第1話〔変貌、人の夢と欠いた選択〕①
――前略、わたしの元パーティーの皆様へ。
現在の自分は何故か魔物になってしまいました。
ちなみに体調は頗る良好です。
ただ少しお腹が空いています。
人間を食べる気などは無論、毛頭にありません。
皆さんとの食事とその時間がとても懐かしいです。
※
気が付くと何故か魔物になっていた。
動揺は隠せない。
しかし暫く混乱をしていると腹が鳴り、姿見にしていた川の水を少し飲む。
と、いろんな熱が一先ず冷める。
冷静とまではいかないものの、現状を整理し把握していくゴブリンな俺。
間違いなく、自分だ。
何故――?
イヤ、それで散々思い惑った。
答えはない。
今は水を飲んだ事で少し落ち着いたのでぶり返すのは止そう。
すると再びグゥと腹が鳴く。
不思議な気持ちになる、が直ぐにその答えは自答できた。
長い間あの空間に居たからだ。
つまり、腹が減る事すらも懐かしい。
――飯。
ああ何と懐かしい響き。
そうだ、腹が減るってこんな感じだった。
ホロリと感傷的になる。
おいおい、何を泣いてるんだ俺。
いやいや仕方ない。
そして遣るべき事は無論、決まって――。
「キャーーッ!」
――ホわっ?
瞬間何事と周囲を見渡す。
そんな自分のやや高めの後方から二度目の悲鳴と思しき声が。
上か。
川の流れに沿った小さな坂の上、其処から聞こえてきた。
……うわぁ、絶対なんかのいざこざだろ。
全く気は進まない。が。
まあ取り敢えずは見に行くか。
一応、自分も冒険者な訳だしね。
草根に紛れ、ひょこっと目線を出す。
児童体型のゴブリンにとっては丁度いい高さの隠れ蓑。
そして状況の把握。
なるほど、野盗というやつか。
ある程度の往来があるのか、道として踏み固まった平たい経路に馬車が縦並びに二台。
車両の形状や箱の感じから見て何処ぞの貴族と護衛の一団ってところだろう。
まあ無くはない話だ。
無論盗賊業など許されてイイ訳もない。が、人の世忍ぶが難し、生きようとする権利は誰にでもあると言うものだ。
――既にいくつもの戦闘空間が馬車周辺で展開されている。
何より加担する理由はない。
と言うか、今の自分が参加したところで戦力になる訳もない。
第一どちらに肩入れをする?
貴族? 盗賊? ――立場上、野盗派だとは思うが、どっちにしろ魔物を見た人間の反応などは想像も易し。
て言うか他人を助けている余裕なんぞ今の自分にはない。
先ず以て現状の把握どころか整理すらも出来ていない身で、何を。
「キャァーーー!」
おいおい。
バカ、叫んで助かるなら冒険者業は不安知らずだわ。
って何? やってんの? ――俺。
バカ、何――飛び出して。
止めろアホ、絶対に死ぬ、ぞォォォ――。
…
――驚き発起賞賛の意。
生きてました。
と言うか、勝てました。
そして――。
「ありがとうございますっ、ありがとうございます!」
――寄り掛かってくるな重いっ。
それよりもお嬢さん自分見た目は魔物ですよって、ぐわっ。
▽
長い間――イヤ、途方もない刻を過ごした。
肢は二択ではなかった、もとい選ぶまでもない。
ヤルかヤラないか――ただそれだけの事を思い悩み苦しみ楽しみ怒り哀しみ喜ぶ。
そうして気付けば選ぶのではなく、目の前に在る決定権へと自身の背を押すか押さないかの不断の日々を送り、見詰め続けた決定欄の向こうでほくそ笑む魔物と現世で生きた時間よりも長くの刻を共にした。
最早、何の為にそうしているのかさえも分からない。
答えは目前に在って、未だに辿り着けない遠くの風景が如く。
表示されている文字に伸ばす指も、何度も、何度も、力無く下ろす。
なんと情けない。
たった一つ、たった一つの選択肢すらも自身では決定する事の出来ない不甲斐なさ。
思わずクシャミも出てしまうわ。
ピッ。
ェ――。
『コマンドを決定しました』
――待っ。
『超越スライム鋼の特性、先制…』
ウソウソウソ待ッ――。
『…超越スライム鋼は、ニヤリとほくそ笑んだ』
――マジッ?
『行動順…ダン』
イヤ、そう、そこが――。
自分の意思には関係なく、身体が目標へと斬り掛かる。
『ダンの攻撃→超越スライム鋼に、クリティカルヒット<3170>…』
――三千ッ? いや、ェ、え?
というコトは。
『…超越スライム鋼は、倒れた』
続いて戦闘に勝利した旨の言葉が表示される。
ぇ、ウソ、マ……マジで?
『特別報酬…ダンは死亡した』
――は?