第37話 幸福
今日の城の朝食はまた一段と賑やかであった。
エラの作った肉料理を前に、レンは悪態をつく。
「おい、ガキどもはまぁ分かるが、何でお前らまでここにいるんだ?」
彼はちゃっかりと隣で肉を頬張るナハトに言った。ナハトは水を飲み干すと、言い返した。
「なら、君は子供たち全員の面倒を見きれるのかい?」
「それは……」
レンは辺りを見渡した。いつもならば、食卓を囲むのは彼とエラの二人だけであったが、今日はナハトとルイーザに加え、ルーチェに捕らえられていた子供たちもエラの料理を口に入れている。
それは、行き場のない子供たちを思ったエラきっての嘆願だった。
「まぁ、慌てずともこの子たちが環境に慣れてきたら僕たちも家へ帰るよ」
「別にお前らがいようといまいと俺は構わないが」
彼は朝食を口に含んだ。やはり、エラの作る料理は美味であった。
そこで、初めて彼は違和感に気付く。
「そういえば、エラはどうした?」
「エラちゃんならさっき『白の墓標』に向かったよ。先に食事を終わらせてね」
「そうか」
そう頷くと、レンは水を啜った。
エラはある墓の前に花を手向けた。エーデルワイスを一輪。その花言葉は『大切な思い出』。彼との思い出を彼女は噛み締めながら、手を合わせた。
レオ・クライン。彼女の最愛の弟の墓だ。
「レオ、あなたが夢見た城に私は住んでるよ。お姉ちゃんだけずるいよね」
まだ、少しばかり微熱の様な痛みを孕んだ左腕の断面をさすりながら、自虐めいた言葉を口にするが、返してくれる弟はもういない。
その彼女の背に唐突に言葉が掛けられた。
「この地に名のある墓標が出来たのは二度目だな」
彼女越しに墓を見つめていたレンも手を合わせた。
「来てたんですか」
彼女は振り返る事なく呟いた。
その時、彼女は思い出したように言う。
「そう言えばルーチェにいた事があったんですってね」
唐突にそう語った彼女にレンは驚きの表情を浮かべる。が、一瞬思考してエリアスに教わったのだろうと彼は悟った。
「昔、第五真祖の内情を探ろうと少しな。特にめぼしい情報は手に入らなかったが」
「そうですか」
彼女は自分から聞いた割には大して興味なさげに相槌を打った。
その後、墓の前で彼女は少しばかり思考し、言うかどうか迷ったがそれでも思った事を口にした。
「……師匠がもっと早く来てくれていたらレオは助かっていた」
「そうだな」
それは紛れもない事実だ。否定できない事実だ。それ故にその言葉は重さを持っていた。
「でも、師匠だけが悪いわけじゃない。ルーチェも悪いし、エリアスも悪い。それに、そいつらを倒せなかった私も悪い」
彼女は拳を握りしめた。それにどれだけの思いが込められているのかは彼には計り知れない。
「師匠、少しの間、修行を中断しても良いですか?」
「それは別に構わないが。……理由を聞いても良いか?」
彼女は彼の問いに目を閉じた。その目蓋の奥ではレオとの思い出が溢れかえっていた。
「少し考える時間が欲しいんです。これから何をすべきか、自分の頭で考えたい」
「そうか」
相槌を打つ彼に彼女は振り返る。それから、柔らかに微笑んだ。
「そろそろ城に戻りましょうか」
レンとエラが城に帰ると、出迎えた者たちがいた。それは、彼女がルーチェという地獄から救い出した少年少女たちだった。
「エラさん」
その内の一人、出会った時のエラよりも背の小さな華奢な少女。彼女はエラを呼び止めるとその頭を下げた。それに続く様に他の子供たちも小さな頭を下げた。
「ありがとう。まだ、お礼ができてなかったから。エラさんがいたから、私たち、まだ生きてるんだよ」
そして尚彼女たちは頭を下げ続けた。その様子にエラは少女たちの元に寄り添うと、その頭を優しく撫でた。
「エラお姉ちゃんで良いよ」
どこか他人行儀な子供たちに向かって、彼女は告げた。
「あのね」
少女は語り出す。
「レオはいつもお姉ちゃんの話してた。それと、お姉ちゃんから教えてくれた御伽噺をいつも私たちに話してくれたの」
「そっか」
彼女は彼女の知らないレオの話を聞いて微笑む。だが、笑みの裏でエラの胸はチクリと傷んだ。
エラに礼を終えると、少女はレンの方へとも向いた。
「それから、レンさんも。ありがとう」
「おいおい、俺は吸血鬼だぞ」
その言葉に少女は首を傾げた。
「え? でも、レンさんも私たちの事を助けてくれたじゃないですか」
それに、レンは驚嘆した。少女たちはまるで種族の垣根など理解していなかった。無垢な眼差しで自分たちを助けてくれた者に礼を言った。
彼女たちにすれば、それだけの事だった。
「礼なんて良いよ。俺はこいつに手を貸しただけだから」
純粋な言葉故に彼は恥ずかしがった。
それから二週間、平和で長閑な安寧の日々が過ぎていった。
ルーチェであった紛擾が嘘かの様に城では悠々自適に子供たちは暮らしていた。
「お兄ちゃんも混ざろうよ」
細長い皮をつなぎ合わせて球の形をなすサッカーボールを蹴りながら、一人の少年がレンに誘いかけた。
「いや、俺はいいよ。そこまでサッカー上手くないから」
彼は遠慮がちに拒否した。そして、噴水に腰掛けながらぼんやり子供たちを観察する。
「全く、呆れる程に平和だねぇ」
そう言うのはナハトだ。今日は珍しく酒ではなく、水を片手に子供たちの様子を見に来ていて、レンの隣に腰掛ける。
「それにしても、あの子たちからはこれぽっちも恐怖の欠片が見えないのが不思議だね。僕も君も吸血鬼、本来は人間を食す側なのに」
首を傾げながら、子供たちを眺める。レンも同様に子供たちを見渡した。
「あいつらはきっと種族なんてどうでもいいんだよ。ルーチェの奴らは吸血鬼だったが、そこから救ったのも俺という吸血鬼だ。あいつらには良い人、悪い人でしか判断してないんだよ」
「存外、それが物事の核心なのかもね」
ナハトは少し遠い目をする。
「もしも、もしもの話だよ」
そうやって話を切り出すナハトはぼんやりと宙を眺めていた。
「吸血鬼と人間が忌み嫌わず共存できる世界ができたら?」
突発的にナハトはレンに聞いてみたくなった。
それは、ナハト自身の考えではなかったが、昔その考えに感化された身としては尚の事レンに聞いてみたかったのだ。
「面白いな、それは」
レンは薄く滲む様に笑う。
「ならそこは『楽園』だろうな」
「楽園?」
ナハトは少しばかり驚いた。それはレンが突拍子もない事を言ったからではなく、レンと同じ様に人と吸血鬼が共存する世界を楽園と呼んだ者を知ってるからだった。
「あぁ、楽園だろうさ、そんな世界は。争い、いがみ合わなくて良いんだから」
頬杖をつきながら、ボールを巧みにドリブルする少年の姿を眺める。
「少なくとも、こいつらの生きる未来はそんな優しい世界になってて欲しいもんだな。俺たちの正体を知って、俺たちの目の前から姿を消す前に」
レンは感慨にふける。ナハトもその答えを確かに受け止め、じっくり噛み締めた。
その時、唐突に声を聞いた
「ナハト様ー、レン様ー、エラ様ー、少し来て頂けますか?」
城に響く高い声。ルイーザのものだった。




