表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼の日のパラディズム  作者: 多雨書乃 式
第一章 黎明
23/51

第23話 ルイーザ・シュバルツ

 城では今日も激しい剣戟が繰り広げられる。


「でりゃあ」


 エラは小太刀を振り下ろすが、レンが赫蕾で弾く。彼女は受けられたと分かった時点で、間合いを取る為に後ろに飛んだ。これを好機と判断したレンは一歩踏み込むが、引いた事自体が彼女のブラフだった。


 彼女の懐から紙でできた三枚の蝶が飛び出て、そのまま彼に襲い掛かる。

 速い、というのが彼の率直な感想だった。一枚はかわしたが、二枚は刀で応戦するほかない。恐らくは彼が全力で自分の式神を飛ばしてもこれだけのスピードは出せないだろう。


「蝶とはお前らしいじゃ————」


 そこまで述べてから、彼は言葉を中断した。彼が蝶の式神に対応している間に既に彼女は間合いを詰め、恐るべき速度で小太刀で刺突を放っていたからだ。剣先が眼前にまで迫る。

 それに対し、彼は背中に数枚の式神を配置、そしてそれを支えに強引に体を仰け反らせた。刀はレンの鼻先すれすれを攫っていく。

 

 姿勢を崩したレンに彼女は大きく飛び上がった。そして、彼の首目掛けて上から小太刀が襲う。その勢いでレンは地に押し伏せられる。彼女の刀に彼は赫蕾で受け止めるのを諦め、鞘で喉元を守る。

 エラの刀とレンの刀。一瞬の均衡が訪れるが、それを破るようにレンの懐から一枚の式神が現れた。

 そして、その式神は彼女の腹部を大きく叩く。

 

 短い嗚咽と共に、再び彼女は宙に浮かび上がる。体を捻り、どうにか空中で体勢を整えるが、着地のタイミングでレンが彼女の足を掬った。

 体は仰向けに倒れ、それにレンは覆いかぶさると、赫蕾の峰を彼女に首に当てた。


「俺の勝ちだ」


 そうして、模擬戦の終わりを宣言すると、彼は彼女の隣に寝転んだ。荒れた息を整え、肩を大きく揺らす。彼女も浅い呼吸を繰り返し、運動を止めてもなお油脂が吹き出していた。

 それもそうだろう。朝食後から打ち合いを始めたはずが、もう既に太陽が高く昇っている。


「それにしても随分と式神の使い方が上手くなったな?」


 感心した様に問う。


「師匠がやってたのを見様見真似でやってみただけすよ」


 そういうエラは式神を寝転んだ二人の上空で飛ばして見せた。ひらりと舞う様子は本当に蝶の様である。

 深呼吸したレンはもう一度大きく息を吸うと、立ち上がってエラの手を取った。その手に引かれる様にエラも立ち上がる。


「取り敢えず、俺はナハトのところに行ってレオ奪還の手が借りれないか尋ねて来る。お前はルーチェのアジトの下見をして来てくれないか?」

「分かりました」


 そう答えて、彼女は空を眺める。


「あと、三日後ですね」

「あぁ」


 レンも空を眺めた。

 彼にとってはレオを奪還すると共に、『腕』を盗み出すという仕事もある。ようやく回ってきたチャンスを不意に終わらせるわけにはいかない。

 『腕』さえ手に入れば、パックスをを誘い出す事が出来るのだから。


「失敗する訳にはいかない。気を引き締めとけよ」

「はい!」


 彼女は勢いよく答えた。彼らの決意は群青の空に吸い込まれていった。



 石畳の通り、二年経っても瓦礫とそう変わらないナハト宅。しばらく、ナハトの元を訪ねていなかったが、その家への道は足が覚えていた。

 レンはナハトの家を見つけると、そこから二人の人物が出てくるのを発見する。一人がナハトであるのは見れば分かるが、もう一人には面識がなかった。

 

 ゴスロリ風のドレスを身に纏った幼い顔立ちの少女。

 少女の眼は氷の様に冷たく、だがそれはレンにとってどこか懐かしさを覚える眼である。

 

 一方、彼女らもレンの存在に気がついたのか、ナハトは驚いた顔を浮かべた。

 しかし、意外だったのがナハトよりも少女の方が驚愕の様子だった事だ。目を見開き、まじまじとレンを眺める。


「やぁ、レン。今日はどうしたんだい?」


 少女の事を放っておいて、普段通りに語り出すナハトにレンは会話を割る。


「それよりもナハト、このガキの説明をしてくれ」


 その言葉にナハトは少女を見遣る。


「あぁ、この人の事ね。この人は————」


 彼がその正体を告げる前に少女が先を繋げた。


「私の名はルイーザ・シュバルツです。かのナハト・シュバルツ様の唯一の眷属にてございます」


 ルイーザはそう名乗ると堂々とナハトの横に並び立った。


「眷属? お前がか? ……こんな子供をパートナーとするとはお前もとうとう腐ったな」

「変な誤解はやめてくれる? 僕とこの娘には恋愛関係みたいのはないから。流石にロリコンじゃないから」


 必死に否定するが、ナハトの事なのでレンの疑念は完全には払拭できない。未だ、少しの疑いを抱えたまま彼はルイーザを見つめる。

 見れば見るほど、彼女は不思議な存在だった。服装は何より、雰囲気だ。この感じをレンはどこかでよく知っている気がするのだが、どこだったかは出てこない。

 そこまで考えて、彼はここに来た理由を思い出した。


「あぁ、そうだ。お前、今からどこか行く予定か?」

「うん。そうだね。この娘としばらく遠くまで」

「そうだったか。三日後のルーチェの宴で『腕』を奪還するのにお前の手を借りたいと思ってたんだが、どうしても外せないか?」


 そう聞くが、ナハトは即座に答えを返した。


「悪いけど、無理だね。まぁ、僕がいなくても君一人いれば、十分でしょ?」


 ナハトは当然の様に聞くが、予想外な事にその問いにレンは口籠っていた。


「あぁ、そのはずだったんだがな。ちょっとばかし面倒な事になってて……」


 その言葉にナハトは眉を寄せた。明らかに怪訝そうな視線をレンに寄せる。


「面倒なことって?」

「お前は俺の弟子に会った事あるよな? あいつの弟がどうやらルーチェに捕まっているらしくてな」

「それを助けに行くと?」

「……まぁ、そうだな」


 彼は口籠りながら答えた。

 それに、ナハトは溜め息を吐いた。


「だから、面倒事を持ち込むなって言ったのに。正直、君がいくら強いからってルーチェの奴らと正面衝突したら数で押されるよ? それは分かってる?」

「分かってる……、つもりだ。だから、なるべく最小限の動きで済む様に今、あいつに偵察に行かせてる」

「……そう」


 ナハトは苦虫を噛み潰した様な顔でレンの目を見つめる。


「前にも言ったと思うけど、第三より先に『腕』を奪取しないとゲームオーバーだ。絶対に『腕』だけは回収して来てくれよ」


 彼は熱の籠もった声で語る。その様子にレンは疑問を感じた。


「待て待て、お前に言われなくても『腕』は奪いに行くつもりだ。だが、そもそもお前は俺に第三真祖と戦ってほしくないんじゃなかったのか?」


 その言葉に何故かナハトは少し苛立った様子になっていた。


「あぁ、そうだよ! 君に第三と戦って欲しくない! だけど、それとこれとは別だ。もし、僕たちが負けて、宴も開催されるってなった時、君が『腕』を奪えなかったら————」

「ナハト」


 一言、冷たい口調で彼の名を呼ぶ者がいた。ルイーザだった。

 彼女はナハトの眷属だと言うが、その声音は主人に向けるには余りに凍てついていた。その呼びかけにナハトの背筋まで凍る。

 冷静さを取り戻した彼は小さく咳払いをした。


「とにかく、頼むから『腕』だけは奪ってきておくれよ。それを忘れないでくれ」


 これ以上、レンに無駄な詮索をさせないよう彼は強引に会話を切る。


「……分かったよ。元よりそのつもりだ」


 彼が何を言おうとしたのかレンに想像がつかなかった。だが、やるべき事ははっきりした。例え、ナハトの助けがなかったとしてもやり遂げてみせる。彼はそう心の中で誓った。

 一方、ナハトはレンに背を向け、ルイーザと共に通りを歩いて行った。



「すいません。熱くなっちゃて」

「別に構わないさ」


 ナハトはもうレンの耳には届かないだろうと判断した距離まで歩いてから、少女に声を掛けた。


「それにしてもどうして嘘なんかついたんですか?」

「あいつが私の正体を知る必要はないからだ」

「ふーん、そうですか。これに関してはあなたの問題なので僕からは何も言いませんけど」


 ナハトは浮かない顔を浮かべる。


「しかし、本当に気が向きませんね。これで何度目ですか?」

「つべこべ、言うな。小言の多い男は好かれないぞ」

「それがこう見えても意外とモテてるんですよ」


 ナハトは少し微笑み、前を向く。


「でも、行くしかないんですよね」


 彼は遠い地を眺め、敵を想像して少し身震いしつつも言葉を綴った。


「では、ルイーザ。向かいましょう。奴の元へ」

「次にその名で呼んだら殺す」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ