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第23話〔絶望、運命の選択と逃避〕⑤

 直ぐ様、変態を解除し。


 ――……見逃した。


 目論見が当たった故の高揚か、それとも別の……。


 兎に角、履歴を見過ごすなんて初心にありがちな事をよりにもよって、この現状で。


「アンジェ様っ」


 青白い姫の身体を膝立ちで支えて顔に手を添える執事の呼び掛けに応じは無く。


 ただ小刻みに呼吸音だけが繰り返される。


 何か――。


 と道具袋を探る。


 解毒薬なら一つ有る、がドクセリでなかった場合の効果は薄い。


 ――それでも試すしか、他に。


「うが!」


「……これは?」


 身振りにて、早く飲ませろ。と。


「何を……」


 確かに見た目は毒々しい入れ物も自作ではある、がそんな事を気にしている場合では。


 他に、頼れるモノだってないだろ。


「くッ何かあれば容赦はしないっ」


 よしそれでいい。


「――アンジェ様、こちらをお飲みください……」


 状況的にも飲み難いとは思う、が頑張れ。


 もし適切であればまだ回復は見込める。


 ただ別種なら、効果は……。


「……ロ…ゼ…?」


「アンジェ様! よかったっお気付きになられたのですねッ」


 いや、違う……これは。


「よかった、貴方に……言っておきたいコトが、あったの……」


 ――駄目だ。


「アンジェ様……?」


「私の様な姫に、仕えてくれて……本当に、感謝をいたし、ますわ……」


 ダメだ。


「……何を、その様な事は後で! 先に」


「駄目っ……今しか、時間がありませんわ……っ」


「姫様ッ?」


「……ふふ、出会った頃は皆と同じ、そう――、……ロゼ」


「――……アンジェ、様?」


「お願いがあるの…本当は、私が…、でも……ムリ、そうだからロゼに……っ」


「お止めください、直ぐにでも治療すれば――まだ」


 はっとする様に思い出す。


 そうだマリア。今直ぐ――。


「どうか…ブリちゃん、との……冒険を、私の、したかった…事を、代わりに……」


 ――ああもうっそんなコトを言ってる場合かッ。


 確か兵士と一緒に、向こうの方へ。


「アンジェ様っ!」


 ――ェ。




  …




〝雨はやがて君になる〟


 いつの日だったか誰かがそう言った。


 本当に、このまま雨粒に圧し潰され流されて行きそうな気持ちになる。


 ただそれでも生きている限りは前を向くのが冒険者。


「あ、あの、……まずは逃げませんか?」


 雨が降り始めた頃に必死と戻って来た治療士が、主の亡骸を抱いて嘆くその雰囲気を限界まで読んだ上でだろうか、告げる。


「……自分はアンジェ様に仕える身、このまま捨て置いてください。最期は――、ぇ?」


「大変失礼します」


 と、次の瞬間がしっと若き執事の後ろ襟辺りをわし掴む。


 何――。


「なにを……?」


「先生が言ってました、駄目な時の男は何を言っても駄目だと」


 ――ほぅ。


「なので失礼をします」


 そう言うと、落ちないように抱き支えていた手を払い除ける。


「アンジェ様――キ、一体なにを――ッ」


「逃げます」


 言い放つ様に、と同時に執事を引いて駆け出すマリア。


 ぇ、――あ。まっ、待てーィ!






 逃走と言うには些か緊張感に欠ける状況だが、緊迫した状態である事は紛れもない事実であり強引にでも出発しなければ自ら動こうとしなかったのも、そうせざるを得ない現実の一つ。


 とはいえ、意外に腕力があったことに驚いているというか色々かっ飛ばしているものの現状の判断としては適切な、落ち着いた。


「ち、治療士様――っ、手、手をお放しっ、手を放してぐださい……っ!」


 自由になりたいと言うかは本当に苦しそうな声での訴え。


 襟首で牽引されてまっしぐらに走られたら、そんな声も出るって感じ。


 というかこれは何処に向かっているんだ……?


「……手? ぇ、ぁ、どアッ! ぎゃぅン!」


 唐突且つ豪快に転けた、しかも顔からだな。


 うわぁと足を止め、恐る恐る様子を見に近寄る。


 するとピクリそしてガバッと勢いよく上体が起き――。


 ぉ、生きてた。


「――……私は何を?」


 どういうコトだ。と、降り続く雨でぬかるんだ泥で汚れた自称記憶消失を不安の目で見詰めると直後に手の平を叩く分かり易い解明がなされ。


「そうです、早く逃げないとなんです」


 良かったまだ壊れてはいない様だ。


 なんだかんだ言ったとて、治療魔法が有ると無いとでは道中の危険は格段と変わる。


 ただ――。


「使用人さん、早く立って逃げましょう」


「……使用人? 主を失った執事に、何の価値があると……」


 ――それ以上に生きる意欲こそ全ての源。


 駄目だなもう此奴は。


 活力を無くした奴から置いて行く、それが冒険者の定め。


「ツラいのは分かりますっ――けど今は、歩いてくださいっ」


 ぐいぐいと腕を引くマリア。ひょっとして、さっきまでのは火事場の馬鹿的な事だったのか……? ――というか放って、本人だって――それを望んでいるコトだろう。


「お、お放しください。自分はアンジェ様の所へ戻らなければ……ッ」


 ほらな。


「そんなコトをしたらっ、アナタも死んでしまいますよ……ッ!」


「っ、……たッ例え!」


「ひ! 痛――ッッ」


 振り払われる勢いで後ろへとコケる。それを見て、あっと声を出す執事――がグッと表情を変える。


 おいおい。


「自分はッ幼い頃より姫様に……仕えて、それ故っあのままには!」


 気持ちは分からないでもない、が。


「治療士様達……には申し訳ありませんがこのままお二人で、逃げてください……。自分のコトは」


「お断りします」


 ォ。さすが、回復が早い。


「死体に縋る理由なんて生きようとする人の発想ではないです。気にせず行きましょう」


「な、何――、……か、関係の無い事です」


「関係は無いですが分かります。私は先生の医院で多くの患者さんと、死を見ました。死にたがる人も中には居ましたが、目的を持って死を願う人達は皆が誇らしく生きました」


 ……。


「けれど、今のアナタは死ぬ理由を他人の所為にし逃げたいだけの人と同じに見えます。姫様がそんなコトを望んでいるとは到底思えません」


「ぁ……、アンジェ様の、何が分かると言うのですか……ッ?」


「分かりません、ただ偉い人だという事は知ってます」


 ――もういい。


 いずれにしても、相手もそう思ったコトだろう。


 現に言葉を返さず俯く様子はその心境を表している。


 とはいえこのままではマリアも動きそうにない。ので。


「うが」


「ゴブリンさん?」


 もう捨て置けと言わん雰囲気を全開で、手を引いてやる。


 諦めろ、気の毒だが先生の仰った事は尤もだ。


 何を言ったところで改めるコトはないだろう。


 それより巻き込まれる方が厄介、だ。


 ――と思うや否や。


「フゥッッォオオオツ!!」


 叫び、衝撃、破壊音。


 ありとあらゆる動の欲求をほとばしらせる最強最悪の存在が進行上の全てを吹き飛ばし現れる。


 それは誇張とかではなく、紛れもない災害的嵐の象徴。


 トロール――。


「ぇ、ぇ、ェ?」


 ――バカ、逃げ。








まだまだ執筆意欲はありますよ!

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