過ぎる。
結果惨劇となっても、目的さえ果たせれば、俺の主張が通るのだ。
*
男は去った。
視界に入れているだけでも気疎い、がその髪は目を引く程に美しい明るくしかし淡い朱。
正直それ以外は話しているだけでも我慢がならなかった。
――初めての感情。
序でに言うと現状も、初めての事態である。
自分で言うのも本当になんですが臆病で、卑怯と罵られても命欲しさに足掻くのが常。
実を言うと従軍も先輩治療士達の手前断りたくても断れず。
挙げ句の果てに皆、早々と居なくなってしまった。
しかも城内は迷う迷う。
仕方がないので怪我人を探しつつ脱出を試みたものの、魔物と遭遇し……。
「……ハァ」
溜め息が出ますよ。
私はなんて運の無い女、神様にだって見放されている。
だからせめて先生以外では唯一、自分を見捨てなかった人……? 魔物かな。に御礼の一つはしないと逃げ出すに逃げ出せないってなもんですよ。
だけど魔物相手の恩返しなんて何をすればいいものかと悩む、間もなく――悲鳴一声。
「ひィッ」
ぁ、ダメだ。私は死んだ。――呆気なく。
*
地を這う虫よろしく地表を滑り動く。
いつしか木々に囲まれる森の一角に出来たであろう空間は大魔法でも撃ち込まれたかの様に穴だらけの不整地となり、距離を稼ぐにも辛くなってきていた。
……マズいな。
窪みを避けて通れば進路が限定される、かといって穴は内側が傾斜になっているから移動するに余計な手間を要する。
――それとも、もういいか……?
なんだかんだと時間は経った。
自分独りなら旨く行けば鳥に成って逃げる事も出来る。
幸い単純馬鹿な破壊者様は執拗であるが故の単細胞脳。
近場の木を引っこ抜いて相手を目掛け振り下ろし、壊れれば新しいのを取って事の繰り返し――マジ恐るべし。
そして尽きぬ体力、だがそれが結果として余計な考えを起こさぬ展開を広げた。
「フゥーッ、フッッ!」
また一つ緑の根が失われた。
よし、もう良いだろう。
いい加減その鼓膜を揺らす耳障りな鼻息ともおさらばしたい、と思う。
――まあ耳は無いけど。
こうして捨てる筈だった命を失わずに済む。
冒険者にはよくある話だ。
「フゥッー!!」
それでは――。
「ひィッ」
――オマ、何で。
一年て、こんなに早かったか……? と年々思う。
そして十年が一昔に感じる。
ところで最近トロールをあまり見なくなりましたね
昔は夏になると近くの公園とかにいっぱい居たのに。




