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彼の日のパラディズム  作者: 多雨書乃 式
第一章 黎明
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第44話 氷崩

 エラをその腕に抱えながら、レンは叫ぶ。


「おい、ナハト」


 心配そうに彼らを見ていたナハトは、その両脚を既に再生させ、反撃の機を伺っていた。その時、彼の名をレンが呼んだ。


「三分作ってくれ」


 突然であった。だがそんな頼みでも、聞き返す事なくナハトは鈍痛の残る体を引きずった。そして、パックスの前に仁王立つ。

 本当は、未だ両脚が軋む様に痛むが、レンが何を望み、何をしようとしているのか知っているからこそ、彼は立ちはだかる。そして、静かにクレイモアを抜いた。


「二分だ」


 レンの呼びかけに彼は答えた。強く大地を踏みしめ、絶望的な強敵と対峙して言う。


「それが限界だ。それ以内でなんとかしてくれ」

「分かった」


 レンは返答するや否や、エラの首に牙を立てた。

 彼の眷属にすれば、彼女は助かる。それは利己的な願いだ。傲慢な願いだ。

 だが、それでも彼女が息を吹き返すのならば、彼は厭わない。そう、決心したのだから。


 そして、着々と少女の体を吸血鬼へと変化させていった。

 一方、ナハトは荒れた息を無理やり整えて、パックスと相対していた。


「ナハト、お前も死にたいようだな」


 大剣を構えるパックスはナハトを凝視した。ナハトはクレイモアの切っ先をパックスへと向けるが、その剣は震えている。

 怯えと恐怖。ナハトとてその様な感情がないわけじゃない。


「二人がかりで不可能であったのに、一人で私に敵うとでも?」


 そして、彼は大剣を振り下ろした。クレイモアで受ける。鎬を削って、彼らは睨み合った。

 ナハトは何も言い返さない。ただ、切り札を切るタイミングを伺っていた。

 そして、膠着状態の今が好機と見たナハトは徐に口を開いた。


「氷の女王は玉座にて鎮座する————」


 歌う様に放つその言葉にパックスは眉を顰めた。それから、一瞬の後に彼はナハトが何を狙っているのか瞬時に理解した。


「詠唱か」 


 パックスは蹴りでナハトを引き剥がすと、大剣を今度は横一文字に振り払った。

 それに対し、彼はクレイモアを逆手に持ち替えて、パックスの大剣を受け止める。だがそれでも、パックスの剛力は彼のクレイモアを通して流れ込んできた。

 目眩を感じそうな、痺れるような痛み。だが、それでもナハトは詠唱を続ける。


「その畏怖に民は戦慄し凍てつく。極寒の吹雪は全てを奪い、そして連れ去っていく————」


 パックスは波打つ右腕を伸ばし、ナハトの腕を攫おうとするが、それは彼が身を躱した事で避けられた。

 その隙に、パックスは大剣を振るう。だが、彼はその刀身に手を付き、それも鮮やかに回転しながら飛んで、避けて見せた。


 何故、こうも避けられ、剣が当たらないのか。それが、詠唱を完了する為に回避と防御に徹しているからだとパックスが気づいた時には、彼の詠唱は終わりかけていた。


「最早、万物は女王の前にその形を保たず、無へと帰す。全てを失う女王は孤独の城で慟哭した————」


 全ての詠唱を言い終えたナハトは息を大きく吸い、最後にその魔術の名を叫んだ。


「氷結最終魔術・氷崩」


 魔術を完成させたナハトにパックスはしなりながら右腕を振るった。すると、その腕から生えていた指らしきものが切り離され、弾丸のようにナハトに飛来する。心臓を付け狙う指に、彼は避けるわけでもない。

 剣を仕舞い、ただ左手を出した。特に細工もなき左手だ。


 だが、特別にも見えないナハトの左の掌にパックスの純黒な指が触れた瞬間、それは消滅した。跡形もなく、消失した。

 その時、声にこそ出さなかったが、パックスの顔に驚愕の感情が刻まれる。それに、ナハトは嘲笑を浮かべた。

 そして、得意げに告げる。


「冷やすと言う事の本質は、物質を構成する分子の熱運動を鈍化させる事だ。故に、冷却の限界に達した時、分子の熱運動は完全に静止し、物質は崩壊する。……皮肉なものですね。創る魔術の使い手のあなたと壊す魔術の使い手の僕とは」

「絶対零度か」


 理論上、化学では達する事のできないと結論づけられた温度。

 それを、ナハトは魔術によって達成させた。触れただけで、その全てを崩壊させる究極の魔術を完成させたのだ。

 術式は出来上がっていたが、この魔術を使うのはこれで二度目だった。

 彼は汗を腕で拭いながら、悪態をつく。


「これを使うと多分ぶっ倒れる。だから、これが使えるのは勝ちを確信した時だけですがね」


 それに、パックスは不思議そうな、不可解そうな目で彼を見る。


「それは、ナハト、お前に勝機が見えていると言う事か」

「えぇ」


 ナハトは即座に答えを返した。そして、背後のレンを気にしながら言う。


「でも、それを成すのは僕じゃない。彼だ」

「つまり、お前は捨て駒だと?」

「捨て駒になれるなら十分だ」


 そして、彼はパックスとの距離を詰めた。既に大剣の間合いだが、彼にそんなものは関係ない。今、彼に触れるものは全て砕かれるのだから。

 パックスはルイーザのような念動力で地面の砂を巻き上げ、ナハトの視界を一時的に奪い、間合いを取った。


「でも、捨て駒に倒されてくれてもいいんですよ?」


 砂塵が引き、煽るようにナハトは嘯くが、パックスは相手にしない。距離を開けて、パックスはナハトの魔術を分析した。

 見て分かったのは、あの魔術には有効範囲がある点。周りの物全てを崩壊させられるなら、目眩しに使った砂もろとも崩壊させられたはずだ。

 推測するに、恐らくナハトが消失させられるのは触れた物のみ。

 そして、もう一つは————


 パックスは更に腕を増やした。肩甲骨から、脇から、首の付け根からおよそ五本の腕を作り出し、またそれを分裂させ、ナハトの元へと伸ばした。


「手数を増やしても、無駄です」


 ナハトのその言葉通り、腕は服こそ突き破るものの彼の皮膚に傷をつける事はない。腕は触れた瞬間から崩壊し続け、彼に当たる事はない。

 砂漠に水を撒くが如くその攻撃の悉くが無意味に終わり、無傷のまま、彼は簡単に間合いを詰める。


 だが、パックスはそれに対して、愚直に腕を伸ばすだけだ。最早、策もなく、苦し紛れの攻撃にしか見えない。

 一方、ナハトは一度だって立ち止まる事なく、避ける事も防御する事なく、淡々と近づいていき、やがてナハトはパックスに対して手を伸ばした。

 それは触れただけで万物を壊せる悪魔の右手だ。


「くらえぇぇ!」


 ナハトはそれをパックスへと振りかざす。

 絶対的な防御と絶対的な攻撃を手にした今のナハトは文字通り無敵だ。パックスであろうと手が出せよう筈もない。よもや、勝敗は決したと思われた。


 しかしながら、彼の掌がパックスへと届く事はなかった。

 ゆっくりと、彼は視線を落とす。そこには腹部が背後からの腕によって突き抜かれていた。その腕は真っ黒のまま脈動し、彼の鮮血を踊るようにして浴びた。

 そして、遅ればせながら、痛みがじんわりと広がっていく。


「まさか、地中から?」


 その腕は地面の中から出現していた。それを辿れば、パックスの背に行き着くのだろう。手数の多い攻撃で目を眩まし、その隙に腕を地中に潜らせ、虎視眈々とその機会を狙っていた。

 そして、一番油断したタイミングで腕で腹を抉った。虚を衝かれたのだ。

 驚きのまま呆然とする彼にパックスは告げた。


「お前の魔術は常に全身に適応されているわけじゃない。でなければ、魔力が枯れる。お前の着ている服が、腰に差した剣が、魔術を発動しても尚、その原型を留めているのが何よりの証拠だ。つまり、お前は攻撃を認識し、それに触れるだろう体の部位に魔術を適応しているに過ぎない」


 パックスはナハトを見下ろす。


「つまり、認識外の攻撃には対応できない」


 ずるり、とナハトの腹から腕が引き抜かれると、血の海を作って、彼は倒れた。そこで、不敵にナハトは笑う。


「流石ですね。今のやり取りでそこまで見抜かれるとは」


 地に背をつけて、仰向けになったまま浅い呼吸を繰り返すナハトにパックスは言った。


「ナハト、お前を殺す理由はない。故に、心臓は残した。だが、これ以上目障りな事をする気なら殺す。さて、どうする?」


 大剣を彼に向ける。もう、彼の魔術の効果は切れているのを知っての事だ。つまり、今のナハトに大剣を突き刺せば、彼は死ぬ。

 胸を大きく上下させ、ナハトは激痛に汗を噴き出した。それから、彼はパックスを睨み上げて言う。


「最初に僕は捨て駒だと言ったでしょう? 今更、死ぬ事など恐れてはいない。だが————」


 逆接で繋ぐ彼は口角を上げた。


「まだ、死ぬ必要はないようだ」


 その言葉に従うように式神が飛来した。

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