第24話〔絶望、運命の選択と逃避〕⑥
最悪の破壊者、その名に相応しい美しさの欠片も無い暴れっぷりで我らを追う。
「だあああ何でアンナのが居るのですかぁあアッ?」
しかもよく見れば体表が若干異なる。
例の新種――。
「やっ奴らは突然に、現れます!」
「と言うか、何で同じ方向に逃げるのですかッ? アナタはさっき死にたがっていたのですから、囮にナるとかカんとかしてくださいよぉオ!」
「なっ、そっそれでも医療従事者ですか!」
「医療に携わる者が真っ先に死んでいたら誰も救えませんよッ?」
「なっ……!」
――意外と、余裕あるな此奴ら。
ただ実際に一定の距離を保ててはいる。
通常で大きい個体ならば八メートルもある体格、迷宮外で見るのは初めてだが森という状況下で自由に動き回るには邪魔な木々が多い。
それ故、進行速度は安定せず今のところ追い付かれる不安は――まだない。
とはいえ体力が尽きればそれまで、徐々に差も縮まる事だろうし早急に策を講じる必要は迫るばかり。
「ゴブリンさんッ、いつものように回復し続けて倒すことは出来ませんかッ?」
バカ言うな、どれだけ等級が離れているか分かっているのか。
第一即死だと回復の意味も無いだろ。
そもそも現状の戦力で倒す選択肢は断じて無い!
走る速度を一切落とさず拒否の意思を激しく振り動かし示す。
「じゃじゃアッやっぱり誰かが囮をッ!」
それも駄目、と言うより正確には意味をなさない。
「ト、トロールの知性ではそもそも誘いに乗る可能性を否定すべきでは! ――っ」
と言ってるそばから残された時間の底が見え始めている。
「ならッどうなるのですかッ? 私――バカだからよく分かりませんよッ!」
その自覚もあったのか。
とまあ蔑んでる体力すらも惜しい。
――こっちだ。
徐々に、横道へと逸れて行くが如く進路を変えて行く。
「ぇゴブリンさんッ?」
付いて来れないのなら置いて行くまで、だぞ。
先刻、若気の至り――ではないが突発的な緊急性のある状況故に行った自由落下からの一撃より一呼吸程前の探索中に偶然見付けた。
それが鳥の瞳所以かは分からないがともかく目に付いた、ので可能性を信じ雨の止んだ曇り空が木々の隙間から窺える鬱蒼とした道なき道をひた走る。
途中二度ほど背後でギャフンと悲鳴が聞こえはしたが無視無視で幸いにして辿り着く。
「――……これは?」
やや遅れること二つの足音が後ろで止まり、その内の一人が独り言の様に呟く。
それに呼応する様。
「石造りの聖堂……」
驚愕するのは何故こんな所にといった論点だが二人の様子は少し焦点がズレている様な佇まいで、疑義に近しい感じを受ける。
はて? そこまで驚く事だろうか。
「……何故こんな所に」
若い執事が真っ当な意見を述べる。
が、そんな議題を取り上げる暇はない。
運良く、もとい都合好く行けば万が一とも思ったが人生はそう甘くないのだ。
ま、魔物ですけど。
「ゴブリンさん、ひょっとして此処に隠れるのですか……?」
そういうコトだ。
但し詳しい事はマリアにだけ、鳩を送り伝える。
出来るだけ早急に――、二人の遣り取りを見詰める執事を余所に。
――戦いの準備を始めるのだ。
別に、オマエだけが絶望している訳ではないんだよ。
…
出発時から心許なかった所持品は幾度かの戦闘を経て、貧相この上ない。
ただ物は高価なので見すぼらしくはないのが見栄の張りどころ。
まあ誰に取り繕う訳もないのだが。
――残りは自作の短刀と毒瓶が一つ。
他に戦闘で使えるような物はない。
……、バカげてる。
こんな状況でトロールを相手にする? イヤイヤ、戦いにすらならない。
唯一の武器も石と骨で組み合わせたちっぽけなナイフ。
いっそ直に食らい付いた方が通るのではないだろうか……。
その時点で、対抗手段がないと言えるのに最後の希望たる毒すらも恐らく効きはすまい。
良くて一時的な麻痺――普通に質・量共に不足で効果なしの可能性だって十分にある。
なのに俺は、どうしてこんな所にいつも残るのだろうか。
なあエルサ。オマエも、そう思うだろ……?
今となっては懐かしい記憶に残っているだけの薄らな顔、だというのに何故かムカつくその心覚えな表情、に今回こそは最期と文句でも言えれば好かったが。
――思いつつ見詰める木々の陰から現れる最悪の破壊者。
どうやら今回もオマエの負けみたいだな、エルサ。
*
怖々と外の様子を窺おうとした途端に傍らから声を掛けられる。
「……治療士様、何をしているのでしょうか?」
瞬間ドワッと口から出そうになる、が物理的にも言葉を押さえ込み事なきを得た。
「……ご気分でも、優れませんか……?」
口に手を押し当てたまま、ブンブンと否定する。
「……――怖いのですか?」
それにはウンウンと肯定せざるを得ない。
「――……小声で話すくらいは、構わないのでは……?」
ェ、そうなの。と目を瞬かせ冷たい石畳の上、腰そして口を塞いでいた手を下ろす。
しかしそれ以降は何もなく、一向に話す気配のしない雰囲気を読んでか。
「ち、治療士様は何故こんな所に……?」
「トロールに追われて来たからです」
ただ――。
「……そういう事ではなく、あの魔物に付いて来た理由です……」
――どうにも気分が乗らない。
確かに自分は他人と話すのが得意と言う訳ではない、が今は特に口すらも開きたいとは思わない。それは事前に聖堂内で隠れていろと伝えられたからでも見付からんとする気概でもない。
ただ何となく、目の前の相手とは気が合いそうにないなと身体が勝手にそう務めているからかも、と。
「あの魔物……? ゴブリンさんのコトですか」
「……ゴブリンさん、偉く親しげですね。相手は魔物ですよ?」
だから何だと言いたいのか。
モヤっとしている気分が余計にモヤモヤと、とぐろを巻く。
「……――治療士様も、あの魔物に命を救われた経緯があるとでも……? だとしても所詮は悪鬼の類い、信じるに値する実情など存在しないと思われますが」
「私、――馬鹿です。難しい言い回しは理解が分かりませんよ。それに信じていないのなら何故ここに残っているのですか? 早く逃げ出せばイイと思いますよ」
「……そう、そうするつもりです。ただその前に、聞いておきたかった」
「なら――私はゴブリンさんを信じています。鳥になった時もちゃんと戻って来てくれましたし」
「鳥……? ――…そ、それより…急ぎましょう」
「急ぐ? 何をですか」
「早くこの場を離れなければ、魔物の戦いに巻き込まれてしまいます。ゴブ――あの魔物が、トロールを相手に時間を稼げるとは思えませんし始まってからでは身を隠す暇もありません」
やっぱりそうだと確信する。
私は――。
「アナタだけ逃げればイイと思います。私は、残ります」
――この人がどうも嫌いの様だ。
*
変態――言わば等級の変化は最下級のゴブリンから見て一つ上の、2まで。
トロールの等級は9、決定的と言える程の差が其処には有る。
所持品も、戦闘に利用できる物としては貧弱だ。
殆ど自殺に近い。
否、そうと言っても過言ではない。
ああクソ腕が震えてくる。
当然武者震いなどではない、単純で純粋な恐怖心。
なあに冒険者をしていた頃はよくあった話じゃないか、今回だって。
仲間が逃げる為の時間を稼ぐ、最も俺の得意とするコトだ。
絶望、運命の選択と逃避/了
加湿除湿器――これは人類が共存する上での一つの答え、なのかも、しれない……。イッタイ型ー‼




