第10話〔変態、等級変化における魔物の選択〕④
魔物の中でも最弱なゴブリンに怯える身に着けている物以上に騎士とは思えない女。
まあ外見だけで言えば貴族っぽく見えなくはないが、正直見た目以外の判断が出来る程の関わりは元々ない。
と言う訳で――。
「ェ?」
――厄介事は御免蒙るべき。
一応自分には成すべき事と言うか、目的があるのだ。
「待っ、待ってください! 置いて行かないでくださいよっ」
バカ言うな。
大体こちとらゴブリンだぞ?
さっきは状況的に都合良く行ったが次はそうはゆくまい。
「わ私っ騎士とかじゃないんです!」
ああやっぱりそうなのね。
「今回の事でお世話をしていただいた隊長さんが危ないからと支給していただいてっ」
それは何より、自身や仲間の装備を整えるコト、特に防御力を上げる事は生き残る上で最も重要な投資だ。
「だからその、置いて行かないでください!」
イヤなんで――。
と足が止まる。
――ああもう、そんな大声を出していたら当然か。
「……ェ?」
一、二匹か。
さっきの奴の仲間内だろう。
逃げ道がないので、今来たばかりの道を後退る。
「ひっ」
バカ、オマエの所為だろ。
――無論まともに戦って勝てる見込みもないし。
かと言って。
――可能な限り自身が置かれている状況を確認する。が。
唯一の出口を塞がれている上どうなるかも未知数っと、最後にバカを一瞥する。
「ぇ? ェ、ええッ?」
小柄であるコトが最大限に活きる。
壁の僅かな隙間や突起を利用し入室時と同じ高所までを這い上がり、安全圏へと。
「まっ」
待たない。
今の自分は魔物だ。
どう足掻いても生き残る手段はこれしかない。
されども人間には加護がある。
武器等を手に取り、戦う意思を掲げれば戦闘空間が形成されて直ぐには死なない。
勿論その後もどうにかするしかないが、現状できる延命行為としては悪くない。
それに一応、助けが来る可能性の低さを考慮して成る丈、人を見掛けたら救命の糸口くらいは残すつもりだ。
こちらとしても人間を優先的に狙う魔物の気を引いてもらえる分で助かるし。
要は双方に利益がある選択なのです。
薄情とは思うな。
ま、元はと言えば軽率に大声を出したのが悪い。
なので大半の危険がそちらに行くのは妥当と言えよう。
と言う訳で――今度こそは本当に達者でな、と背を向ける。
「待ってッ、見捨てないでェ……」
人聞きの悪い。
一方で今は人間ではないし。
「わ私っ、カ、加護が無いんです! だから、助けて……!」
何と思わず去り際の足が止まり、二度と見るまいとした相手へ目を向ける。
予想通り魔物の事はそっち退けで女に近づく、二体。
それに対し足元の武器すら取らず、死んだ仲間が凭れ掛かる壁際までヘタレ込んだ恐怖に駆られる身体を必死にズリ動かす涙ながらの女。
……嘘だ。
加護が無い。
そんな人間、見たコトも聞いたコトすら無い。
人が生まれ持って受ける神の恩恵は創りし世界そのモノの干渉と誰もが知っている。
其処に拒否権などは無く、人で在る、ただそれだけで対象となるのが二大神の加護。
それが無いと言うのであれば根本として人間以外の種族、か第五元素で構成された世界の不純物――詰まり魔物だ。
しかしどう見たところで人だ、明らかな人間だ。
命惜しさに嘘を吐いている。
そう判断して論じない。
要するに、もっと正当な事を言うべきだ。
そしてどうせなら取引を持ちかける行為だった方が印象も良かったのに。
「ひィ!」
本当に馬鹿な奴だ。
ほら、いつまで装っている。
さっさと得物を手に取り戦闘遷移させろ。
でないと、――俺の方が馬鹿になってしまう。
バカバカバカ本当に馬鹿だ。
いや、大馬鹿だ。
見ず知らずの他人を助ける必要が何処にある。
冒険者時代に、そうやって馬鹿を見た奴を何人も知っている。
だから自分は損な立場にならないよう気をつけて、見て見ぬ振りを――なのに。
ひょっとすると気付かないうちに、あのお姫様に感化でもされていたのだろうか。
そう思わずにはいられない。
とはいえ――。
「うが……」
――現状そんなコトに没頭する余裕はない。
「ゴブリンさん……?」
勿論そうだ、ずっとそう。
それよりオマエも武器を取って戦えよ。
「……ガぁ」
二匹の内、初撃を受け止めた方が完全にこちらへ向き直る。
さて、状況的には……。
立場――もとい立ち位置が変わり扉側を制しているのは自分だ。
形勢だけで言えば相手を挟撃できる形にはなっている、が実質圧倒的不利なのは弱者たる自分達側。
しかもそれを前提として今の手持ちは自前の粗末な短刀。
……せめて。
イヤ、仮に得物が良くなったとしても、それだけで覆る訳ではない。
先ず以て体力の差、体格差とも言えるがコボルトは平均してゴブリンより一回り以上は大きい、尚且つ知能も上。
まあ思考的部分に関しては元人間である自分にとって不利と言う程ではないが。
故に――姑息な手も使ってくるのだ。
取り分け毒物には気を付けなければならない。
高確率で刃には痺れ薬が塗られていると思ったほうがいい。
「ガガぁ」
うわぁ。――コイツ絶対盛ってるわ。
そんな目でニヤついてやがる。
だが遣ると決めた以上は――、一度深く息を吸い呼吸を整える。
魔物としては同じ緑鬼類だが等級は一つ上の2。
しかしどうしてか不思議と恐れはない。
まるで冒険者を始めた頃の仲間と共に挑んだ時の様だ。
――よし、遣る。
短刀を水平に構え峰に手を添える。
「わ、私はッ?」
そんなもんは自分で考えろ。
人で在った時には想定しなかった死闘。
ただ魔物となった現在も心は未だ人間のまま、なのに。
いつの間にか命との向き合い方すらも変化していたのだろうか。
一つ、二つと重ねる現実的な脅威に臆す気持ちは生まれぬまま四回目の打ち合いが終わり自然と間が空く。
そして気づかずに鼻から息を解放する。
ふぅぅ。
――超怖い。
野生の獣をエンカウント無く仕留める経験は幾度となくしてきたが魔物と真面に殺り合うのは此度が初めて。
しかしながらここ一月、いずれはそうなるだろうと想像し繰り返した情景がなんとか恐怖心を抑え込み戦えている。
だが、と震える手に目を遣る。
やはり力の差は明確としてある。
互いの武器自体は大した代物ではないが完全に扱う者の筋力差だ。
段違い――と言う程ではないにしろ、このままブツかっていたら次でもう勝負がついてしまうかもしれないくらい。
当然そんな訳にはいきたくないが。
……どうしたものか。
と言うか、どうすれば。
せめて束の間、ほんの一瞬でもいいから注意をよそに向けさせるコトが出来れば、あるいは勝てずとも起死回生の一手を投じる隙に。
途端に――。
「どわわわわっ、こ、来ないでくださーい!」
――気にしないでおこうと思っていた追いかけっこが周囲を駆け回る。
ああもうッ緊張感のない奴だな!
こういう感じの女騎士系が結構好きだったりします...。




