表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名もなきモブ子の1ページ  作者: 早藤 尚
4/6

あたしとセンパイとトランペット。

 そのセンパイに初めて会ったのは夏だった。

 今日もイマイチだった、って何度めかわかんないため息をあたしは吐いてたんだ。全然特別でもない平々凡々な、言っちゃえばつまんない日だった。つまり日常ってやつ。

 じゃぼじゃぼ。

 校内に不釣り合いな水音のおかげであたしは普段なら目にも留めない方向へ振り向いた。

 あたしは部室からの帰りで。いつものよーに一段飛ばしで階段を下りてって、一階に着いたらあとは渡り廊下ってトコロ。階段の隣が裏口みたいになってて、じゃぼじゃぼ水音はそこが音源だった。

 真夏のあっつい日差しがまぶしくって、校舎内の影が強く浮き出て目がクラクラしてた。暑さに? わかんない。まぶしさに? わかんない。そこにいた、あの人に? ……わかんない。

 でもマジでまぶしかった。逆光で影しか見えなかったけども。

 その人は手を洗ってた。そんだけ。

 特に人目を惹くことはなんにもしてなかった。

 あたしもただの部活の帰りでして。ドラマやマンガでよくあるよーな特別なフラグなんてなんっにもなくて、平凡な瞬間だった。

 それでもちょっと違ってたって言うなら、一学期そこそこ通ってたこの階段に裏口なんてあったんだ、って初めて知った。そんくらいっす。

 そんで、そこを使う人がいたんだ、って知った。それだけ。

 こーいうの、盲点、って言うのかなあ? おっかしーよね、部活は週四であたしはいまんとこ真面目に皆勤なのにいままで全然気がつかなかったとか。ビックリしちゃった。あんまりビックリしすぎて、それがなんか、その人がなんか、特別みたいに感じちゃうくらいには、なんか、なんか。

 ねえ? 恋の始まりなんてなんにも劇的じゃないよねえ?

 運命であれー、って思い込んじゃうのが、なんか。あたしも乙女だったんだなーなんて笑っちまったよ。

 ウチのガッコは学年でネクタイの色がわかれてて、その人は紺だった。てことは三年だ。あたしより二学年上の、センパイだった。




 金管楽器の高い音色が分厚い波になって渦をまく。音楽室の窓から外へ、流れてく。

 なんで音楽室って一階にないんです? 中学の音楽室も三階だった。楽器運ぶのがそりゃもータイヘンで。でも窓一面の青空に音をまくのは、正直気持ちがいい。ウン。たとえ音が外れていてもよ。


「おーい、トランペットまた音外したろー?」


 ばれてーら。


「すいませーん」


 さすが顧問、耳聡い。あたしは素直に手をあげて白状した。

 そうなのだ。あたしは毎回毎回同じとこで音を外す。何度やってもそう。呪いにでもかかってんじゃないかって疑っちゃうレベルで律儀に音がすぽーんって抜けてく。

 ウソウソ。

 呪いだったらどんなに楽か。いっそそっちのほうがまだマシ。音が外れる理由? そんなのあたしが下手くそだから。はい証明終わり。おっかしーな、一応中学もずっと吹奏楽部だったんですけどね?

 不満をこめてプーッと鳴らしたあたしの渾身のひと吹きは、やっぱり外れてた。



 音階をたどって一音一音丁寧に吹く。

 おなかから、喉を通って、くちびるへ。

 マウスピースへこめる息を、確かに感じながら。

 そうやって、音を鳴らすだけなら外れないのに、いざ譜面通りに吹こうとすると、いっつも同じとこでつまづく。

 雑に鳴らしてるんだ、もっと大事に吹け、先輩方はレクチャーくださるけれども。

 そろそろあたしだって気がついてきた。単にあたしのギジュツが備わってないのだ。あたしが、下手なだけ。部のみんなより、あたしが。




「センパイ、夏休みなのに毎日ガッコ来てんですかー?」


 空き教室の窓からカオだけ出して、あたしは制服姿の背中へ声をかける。

 半袖シャツにサマーニットのベスト。あたしみたいに着崩してない、いかにも優等生、って感じの着こなしが似合う人だった。


「……部活だから」


 ちょっとだけ振り返ってそれだけ言って、センパイはまたあたしに背を向ける。


「部活って何でしたっけー? ガーデニング部?」


 そんな部活聞いたことないけど。


「……園芸同好会」


 マジで聞いたことないやつだった。


「でもセンパイしか来てなくなくなくないですー?」

「なく……? ……いや、ひとりだし……」

「ソロぼっち部!?」

「ぼっ……」


 またこっち向いたセンパイの口がぱくぱくしてるのがおかしくってあたしは肩を震わせて笑った。

 センパイはどうやらこの裏口のそばにある花壇に通ってるようだった。見かけるたんびにせっせと花壇のお世話をしてるマジメさんだった。見かけるたび、ってゆーか音楽室へ行くたび目にするから、やがてあたしは部活のない日でもそこに足を運ぶようになってしまった。だっているんだもん。いなかったらあたしだって来ない。教室棟はあっちだし。いるとわかってたら会いたくなってしまうのがナントカのサガってやつ。

 初めて声をかけたのはあたしからだった。何て言ったのかはもう忘れた。たぶん当たり障りない天気デッキまわしてた。センパイあっつくないですかー? まーそんな感じの。


「……君も部活だろ。夏休みなのに学校来てる」


 作業が一段落したのか、センパイは手を休めてからだごとあたしのほうへ向いた。


「そーですよお。夏休みなのか部活月間なのかもーわかんない」


 相変わらず音は出ないし。

 上達のじょの字もないし。

 そらため息も出ちゃうってもんですよ、ねえ?


「……でも休まず出席してるんだろ。だから……えらい、うん」

「……部活なんで。出るのは当たり前っすよ」


 まーた音外してー。やいのやいの言われんの。きっと明日も。

 えらいなんて、言ってもらえるもんじゃないんですよ。ホントホント。




「センパイここ来てるのずっとですか?」


 あの日から、初めてこの人を認識した日から、見かけない日はない。それが、なんとゆーか恋する視線のなんちゃらのせいなんかなって考えるとわりと本気で恥ずい。自分で自分が恥ずい。うわー、って意味もなく叫びだしたくなっちゃう。


「え?」


 一瞬言われた意味がわかんなかったのか、メガネの奥でぱちぱち瞬くのが見えた。初めて見た。なんというお得感。恋するオトメってやっすい。


「……いや、一学期からずっといるけど?」


 んーなるほどーなるほどー。

 なんで?って問うてくるセンパイにあたしはへらへらと適当に笑うしかできなかった。

 なるほどね、じゃーあたしは一学期のあいだこの人をスルーしてたわけだ? うわーバカ。もうすっごいバカ。何見てたんだ。何も見えてなかったんよ。


「いや~気づかなかったな、って」

「……ああ、ここ、あんまり人通り少ないし」

「あたしは毎日のよーに通ってたんですけどね?」

「……吹奏楽部、だったっけ? 俺はいつも聞こえてたよ」

「聞ーてたんすかはっず。じゃー豪快に音外してたあたしのペットも聞こえてたんすね」


 センパイは一瞬空を仰ぎ見た。


「……あれ君だったのか」


 ……あたしの人生で文句なくいちばん恥ずい思いをした日だった。



 音が通らない。

 何度吹いても、どんなに練習しても。

 練習が意味をなしてるのかわからない。

 落ち着けばできるよ。

 落ち着くって何? キモチでどうにかなるもんなんです?

 あたしに足りないのはギジュツなの? キモチなの?

 それとも……。



 センパイはしゃべるとき必ず少し間を空ける。二分休符いっこぶんくらい。

 メガネで、けっこー髪ももさっとしてて、俯きがちな人だから、コミュ障に見えるけど、実際あたしもそー思ってたけど、たぶん違うのだ。

 センパイは考えてから返事をくれる人だった。

 あたしのてきとーな軽口を、軽口みたいなコトバを、毎回ちゃんと考えてそれから返事をしてくれる。わからないときはわからない、って正直に言ってくれる。

 知ったかぶりで話を合わせてくる奴もなかにはいるけど、センパイはそうじゃなかった。


「センパイ何の曲が好きですかー?」

「えっ……」


 二分休符、ひとつ、ふたつ、みっつ?

 センパイの考えてるカオが好きだった。ううん、あたしのコトバを噛んで砕いて真剣に飲みこんでくれてるのを見るのが好きだった。

 だってそのときは、そのときだけは、センパイの頭のなかにあたしの存在があるんだなって感じられるから。みっともない、独占欲ってやつですよ。


「……悪い、吹奏楽の曲、詳しくなくて」

「べつに何でもよかったんですけど。てかセンパイのリクエストなら死ぬ気で練習しますけど」

「いや、いいって。部活でさんざん練習してるだろ」


 そーなんすよ。あたしちっとも上達しなくって。毎度音外すの、聞こえてんだろうな。


「……いつも聞いてる。凄いな」


 ええ、ええ。部のみんなはね。あたしはべつに、スゴくないんです。


「いや~外しまくってすいません」

「……でも金管楽器って音鳴らすのだって大変なんだろ。あ、いや、よくは知らない、けど。そう、聞いたことはあるから」

「まーそうですけど。でも鳴らないことには曲も奏でられないんで」


 吹奏楽部にいる以上鳴らせなきゃ困るんですよ。いまのあたしみたいに。


「……それでも。俺はやったことないし、出来ないから。出来る君が、凄いと……俺は、思う」


 あ。ダメだ。

 センパイといると、ダメだ。

 ねーセンパイ。それはできて当たり前なんすよ。あたしには、あたしにとっては。ちっとも、ほめられることじゃないのに。

 そんなさもスゴいことのようにほめないでくださいよ。凄い、って、言わないでくださいよ。

 あーダメダメ勘違いしちゃう。いっつも同じとこでミスってんの誰? あたしです。吹奏楽何年やってんの? もう四年です。

 そんな、ホント、習い事始めたてのちっちゃい子みたいに。できてえらいね、なんて。そんな、そんなの。

 自己肯定感ドン底のいま言われちゃったらココロの空洞に響きすぎて。

 あたしはがんばってんだ、って勘違いしちゃう。

 違うよ。がんばってないからできてないんすよ……。

 鼻の奥がツン、となってあたしは両腕にカオをうずめた。




 センパイは毎日いるわけではなく、いない日ももちろんあった。いつ会えます?なんてストレートに聞けるはずもなく、あたしはそわそわしながらいつもの定位置へ足しげく通っては、一喜一憂するのだ。我ながら恋する乙女力はんぱない。

 ……センパイがいなかったら、この夏は思い出にもならなかったに違いない。

 誰も来ない花壇をずーっと眺めながら、赤みを増した空に秋の気配を感じた。

 ……ああ、あの真っ青な空へペットを吹ける季節が、終わっちゃう。

 音は、ずっと外れたままだった。




「ねーセンパイ」


 猛暑の夏から秋はあっとゆーまに過ぎ去って、冬将軍がマッハで駆けこんできたころ。

 期末テストが笑えないくらいヤバかったとかお気にのキーホルダーなくしただとか低気圧で激だるだとかオンナノコ特有のアレとかやっぱり音が通らないとか。思い当たるフシはあれこれあれど、どれもけっきょくあたしが悪いのであって何のせいにもできなくてぐるんぐるんしてたころ。

 風もなくって、太陽も出てなくって、静かにそっと寒い日だった。

 まーベンキョーもしてなかったしね? 毎日トランペットばっか吹いて座学めっきりだったし。度重なる不運もあたしの不注意なだけだし。これで友ダチにまであたったらあたしはホントにイヤな奴になってしまう。

 どこにも吐き出せない。吐き出したくても鳴らないんだ。だって鳴らないの。響かせらんないの。


「……どうしたの」


 聞こえるセンパイの声はいつもよりちょっと優しい。それが嬉しいのか申し訳ないのかあたしにはもうわかんなくて、あたしはますます縮こまった。冷たい窓の桟に腕を乗っけて、カオを突っ伏して。


「……生きててえらいって言ってください」

「え? ……はあ?」

「いーからゆってください」


 センパイはなんで、ともいやだ、とも言わなかった。呆れられてんのかな。それでも、今日は声が聞けたからあたしにとっちゃ良い日です。そう。話せるだけでいーんだ。何バカなお願いしてんだ? えっ待ってはっず!?

 正気に戻ったあたしがカオをあげる前に、ソレは降ってきた。


「……生きててえらい」

「……~~だっ」


 待って、ちょい待って。声、ちょー近いんですけど!? 通り魔にグーパンされたみたいなうめき声出たし!?


「毎日部活に出ててえらい。練習、続けられててえらい。学校に来ててえらい。あとは……」

「――ちょっ! 待っ! はずいんでもーいいですじゅーぶんです!」


 追い打ちとか聞ーてないしマジで心臓弾けとぶ!


「……そう? 元気になったんなら、いいけど」

「すこぶる元気ですありがとうございましたッ」


 驚きのあまりカオをあげたら普段は花壇のそばから離れないセンパイが珍しく校舎の近くまで来てて、そいであたしはまたビックリするしヘンな嬉しさとかこみあげてきちゃうし盆暮れ正月なみに感情が大渋滞してた。


「……でもこういうのってもっと仲の良い……友達、とか、に、言ってもらったほうが、いいんじゃないの」

「いやセンパイでいいんです。……センパイが、いいんです」

「はあ……?」


 あからさまに首を傾げるセンパイを見てあたしは悟っちゃったね。あ、この人ウルトラスーパー鈍感だ、って。

 だっていまの、いまのあたしの、ほぼほぼ告白だったじゃん!? まー言っちゃってから気づいたんですけどあたしも! カオから火ぃ噴き出そう!


「たいしたことない、普通の言葉だけど」

「いやいや。たいしたことあるっす」

「はあ……?」

「ふっつーの、なんも特別じゃなくっても、センパイが言うからいーんですよ」


 センパイだから、あたしの「特別」になるんですよ。って言っても、きっとセンパイはなんも気づかないんだろーな。

 センパイはやっぱり、ちょっと考えこんで、ちいさく「……あ」とつぶやいた。


「ああ、うん、わかる」


 恋をしているあいだだけ使えるスキルが人類にはある。

 直感全振りの、チートみたいなスキル。

 それは。

『特別な相手の、特別がわかる』ってやつ。

 理由とか、証拠とか必要ない。目線で、声で、雰囲気で、わかっちゃうもんなんだ。

 ……わかりたくなくても、だ。


 あたしは何て返したか覚えてない。へー、とか、そうなんすね、とかたぶん適当な返事をしたんだろう。

 あたしがセンパイにもらった「特別」は、センパイのなかでは、すでに先客がいたと。あー、……あー、なるほどね。ウン。

 ……今日は、いい日のままでいたかったぁ……。

 あたしのココロに深ーく積もったこの「特別」たちはあたしだけのモノで、センパイには、どれも特別じゃあなかったんだって。


「……センパイも、生きててえらいって言ってもらったんすか」

「いやそんな言葉じゃないけど」


 ソッコー否定しないでくださいよ、頼んだあたしが恥ずいじゃないすか。

 ……そんなコトバじゃないなら、じゃー何を。どんな普通のコトバが、あなたには特別だったんですか。


「……いやそれは言われたら嬉しい、くはある、けど」


 そこのフォローはいらねっす。

 あーヤダヤダ、だってそれってあたしじゃダメなんじゃん? センパイの特別な誰か、に言ってもらえて初めて特別って思えるんじゃん?


「センパイも人の子だったんですねえ」

「……は?」

「やーだってスッゴいたらしじゃないすか」

「…………たらし? 誰が?」

「センパイ」


 マジでこの人ひどいんですよー。どんなちっちゃなことでもほめてくるしねぎらってくるしそんなん、そんなん、好きにならないほーがおかしいってもんじゃん!? あんましゃべるの得意じゃなさそうなのにそんなとこだけ手が届くとか、ホンット天性の人たらしなんだわー。

 納得いかない、ってセンパイは眉間しわしわさせてますけど。


「ふつーあんないちいち凄いねえらいねとか、言いませんよ」


 おかげでホラあたしなんか、とうとう自分からお願いしちゃうくらい甘えたがりになっちゃって。どー責任とってくれんですか、ほんとーに。

 もう二学期も終わりが近くて、三学期なんかすぐ過ぎるってのに。

 あたしをさんざん甘やかしといてさっさと卒業するようなセンパイは、やっぱひどいんですよ。


「あ……や、あれは」


 どーせ誰彼問わず優しんでしょ。あたしにだけじゃないんでしょ、ちゃーんと、わきまえてますって。


「あれは……俺がしてもらったことで……別に、俺の、じゃない、というか」


 ぴきーん。

 おせっかいなスキルがまた勝手に発動する。

 あーそうですかそうですか。あの「特別」はお下がり……。なるほどねー。


「でもあたしに言ったのはセンパイなんで。だから、あたしにとってはセンパイのコトバです」


 悔しかったんでちょっとでもマウントとってやろって思った。


「……そう、だといいな」


 ……そこで微笑むの、たいがい卑怯ですからね? は~まだ見ぬ恋敵がにっくいわあ!


「センパイセンパイ、ウチの部今度ホールでやるんすよ」


 よかったら観に来てほしい。じゃなくて、スッゴい来てほしい。いやいやいやダメダメダメ。まだあたし上手くないし。聴かせらんないわ。やっぱいまのナシ。


「どこ? ……あ、そこ、俺も行く。その日、別件で」


 なんですと?

 聴いてはもらえないけど、同じ場所にいる。それってなんだか、ジワジワとココロの奥らへんがあったかくなる気がして。あたしってばホント、やっすいオンナ。




 あたしにはこんなにセンパイだけの「特別」があるのに、センパイにはあたしが入り込める「特別」がない。どこもかしこも先客だらけで、あたしが座れる場所なんてない。

 ひどい話っすよ。

 センパイにとってあたしはただの、たまに話す後輩の女子でしかないんですか。ないんでしょーね。知ってた。知ってたよぉ……。でも知りたくなかったあー。

 ねーセンパイ。あたしはあなたに何をすればあなたのココロの特別な思い出になれますか?




 世間がクリスマスだって気づいたのは当日も当日で。会場前の広場がやたらめったらキラッキラしてて、先輩方にアレきれーっすねなんて言ったらそりゃクリスマスだしトーゼンよって返ってきてあたしマジビビった。何にビビったってクリスマスの存在頭からすっぽ抜けてたとか現役女子高生としてヤバくない? あるまじき失態よ? 恋する乙女力どこいった。

 まーだからクリスマスごときに浮く足もなかったあたしは至極真っ当に実力を発揮した。

 つまり、やっぱり音はどっかとんでった。

 そらそーよニンゲン誰しも実力以上のモノは出せんのよ。練習した、そのぶんしか出ないもんなの。

 日付が恋人たちのなんちゃらだったり好きな人が近くにいたりして突然天才になれるならあたしはいまごろパワーストーンまみれになっている。

 重たい楽器を抱えて通用口から出ると、外は雪が降ってた。みぞれっぽくて、きっとすぐ溶けてしまう雪。どーりで、息が白いわけですよ。

 はあっ、と大きく深呼吸したら、冷たい空気が肺んなかに針みたいに刺さってきて盛大にむせた。熱く火照ったからだには刺激が強すぎた。

 熱く、なるくらい、あたしは今日の演奏を全力でできた。

 全力だったからって、いきなり上手くはなんないしだからどーなの、って気もあるけど、でも、なんか、やっぱ。

 特別、でしたよ。センパイ。

 けっきょく今日はカオも見てないし聴かれてたのかもわかんないけど。そんなあやふやで曖昧な、センパイのカケラだけであたしは特別なキモチになれるんですよ。聞ーてますかセンパイ。

 ……あなたには、その他大勢と変わらない、ただの女子生徒なんでしょーけど。

 あーホントヤダ。


「ねー誰か駅前の特大パフェ食べに行こ!?」


 遅れて出てきた部活仲間たちにあたしは誘いをかける。


「クリパにしちゃ斬新すぎん?」

「クリパじゃないって」

「なら何なの」

「失恋したあたしによるあたしのためのヤケ食い」


 何ソレ話聞かせてよー。ヤダヤダ誰が言うもんか。あたしだけの特別なセンパイだもの。おとなしく特大パフェに付き合ってよ。話すヒマもないくらい食べ尽くそ?

 胸んなかぐるぐるしてる想いも、おなかの奥でぐるぐるしてるキモチも、一緒に消化しちゃえばいいのに。

 見ててよセンパイ、見てろよセンパイ。

 あたしはあなたに告白します。

 そんで自分のあまりの鈍感さにショーゲキ受けたらいいんだわ。恋心にずっと気づかなかったバツっすよ。

 ビックリして、驚いて、目を見開いて、そして覚えててよ。あたしを。あたしのことを。

 決行は、卒業式。

 絶対に記憶に残ってみせるから、だからどうか、

 ちょっとは「特別」な卒業式の思い出に、してください。



 金管楽器の高い音色が桜色の空に吸いこまれてく。春はもうすぐ。あたしの春は、もう散った。

 正確には、これから。

 ド派手に散ってみせますよ。

 決意をこめてパーッと鳴らしたあたしの渾身のひと吹きは、外れることなくキレーに譜面を通って駆けていった。





〈あたしとセンパイとトランペット。/完〉

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ