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彼の日のパラディズム  作者: 多雨書乃 式
第一章 黎明
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第28話 師匠

「離せ!」


 艶やかな長い金髪を引かれ、エラは地を引きずっていく。抵抗するものの、左腿を撃ち抜かれた事もあって満足に力が出ない。

 なすがままにエリアスに連れられ、いくつかの部屋を通り、そして、一際大きな扉に行き当たった。

 彼がその扉を勢いよく開くと、そこは大広間とも呼ぶべき場所だった。

 

 二階まで吹き抜けになっていて、一つ大きなシャンデリアが天井に飾られている。そして、その広間にはルーチェの全員が集まっていた。

 広間を囲う様に野次馬をなすそれらは一様に汚い笑みを浮かべている。


「やぁ、諸君。今日は集まってくれて結構。その礼に今日は面白いものを見せよう」


 そう言うと、エリアスは彼女を広間の中心へと投げ捨てた。ルーチェの全員が彼女に好奇の目線を寄せる。


「これは、自分の弟を助ける為にわざわざここまでやって来たいたいけな少女だ。それには、相応の褒美を与えなくてはならない。皆もそう思うだろう?」


 その言葉が合図なのか、広間を見下ろせる二階、手すりの向こうに先程の子供たちが連れられた。そして、彼らは後ろ手に、頭だけを突き出した形で跪かせられ、そのそれぞれの頭に銃口が合わせられていた。

 その中で、一人。異彩を放つのが暗めの金髪の少年だ。彼だけ、首に妙な膨らみのある首輪をはめられている。

 そして、黒く無機質なその首輪が爆弾だと察した彼女は声を上げた。


「レオ!」


 彼女の声音に少年は反応する。顔を上げて、彼女を見つめるが、その目は怯え切っていた。


「私には、第五真祖様へ捧げる家畜を育てろという命を受けているが、何かしらの不都合があった時、何匹かは殺処分しても構わないという命も受けている。だから、たまたま部下が面白がって爆弾をくくりつけて、それがたまたま爆発しても、それは不運な事故と言える」


 彼は爆弾のスイッチを見せつけて、ニヤニヤと気色悪く口角を吊り上げた。


「皆もそう思うだろう?」


 それに、彼女は雄叫びを上げる。


「彼を離せ!」


 鈍く痛む左足を無理にでも動かし、小太刀を抜いた。持てる力を全て絞り出し、エリアスに向かって振り下ろす。だが、その刃は彼に届かない。


「それにしても、随分と威勢のいい少女だ」


 そう言いながら、彼はエラの頬を叩いた。皮膚の良い音が響き、彼女はその場に崩れた。その彼女の無様な姿にルーチェの構成員らは嘲笑で迎えた。


「一体、誰にその剣と魔術を習ったんです? ここらで剣術も魔術もできる者など限られてるでしょうに」


 エリアスは彼女を見下す。いつだってそうだ。彼女の両親を殺された時も、レオと一緒に襲われた時も、この憎たらしい態度は変わらない。


「お前に教える義理はない」


 彼女は吐き捨てる。

 それに、彼は溜め息をついた。


「はぁ、まだ立場がわかってない様ですね」


 彼は先程の拳銃を取り出して、銃口を彼女の額に押し当てる。


「言え」


 額の冷ややかな鉄の感触に彼女は一筋の汗を流す。それから、渋々口を開いた。


「師匠に……、レンという男に教わった」

「レン!」


 エリアスはそれに過剰に反応する。


「レン! レン! レン! レン・タチバナ! 久しぶりだぞ。その名を聞いたのは」


 彼はレンという名を何度も復唱する。猟奇的にまた口の端を上げる。 


「しかし、またどうして吸血鬼が人間を……? あぁ、そうか。君はレンの非常食か」


 エリアスは納得するが、彼女は彼の『吸血鬼』という言葉に反射的に言い返した。


「師匠は吸血鬼じゃない!」


 レンとは喧嘩別れしたエラだが、それでも口が勝手に開いていた。だが、彼女の叫びにエリアスは首を傾げる。本当に不思議な様子で彼女を見る。


「何を言っているんだ。奴はルーチェの元構成員、私の元部下だぞ。吸血鬼じゃないはずがなかろう。……最も、常に仮面をつけていて、気に食わない奴ではあったが」


 彼のその言葉に彼女は絶句した。

 いや、レンが吸血鬼である可能性はあった。だが、それから目を逸らしていたのは自分だ。しかし、それでも信じたくはなかった。

 あの師匠が自分の憎むべき吸血鬼だったとは。目の前の屑と同じ吸血鬼だとは。

 故に、彼女は懸命に否定した。


「……違う。違う! 師匠は吸血鬼なんかじゃない!」


 エラは吠えた。己の理想の師匠を守る為に剣を握る。だがエリアスはそれを一蹴した。


「少しうるさいですね」


 唐突に指を鳴らす音が広間に響く。その音に一拍の間を置いて二階から矢が射出された。ボーガンだ。

 咄嗟に横に飛ぶが、逃げきれず、矢は左の上腕と前腕にそれぞれ命中する。そして、腕を貫通した矢尻が地面にまでめり込み、彼女を地に縫い付けた。

 

 肉を裂き、骨を砕いた矢は彼女に際限ない激痛を与え続ける。しかも、矢には返しがついていて容易には抜けない。

 身動きの取れなくなった彼女は剣を諦め、式神に攻撃を託す。だが、それで彼女は焦燥した。


 蝶の式神は微動だにしなかったからだ。何の反応も示さず、ただの紙切れとしてエラの元にあるだけだった。


「どうして……」


 彼女は息を呑む。未だかつて魔術が使えなくなった事はなかった。だが、いくら魔力を用いても式神を動かすのはおろか、腕の傷を癒す医療魔術までも使えない。

 その様子にエリアスが語りかける。


「言い忘れてましたけど————」


 彼女の動けなくなった姿をぼんやりと眺めながら彼はエラに告げる。


「その矢はルーチェで作られてる特別製の魔道具でしてね。それが体に触れている限り、対象が魔術を使おうとすると魔力を拡散して術式を妨害する仕組みになってるんですよ」


 彼は爆弾のスイッチの淵を指でなぞる。


「身動きが取れずに剣も振れない。だが、魔術も使えない。先程までの威勢に比べて随分と無様ですね」


 そう言うと、彼は彼女に背を向けた。


「無力のまま、そこで見ていなさい。あの爆弾もちょっと特別な物でね。昔、うちの燃焼魔術師が術式を加え、威力を飛躍的に上昇させた代物だ。きっと、素晴らしい光景になりますよ、その爆弾で君の弟の首が飛ぶ姿は」


 彼はそれは楽しそうに語る。

 一方、彼女は歯軋りした。


 結局、同じだった。レオを守れなかった時も、ルーチェに襲われてレンに助けられた時も何もできない無力な人間だった。

 そこから、何一つ変っちゃいなかった。汗を流して、血を流して、どんな努力を重ねても力は及ばない。何も守れはしない。

 

 彼女は今にもスイッチのボタンを押しそうなエリアスを見つめる。今の自分に出来る事はない。出来るのはレオが殺されていく姿を黙って見ている事だけ。

 彼女は全てを諦め、放り出しかけた。

 

 だが、そんな時に思い出したのはレンの顔だった。

 吸血鬼であった師匠。だが、彼と過ごした日々の全てが嘘だったとは彼女は思わなかった。

 あの傍若無人な振る舞いに毎度辟易していたあの日常が全部偽りのはずがない。


「師匠、あなたならこれからどうします?」


 彼女は宙に語りかけた。彼なら、どうするか。隠し事も多くて、何を考えているのか掴みかる師だったが、これだけは彼女にも分かる。

 彼に諦めは似合わない。


「……最後に一つ聞かせて」


 小さく、しかし芯のある声で彼女は呟いた。


「なんでしょう?」


 背を向けたまま、彼は情けを持って返す。

 それに、彼女は怨嗟を込めて返した。


「何故、何故私の両親を殺した?」


 その問いに彼は一瞬、黙った。

 だが、それは問答に窮したのではなく、単純にパッと思い出せなかったからだ。記憶を遡り、そして金髪の夫婦の首を刎ねた時の事まで思い出して、ようやく言葉を口にする。


「あー、あの人間の事か」


 それから、さも当然かの様に彼は言葉を継ぐ。


「便利そうな魔術を研究していたから殺したんですよ。実際、とっても役に立ってますよ。あなたの腕に刺さってるのもその魔術の術式が込められてますし」


 あぁ、そうか。

 彼女はそして確信に至った。


「よく分かったよ」


 そして、彼女は目を見開いた。


「やはり、お前は殺すべき吸血鬼だって事がな!」   


 負け犬の戯言と決めつけたエリアスはそれでも尚、ボタンに指を乗せた。だが、それを押す事はなかった。彼がそのボタンを押す寸前、彼の胸に鋭い痛みが迸ったのだ。

 エリアスは視線を落とす。

 

 そこには、胸から突き出た片刃の刀が覗いていた。

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