七夕ごっこ
今年の七夕はあいにくの空模様のようですね。
七夕にまつわる小ネタを膨らましていたら、何か甘いのができました。
久々の夫婦もの、お楽しみください。
仕事を終えた俺は、疲れた身体を引きずるようにして家に帰った。
「お帰り。あ、濡れてるね。雨降ってる?」
「あぁ」
「残念。せっかくの七夕なのに」
頬を膨らませる妻に疲れが解けていくのを感じる。
七夕の伝説を信じているのか。可愛いやつだ。
ベガとアルタイルはただの恒星だし、二つの星の距離はおよそ十四光年。
年一回の出会いに光の速さで十四年かかるなんてナンセンスだ。
「じゃあさ、せめて七夕ごっこ、しない?」
「七夕ごっこ?」
言うなり妻は抱きついてきた。
成程、遠距離恋愛で久々に会えた恋人ごっこ、か。
「あぁ、いいぞ」
「やった」
顔を上げて嬉しそうに笑う妻。
「久しぶりに会えて嬉しいよ」
「? 何言ってるの?」
あれ? 久々の再会を喜ぶ設定じゃないのか?
「七夕ごっこって、織姫と彦星になりきるんじゃないのか?」
「そうだよ」
「じゃあ一年振りの再会なんだから、久しぶりで合ってるだろ?」
「んふふー。ちょっと違うの。あのさ、星って長生きなんだよね」
「あぁ、十億年とか百億年とか光り続けるらしいな」
「百億年だったら、年に一回会う織姫と彦星は百億回会うんだよね」
「……そう、だな」
すると妻は嬉しそうにまた「んふふー」と笑う。何だ?
「私達が百年生きるとして、百年で百億回会うとしたら、一年に一億回会うわけよ」
「……ん?」
「という事は、一日に二十七万回以上会う事になるの」
「お、おい」
「一時間に一万回、一分で百九十回、一秒にして約三回。つまり密着が最適解」
「ちょ、ちょっと待て!」
「『いいぞ』って言ったもんね?」
うぐ。いや言ったけど!
「離しませんよ彦星様」
妖艶な色を帯び始めた妻の目に、俺は降参を宣言する。
「……トイレだけは勘弁だぞ織姫様」
「よろしい。じゃあまずはお風呂ー!」
横に回って腕を引く妻はとても嬉しそうだ。
ここのところ忙しくて後回しにしていた夫婦の時間のツケか……。
腕を優しくほどくと、細い肩を抱き寄せる。
妻は犬のように頬を擦り寄せてくる。
「んふふー。今夜はずっと一緒だからねー」
「何言ってんだ」
俺は鼻を鳴らして妻の言葉を訂正する。
「一生だろ?」
「へっ!? あ、う、うん……、そうだね……」
真っ赤になった妻は、にっこり笑って、
「一生、離さないでね?」
星よりも輝く笑顔で俺をノックアウトした……。
読了ありがとうございます。
はい皆さんご一緒にー。
「リア充超新星爆発しろー!」
しかし「織姫と彦星は人間に当てはまると一秒に三回会ってる」というロマンのかけらもない小ネタから、こんな甘いものが生まれるなんて……。
前世で砂糖に何か悪い事したのかな……。
「血糖値が上がった」
「嫉妬の炎が燃え上がった」
などのご不満がありましたら、短冊に書いて吊るしてください。
『僕は悪くない』
悪いのは全部七夕です。
それでは皆様、良い七夕の夜を!