第38話 腕
「どうした? ルイーザ」
レンとナハトは声のした城のダイニングへと戻ると、エラは先に着いていた。彼ら三人がルイーザの元へ集まると、ルイーザがある物を見つめていた。
それが、彼女が彼らを呼んだ原因だと直感する。その方へ目線をずらすと、なにやら文字の書かれた包帯に巻き付いた細長い物体と一通の手紙があった。
エラはその手紙の方を取ると、レンへと渡す。
「とりあえず、読んでみてください」
渡されたそれを彼は受け取り、その内容に彼は驚愕した。
「親愛なるレンへ。君にこの『腕』を預ける。それをどう使うかは君に任せよう。第五真祖より」
短く簡潔にまとめられた文だったが、その文面は破壊的で壊滅的だった。驚愕と共に彼は包帯の巻かれた物体を眺める。
「じゃあこれは俺が探していた『腕』だってのか」
包帯に巻かれた腕は今一度注視してみれば、確かに異様な雰囲気を放っている。何より、巻かれたその包帯に書かれた文字がそれに一役買っていた。
崩した文字なのか彼の知らない言語なのか、どちらにもせよレンには何が書かれているのかはさっぱり分からない。
また、持ってみるとそれは相応に重量があった。
「『腕』って何です?」
話についていけなかった彼女は横槍を挟む。伝えるべきか一瞬迷ったが、それでもレンは答えた。
「前に第三真祖について軽く話したよな?」
「えぇ」
レンの師、リーベルタースの命を奪った真祖格の吸血鬼だ。
「これは文字通り奴の腕だ」
簡単に彼は告げた。だが、その言葉に彼女は尚も違和感を覚える。
「でも、吸血鬼って腕を失ってもまた生えてくるんじゃないですか?」
「あぁ、そうだな。だが、これは少し訳が違う」
そう言うと、腕に巻かれた包帯をさする。そして、彼はかつてリーベルタースが語っていた事を思い出す。
「昔、師匠に聞いた話なんだがな。これは師匠と第五真祖が共闘して第三真祖討伐を目指した時の戦利品なんだとか。倒すまでには至らなかったが、何とか腕だけは切断したらしい」
「第五真祖って……」
「あぁ、ルーチェのトップだ。最も、共闘していた時にはルーチェは組織されていなかったし、その後第五に裏切られたと師匠は言っていたな」
彼は、流れる様に綴る。
「それで、第五真祖の結界魔術で第三の腕を囲った。それによって腕はこの世界と隔絶された」
「隔絶?」
「そうだ。結界の本来の役割は分けること。それを使いこなすのが第五真祖だ。第五真祖はその力で腕を世界から隔絶、もともとこの世界から『なかった』事にした。だから、もともと『腕』は存在しないんだから再生もしない」
それに彼女は驚きをもって聞き返す。
「なかったことに……。そんな事できる訳が……」
「それをできる様にするのが真祖の奴らだ。奴らは吸血鬼としての能力もさることながら魔術の腕も俺たちとは比べものにならない。それ程までに生きてきた桁数が違う」
そう言うと、彼はもう一度腕を眺めた。かつて、彼が喉から手が出る程に欲しがった一品だ。それが、こうも呆気なく手に入った事に未だ実感が湧かない。
「しかし、何でまた急に?」
彼はそう言いながらルイーザの方を見るが、彼女もまた首を振って言った。
「私も分かりかねます。真祖らの心情など計り知れませんので」
その返答にレンは顎をさする。彼は腕を手に取り、いくらか思考に浸った。エラもナハトも彼が何を思っているのかは理解できない。
だが、暫しの沈黙を経て、彼は徐に口を開いた。
「これ、やるよ」
そう言うと、レンはナハトに腕を放り投げた。反射的にそれを受け取ったナハトだが、仰天した様子で彼に聞き返す。
「本当にいいの? これを奴は探し続けてる。腕を持っておけば、君の望む復讐はできるかもしれないんだよ」
「お前は俺に戦って欲しくはないんじゃなかったのか?」
「それはそうだけど。今までの君からじゃあまりにも想像つかなくて」
ナハトは心配そうに言う。確かに、前のレンなら、エラと出会う前のレンのならそれを嬉々として受け取り、第三真祖との戦闘を心待ちにしただろう。
だが、今のレンと前のレンはまるで違う。
「もういいんだ、復讐の事は。百年もうじうじとし過ぎた。そろそろ過去じゃなくて、今と、自分の弟子と向き合いたい」
その一言にナハトは再び驚いた。だが、その変化は彼が望んでいた事でもあった。
「そう、分かったよ。僕は止めない。この『腕』は責任を持って僕が預かる。壊したら何されるか分からないから、第三真祖が現れたらこれを引き渡そう」
「助かる」
レンは礼を言った。『腕』との決別。それが、彼が過去を断ち切る第一歩だ。師の死をいつまでも引きずっていた弟子の覚悟だ。
ナハトはその『腕』を持って仮の自室へと足を向ける。そして、ダイニングを去るその一瞬、彼はレンに告げた。
「本当に変わったね。僕は今の君の方が好きだよ」
「野郎に好かれても何も嬉しくない」
その答えに彼はハハっと笑ってその場を後にした。その背中を小さな歩幅でルイーザが追いかけた。
「意外でしたね」
ナハトは少女に話しかける。
「同感だ。だが、私もあいつが戦わない決断をした事を好ましく思ってるよ」
彼女はナハトと並び歩きながら返す。それから、彼女は冗談混じりに彼に聞いた。
「それにしても、本当にその『腕』をパックスに返すわけじゃあるまいな」
「まさか」
彼は笑いながら言った。
「まだ、世界を失いたくなんで」
「確かにな」
彼女も笑った。だが、両者の笑みはどことなく不自然である。不完全な笑みを浮かべて、彼らは歩きながらもそれぞれの思いに浸っていた。
「これは私たちの罪滅ぼしだ。そこに、レンや他の連中は巻き込めない」
「そうですね」
彼は頷いた。彼らの誰に見られるわけでもない決意は密かに燃える。静かに、だが確かにそれは燃え上がる。第三真祖の討伐という盛りをつけて。




