第50話 告白
彼らの姿が見えなくなるまで、見送るとナハトはルイーザに言った。
「本当に良かったんですか? 言わなくて」
黒ビールを傾ける彼女は何も語らない。それに、ナハトは付け加えた。
「聞いてますか? 第二真祖のリーベルタースさん。いや、今はリベラさんと呼べるくらいには親しくなれたかな?」
茶化す様に言う彼に、彼女は返す。
「今、あいつの横に立つべきは私じゃない。それだけだ」
そう言うと、また彼女はビールを啜る。
「ふーん」
ナハトはそれに相槌を打つだけだ。
「え? リーベルタースさん? 本当にリーベルタースさん?」
そう聞くのは、マスターだ。それもそうだろう。サングイス・パラディズムのリーダーはリーベルタースとパックスだったのだから。
その問いに彼女は答えた。
「あぁ、いかにも、モーント」
それで、彼は確信した。その名で彼を呼ぶのはリーベルタースを於いて他にいない。
「安心しました。巷ではもう、とっくに死んだと聞かされていましたから。それに、見た目もだいぶ変わっていてわかりませんでした」
「まぁ、実際に死んだと言って差し支えないがな」
そう言って、頬杖をつく彼女。それにナハトは問い質した。
「そう言えば、聞きそびれてましたけど、なんで生きてるんですか?」
「えらく直球だな」
彼女は呆れ気味に返した。
「まぁ、それが私の能力って言ったところだ」
「それは、どんな?」
ナハトは聞くが、彼女はそれに答えるか渋っている様子だった。だが、意を決して口を開く。
「私の能力は魂の維持、記憶や思考能力も魔力化してそれを魂に付随させる事で、魂だけで存続でき、魔力さえ使えば、一時的な実体化も出来る。あと、その魂を既に死んだ遺体の中に入れれば自由に体を使え、一応、その者が生前使った魔術回路の溝の様なものを通して、擬似的に魔術が使える」
「すごい能力じゃないですか」
「いや、全然。パックや第五なんかと比べれば大した事のない魔術だよ。だから、レンにも言ってなかった。事実、魂と適合できる良さげな肉体を見つけるのに百年程かかったからな」
それでも、十分すぎるくらいに強い能力だと思うが、彼女は謙遜していた。
彼は生ビールを飲みながら、呟く。
「それにしても、ハッピーエンドにはなったんでしょうかね?」
「さぁな。そんなもん、主観でしかない。ただ、何もしないよりはマシな結末なんじゃないか?」
「そうだと、いいですねぇ。なんたって、レンと戦わせない様に二人だけで第三真祖に何度も挑んでは死にかけてますからねぇ」
そう言うと、彼はこの二年の月日を遡って追想する。彼らが何度もパックスに挑んでは返り討ちにされ、命の危機に晒されていた。思い返すだけでも、身震いする。
「しかし、レンには悪い事しましたねぇ。僕たちの保険になる様な真似させてしまって」
「保険?」
彼女は自分の知らなかった策略に首を捻る。
「あぁ、ちゃんと言ってませんでしたね。実は彼にはルーチェに『腕』が運ばれているのを伝えていたんですよ。もし、第五を討つ為にイタリアへ向かった僕たちが敗北した時の事を考えて、彼には『腕』を回収させようとしてたんです」
「そうだったのか」
さして興味もなさそうに頷く。
「それにしても、僕は第三真祖を止められなかった罪滅ぼしの為に戦ってましたけど、リベラさんは一体なんの罪滅ぼしの為に戦ってたんですか? 別に、レンを置いて先立った事を悔やんでるなら————」
「そんな事じゃない!」
彼の言葉を割って彼女は怒号混じりに呟く。その後に一瞬黙った。それから、彼女は重い記憶の蓋をゆっくりと開ける。
「お前はレンの故郷の話を知ってるか?」
「彼の家の事なら、第三真祖からざっくりと。確かに、あれは不運な————」
「あれをやったのは私だ」
言葉を遮って、彼女は告げた。それに、彼は言葉を失う。
それから、彼女は自分のやった行いをありありと思い出しながら言葉を絞り出す。
「第三真祖にとって、あの家がキーになる事を私は知っていた。だから、あの家系が途絶えるように私は仕向けた。だが、良心の呵責に苛まれて生き残りのレンを拾ってしまった。でも、それ以上に私は彼に死んでも償い切れない程の罪を犯したんだ」
「それがあなたの罪滅ぼし」
彼女は黒ビールを飲み干した。
「彼らの旅が終わったら、身を明かして、私は謝罪しよう」
「そうですね。その時が来たら、うんと謝ってください」
そして、彼はレンたちが消えていった闇を見つめた。
「だから、今は水を差さずに彼らの門出を見送りましょう」
バーからの帰路でレンはエラに語りかけた。
「一つ、謝らなくちゃいけない事があるんだが」
その呼びかけに、彼女は振り返る。それに、つられて金髪も揺れ動く。
レンはそんな彼女を見て深呼吸した。そして、伝える。
「お前を勝手に吸血鬼にして悪かった。俺のエゴでお前を生かしてしまった」
そう言って、レンは深く頭を下げた。その様子にエラは微笑む。
「頭をあげてください。確かに、今までは吸血鬼が嫌いでしたけど、そんな吸血鬼の中にも師匠やナハトさんみたいな人たちがいることも知った。もう、吸血鬼に対して敵対意識を抱いてたりしませんよ。それに————」
そうして、彼女は心底明るい笑顔で告げた。
「今から人間も吸血鬼も分け隔てない世界を作ろうとしてるんです。今更、私が人間だろうと吸血鬼だろうと関係ない話ですよ」
そして、彼女は再び城へと歩き出した。レンは少し立ち止まって、彼女の後ろ姿を眺める。
その背中は彼女と初めてあった時よりもずっとずっと大きかった。




