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彼の日のパラディズム  作者: 多雨書乃 式
第一章 黎明
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第45話 式神

 数はおよそ数十。その全てがパックスに、正確には、彼が纏う結界に衝突する。単体では結界を破るのに苦労するが、物量があればその限りではない。

 楽に結界を食いちぎる様に破壊すると、今度はパックス本体へと向かう。視界を塞ぐ程の式神の量に彼は苛立ちながら、左手でそれを払うと、魔術でその全てを燃焼させた。

 だが、驚愕したのはその直後だった。


 開けた視界に彼が辺りを見渡すと、そこには真っ白の世界が広がっていた。

 まるで、一瞬にして雪でも降り積もったかのような白銀の世界。その真っ只中にレンは立っていた。


「待たせたな」


 ナハトはその声のする方に首だけで上を見ると、エラの眷属化を果たし、四肢の全てを回復させたレンが立っていた。

 未だ、エラは目を覚まさないが、傷が塞がっている事からそれが成功したのだと分かる。


「遅すぎだよ」


 茶化すようにナハトが笑った。レンもそれにニカっと笑って返した。


「悪い悪い」


 軽い調子でレンはナハトに謝る。だが、心の内では実のところほっとしていた。ナハトが命がけで捻出した時間で、エラを己の眷属にし、かつ大規模魔術を発動させる。これらが間に合わなければ、この場にいる全員は今頃、お陀仏だ。

 レンは、未だ純白の景色を前に、困惑の中にいるパックスに語る。


「式神を操るのはいわば、使役魔術だ。紙に簡易的な擬似魔術回路を作り、己の魔力で従わせる魔術」


 レンはパックスを睨みつける。


「そして、範囲を指定し部分的に世界そのものを使役させるとこうなる」


 パックスは辺り一面の白の景色を眺める。その一つ一つを凝視すると、それは人形の式神である。それらが世界の輪郭を成していた。


「紙は木から、木は大地から、大地は世界から。それを逆転させれば、こんな空間だって作り出せる」


 それに、パックスは初めて笑みを浮かべた。一度だって笑顔を見せた事などなかったのに、厳かな顔を盛大に歪ませて笑った。それは、レンが思っていた反応とはまるで違うものだった。


「あぁ、素晴らしい。これを、これを待っていた!」


 宙を眺め、彼のレンの魔術に対して愉悦に浸る。それに彼は舌打ちした。威圧的な眼光で彼はパックスを睨みつける。


「まだ、分かってないようだから言ってやろう————」


 レンは嘲るように口の端を上げた。


「ここは俺の世界だ。故に、お前に勝利はあり得ない」


 その言葉に呼応するように、木の形を為していた式神の塊が唐突にその輪郭を失った。

 そして、それらが一枚一枚の式神になると、その全てがパックスに襲い掛かる。


 先程とは比べものにならない量に彼は捌き切れないと判断して、大剣を地に突き刺すとその腹で式神から守る盾とした。それで、一応は危機を逃れた。

 だが、レンの攻撃はそれで止まらない。


 今度は、彼の周りにある木々が全て先のように個別の式神と化して、四方から彼を襲った。無数の式神の乱舞に最早彼の姿は見えなくなる。

 その様子はまるで明かりに寄る羽虫の様である。だが、レンはそれでも攻撃の手を止める事なく、彼へと式神を放ち続けた。

 そして、静寂が訪れた。


 レンは静かに式神を引かせ、パックスの様子を探る。これでやられてくれたら楽だと思ったのだが、そこにあったのは黒い球体だった。

 彼の作り出した物質。それで己を囲い、式神から逃れていた。

 それに、レンは笑う。


「何度、繰り返しても無駄だ。お前がどれほど防ごうと、式神は無限に湧き出て————」


 その時、レンの頬を何かが切った。ゆっくり振り返って背後を見ると、そこに式神が一枚浮かんでいた。レンの血を一筋付けて。

 そして、直ぐにそれは力を失って地面に舞い落ちた。無論、彼の操作したものではない。


 目を見開きながら彼はパックスの方へと振り向いた。すると、パックスの周りには無数の式神が宙に浮かんでいた。それもまた、彼の操作するものでない。

 仰天するレンにパックスは告げた。


「言っただろう? 一度、見た魔術は再現できると」


 その言葉にさらに驚愕する。それは、つまり————


「まさか俺の魔術を『乗っ取った』ってのか」


 それが可能か否かは最早、論じる必要はない。レンと同様に周りの式神を従えている、それだけが揺るぎない事実だ。

 レンも対抗して式神を浮かべた。そして、射出する。

 パックスもそれに応戦するように式神を放った。

 

 数千、数万の式神と式神がぶつかり合い、静止する。夜空の星々のように空中に固定された式神らは微動だにしない。

 魔力量や純粋な魔術の扱いなら、レンはパックスに劣っている。だが、パックスにとってこれが初めての式神魔術であった事が幸いだった。

 その不慣れさ故に、ギリギリ、レンとパックスの均衡が保たれてた。


 やがて、式神同士のやり合いでは埒が明かない事に両者は気づき始める。その時には、式神の操演をやめ、レンは刀を、パックスは大剣を、構えて疾走していた。魔術で決着がつかないのなら、剣技で。

 彼らは同じ様な思考をしていた


 操るものがいなくなって宙を舞い落ちていく式神は本当に雪の様だ。その中で、彼らの剣は火花を散らした。

 彼らの意地がその剣に流し込まれていく。


「おりゃあぁぁ!」


 そこから先は、無我夢中であった。レンは体が許す限り赫蕾を振り続けた。対して、パックスも大剣で確実に命を狙い続けている。

 彼も彼とて、ナハトの対処とレンの魔術の乗っ取りで物質創造を行えないくらいには魔力が底をついていた。


 一秒が数時間に感じる程、異常なまでに密な斬撃の世界で、両者は眈々と互いの隙を狙い続けた。疲労し、少しでも集中が切れた瞬間、確実に命を落とす。

 レンはそれを察した。剣を振るい、振られる中で幾たびも命が危機に晒された。

 その都度、細い細い命の糸を手繰り寄せ、何とか繋ぎ合わせた。そんなやり取りの先で、唐突に転機が訪れる。


 ある時、レンは大剣を打ち払った。それによって、パックスの胴がガラ空きになり、それに赫蕾を振り下ろす。

 大剣では受けられない。故に、その一撃は不可避で、必殺である。


 と、レンは思い込んでいた。だから、それが罠である可能性を考慮しようとすらしなかった。

 赫蕾が腹を裂こうとするその一瞬、パックスは体を捻り、回し蹴りで赫蕾を蹴り飛ばした。

 器用に、右足の爪先で赫蕾の腹を捉えると、今度はレンの赫蕾が弾かれる。


 一転、レンは無防備を晒した。その隙を逃すわけもなく、パックスはその大剣の先をレンの心臓へと狙いをつけ、放った。


「あ……」


 無様にも無気力にその声を漏らすと、既に彼の胸は大剣によって激しく貫かれれていた。

 彼はその胸から無尽蔵に血を吹き出し続け、大剣の刀身がまるで真っ赤な薔薇の様に胸から生えている。

 吸血鬼の胸を刺すという事はなんたるか、そんな事は誰でも知っている。


「レン!」


 ナハトは叫ぶが、レンは何も返さなかった。黙りこくって、掌から赫蕾が滑り落ちていった。

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