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第11話〔変態、等級変化における魔物の選択〕⑤

 手前で考えろとは思ったものの。


「タ、タスっ、けッて!」


 なんだかんだと叫びつつも命からがら一匹の注意を引きつけているコトは感心する。


 ただ、かなり気が散って迷惑な逃走劇を今直ぐにヤメてほしい。


 こっちは一瞬の隙を突こうと必死になって――ェ。


 ヤバいと咄嗟身を反らす。


 右の二の腕にチクリと痛み。


 そのまま翻る流れで受け身を取って床を転がった先で体勢を立て直す。が。


 ――やらかした。


 傷自体は小さいがジンジンと奥から痛む、何より周囲の皮膚表面がどぎつい色に変わり始めているのが見て分かる。


 これは……。


 痺れ薬ではなく単純な毒。


 そして傷口を視た感じ、――ドクセリだ。


 毒と言えばコレとなるほど有名な有毒植物。


 素の毒性は然程強くはないが戦闘用に濃縮されているのは考えるまでもない。となると。


 ……マズい。


 解毒は可能な部類だが当然余裕などない。


 クソ、絶対アイツのせいだかんなっ。


 だから人助けなんてするもんじゃないんだ。


「ガガガぁ」


 それで以て事も無げとほくそ笑んでやがる。


 実際魔物にどこまで人間と同じ感情があるのかは知らない、が。


 ああそうだろう。


 相手から見ても自身は格下、魔物の中でも下の下の最低だ。


 だから何だ? オマエだって大して変わらない下級冒険者から見て雑魚筆頭の小物じゃないか、塵が塵を見て笑ってんじゃねェ。


 こちとら小さな身体に元中級冒険者の知識と錆びた気概をもって、それを駆使し遣ってんだよ。


 ヘラヘラと、そんな感じでコボルト風情に勝ち誇られて――ちょっと火が付いちゃいましたよ。


 何より、諦めたら、昔の仲間にも笑われそうだ。


 まあ正直そんな気持ちがまだ自分に残っていた事に驚きつつ、力の低減を感じる右から左手に短剣を持ち替える。


「ガぁ……」


 そうだよ、まだ人は諦めないんだよ。


 オマエら魔物と違って心有る人間の感情は毒如きでは折れやしない。


 いや、折れる――その前に、一矢。






 お姫様から受け取った貴重な品の三つ目、それは収納器。


 道具袋とは別の少量簡略的な収納器具だ。


 形状は指輪、頑丈だが何も飾り気の無い簡素な品物。


 ――だがその見た目や性能とは裏腹に価値は凄まじく。


 価格は品質や形状によって大きく差の出る物だが、中でもコイツは甚だしい。


 故に最下級の魔物である今の自分には本当身に余る。


 だとしても。


 不利転じて急遽反撃に飛び出す格下に耳障りな声を上げて対応する大振りな隙を活かせる、玉砕覚悟の攻撃を可能とさせるに十分な――、性能を秘めている。


 ――たった一月ではあったが毒に塗れた生活を送った甲斐が一つに濃縮された小瓶。


 ある意味今持ち合わせる最大の威力を加減する事無く、縋り付く勢いで緑鬼に取り付きままに押し倒す。そして。


 喰らぇええッ!


 途端右肩に痛み。


 だが間髪いれず左手の指輪から僅かに光を伴い瞬時現れる小瓶を、肉を裂く為だけに特化した様な歯が並ぶ口内へと硝子瓶ごと挿入する。


 トドメは――。


「ガばッ?」


「うがぁああッ!」


 ――咄嗟動きそうにない右手を残し、空になった左手で頭部を掴んでの全力右膝蹴りを相手の顎目掛けて叩き込んだ。




  *




 僅かな休止と告げられても忙しなく動き続ける兵の中ぽつんと一人取り残された気持ちになる。


 そしてふと木々に囲まれた森で空を見上げて直に日が暮れると思う。


 まるで、御伽話に出てくる姫君の様な気分だ。


 何もする事がなく時々刻々を見て過ごすだけ。


 本当に――驚くばかり。


 私はこの様な状況だというのに、退屈を感じているのだから。


「アンジェ様、こちらを」


 見ると湯気の立ったカップを両手で持つ、ロゼが居た。


 次にありがとうと告げ、おそらくは牛乳であろう液体が入った器をアンジェは受け取る。


「いえ。それよりも体調の方は……?」


 取っ手を持つ方とは別にカップの側面を撫でて適温を確かめつつ、問い掛けに答える。


 それは若干皮肉っぽく言ったつもりではあったが、どうやら若い執事を小さく安堵させるに至った様子。


「今兵達がもう少し先の方で安全な野営地を探しております。今暫く辛抱していただければと……」


 無論、悪気が無いのは分かっている。


 しかし文句の一つくらいは付けておこうとアンジェは思う。


「ロゼ、私は子供ではありません。お父様や兵、何よりも民までが苦しむこの状況で何故自身だけが逃げ延びなければならないのでしょうか」


「それは……」


「由々しき事態であることは十分に理解をしております。なればこそ私にも出来る事があるのではないですか?」


「……姫様、今は御辛抱ください……」


 辛抱? それは一体。とアンジェの気持ちが膨らむや否や。


「それに返答を待っておられる、御友人の事もございます……」


 途端膨らみ発散し掛けた心が友人と言う単語に落ち着きを取り戻す。


 ただ。


「……友人、ですが伝書鳩は……」


「可能性がない訳ではございません」


「ロゼ……、それはどういう意味かしら?」


「これまでの返信法では鳩が到達いたしません。ですがそれは直ぐに差し出し側でも不通の報せとなって戻りましょう」


「つまりブリちゃんが気づいて、別の方法で連絡が来ると言うことかしら?」


「あの魔、――御友人の、理解力次第ではありますが……」


「そうね……」


 と一旦は望めないかと思ったものの。


「いいえ、ブリちゃんなら必ず何か、きっと」


 続く具体的な言葉はなかった。がその表情は若き執事の目に何か特別なものを信じる姿と映り決して否定等をするべきではないと確信する。


 だが例え何かしらの連絡が届いたとして、何が変わる?


 奇跡的に辿り着いたところで、何が出来る?


 所詮は――。


「それにしてもロゼ、貴方がブリちゃんのコトを口にするなんて驚きましたわ。てっきり私は反りなど合わせたくないほどに警戒をしているものと思っておりましたのに」


「いえ……」


 ――言うまでも無く。


 しかし。


「この様な状況では古く言い習わされる教訓に縋りたくなるものです……」


 それは誰もが一度は耳にする広く知れた短句。


 延いては暗黙でも相手に伝わる程。


「ええ、そうかもしれませんわね」


 現状を計ってか忍んで笑う姫君の声やその表情に細やかではあるが確かな安堵を青年は覚える。と其処に、先への探索から得た情報を受け取った兵士がやって来る。


「ロゼ様――ぁ、アンジェ様も居られましたかっ」


「用件を先に」


「ェ、ぁハイ。隊長がロゼ様をお呼びですっ」


「分かりました、直ぐに行きます。――アンジェ様、もう暫くお待ちください」


「はい。ロゼも余り無理をなさらずに」


 次いで一礼をしてから兵士に声を掛け、ロゼは付き従う。


 途中どの様な手伝いでもほしいコトの例えは心中で抑えつつも息を吐く。


 そして、言い伝えの言葉だけでなく、当該者まで利用した自身の未熟さに不快を感じる始末となった。




  *




 ――ほっとする暖かさの中で目が覚める。


 どうやら自分はまだ生きている様だ。


 そう思うや否や後頭部に当たる、やわらかとしていて弾力のある肉質に気づく。


「ぉ。お目覚めになられましたか?」


 声色からして聞き覚えのある、あの騎士オンナだ。


「ご無事で何よりです。私、一時はどうなることかと……」


 まあ詳しく思い出したいところではあるが先ずは何故同じ寝袋に入っているのかを説明して貰えたらと思う、ものの――話せないし、無理だろうなぁ。








概ね一月に一話のペースとなっておりますが、ご容赦を……!

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