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名もなきモブ子の1ページ  作者: 早藤 尚
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表裏一体のダンデライオン

 サンタさんはプレゼントを運んできてくれる。


「あれっ? 久しぶりじゃーん! 覚えてる?」


 高校一年生の冬。クリスマス。私は、好きだった人にもう一度出会った。


「サンタさんからプレゼントをあげてしんぜよう~。ホラ、かわいいかわいい。聖夜の宴、楽しんでってね!」


 完璧なウィンクを見せてくれたその顔は記憶と何にも変わってない。それもそう、だってまだ一年も経ってない。中学を卒業してから。


「何知り合い? スゲー可愛いねあのサンタ。や、サンタがっつーかお前もあんなカッコしたら可愛いと思うぜふつーに」

「何それ?」


 私は笑う。いつも通り、笑えてる。


「あとあの子は男の子だよ」


 マジで!?なんて驚く連れの声を遠く感じながら、私は人混みの向こうへ視線をやった。クリスマスのイベントは大盛況でこのなかから誰かを探すのなんて難しそうだった。現に私達は四人で訪れたはずなのに、ふたりとふたりではぐれてしまったし。……探すのは難しいし、ましてや合流なんて、もっと難しい。

 まるで本物のサンタさんのように、プレゼントだけ置いて消えてしまった。




 女の子みたいな男の子だった。

 それは見た目だったり、雰囲気だったり、性格だったり、周囲の扱いだとか、いろいろあるけれど、少なくとも私はずっと、ほかの女子と同様に感じていた。いわゆる、女友達、のような。

 毎朝気軽におはようって言えて、今朝の占いはどうだった、今日の髪型はどうだった、新しくできたお店がどうだった……そういった、男子とは話さないような話題をすんなりできる子だった。

 特に、おはようって言ってくれる笑顔が私は大好きで、朝一番に挨拶できた日は一日中気分がよかった。

 大好きな大好きな『同性の』友達だった。

 男の子なのはもちろん知ってた。でも知ってただけで、私のなかでは女の子と同じだった。

 そばにいてもドキドキするわけじゃなかったし、たまに触れることがあっても変に意識なんてしなかった。

 ……いまでもはっきり覚えている。

『友達』が『好きな人』へと色を変えた日のことを。

 おはようって、いつものように挨拶をして、並んで教室へ向かう、その途中だった。三年生の教室は三階で、私達は当然階段をのぼる。これまで何回もあったシチュエーション。全然珍しくも特別でも何でもない、普通の時間だった。

 階段をのぼるためにお互い足をかける。視線は足元。踏み外さないように、きっと無意識に見てるんだろう。何回もあった。何回も見てきた。普段の日常そのものだった。

 並んだあの子の足が私より大きくて、「足大きいんだ、背は同じくらいなのに、意外だね」って言おうとして、突然気づいてしまったんだ。

 私の大好きな友達は、男の子だった。

 知ってたけど、気づいてなかった。知ってたけど、気にも留めてなかった。

 知ってたけど、知ってたけど、知ってたけど。

 私の心は私の意思とは無関係に私の毎日を塗り替えた。

 おはようって言ってくれる笑顔が本当に大好きで、朝一番に挨拶できた日はちょっとした優越感が私を満たした。

 親友って言えるくらい仲がいい『異性の』好きな人だった。

 女の子じゃないのはもちろん知ってた。女の子みたいにかわいくて、女の子みたいに話ができたけど、私のなかではもう女の子じゃなかった。

 そばに来たらドキドキして何も考えられなかったし、たまに肩が触れ合ったなら舞い上がってろくに返事もできなかった。

 私の大好きな友達は、どこにもいなくなってしまった。

 あの子の何かが変わったわけじゃないのに。いつもと同じ毎日なのに。

 私が、恋をしてしまったせいで。

 恋なんか、するんじゃなかった。

 嘘をつくのが上手くなった。本音を隠して笑うのが上手くなった。いつからか心から笑えなくなった。

 気持ちを伝える気なんてちっともなかった。だってそれは『同性の』友達が好きな私への裏切りだったから。まだ恋をする前、あの子と一緒に笑い合ってた日々を捨ててしまうようで。

 何気なく耳にした進学先が別々だったことに私は心底ほっとした。どこの学校、とは聞かなかった。知るつもりもなかった。ただ私と違うところならどこでもよかった。

 だって知ったら、きっと会いたくなってしまう。私は会いに行ってしまう。『友達』なのを口実に、何食わぬ顔で、欲望を叶えてしまう。

 大好きだった、『友達』を使って。

 私は卒業するんだ。中学の卒業式と同時に、この気持ちから卒業するんだ。そうじゃないと、私は私を、許せない。許せないよ。

 ……どうして恋なんかしてしまったの。

 さよなら、私の初恋。

 さよなら、私の友達。

 さよなら、私の――……




 〈いまどこにいんのー?〉


 ポンッ、と軽い通知音が鳴って友人からのメッセージが現れる。私はパンフレットに記載されたマップと照らし合わせながら返信を打った。


 〈レストハウス、の近くかな。そっちは?〉

 〈ウチらライブ会場にいるから来てよ! 早く早く! 夜の部始まっちゃう!〉

 〈わかったわかった〉


 押しの強さに呆れながら返すと、隣の友人が身を屈めて様子を窺ってくる。


「あいつら何だって?」

「ライブ会場に来て、だって」


 思いがけない距離の近さに驚くも、人が多くて離れにくかった。


「連れてきたのあいつらの癖に自由だなー」

「私はけっこう楽しいよ」

「俺も俺も。クリスマスにぼっちじゃなくて幸せーっつーか」

「友人同士、で過ごすクリスマスって感じだよね」


 友人がちょっと言葉に詰まった隙に私はパンフレットにあるセットリストを確認する。

 出演側、なら名前が載っているはずだけど、あの子の名前はなかった。出店もたくさんあるからそっちの参加者なのかな、とも思って探してみても、サンタが云々、みたいな出店はない。

 じゃあいったいさっき出会ったサンタは何なんだろう?

 幻覚、じゃなかった。現に私の手のなかにはプレゼントだと言って手渡された雪だるまのチャームがある。

 メッセージアプリを開いたままのスマホを知らず知らずのうちに指で叩いていた。それを止められる私はもういなかった。


 《クリスマスライブ 白いサンタ 誰》


 溶けかけていたはずの雪がまたかたちづくられていくのを私は感じていた。出来上がった不格好な雪だるまに、私はどんな顔を描けばいいんだろう?

 恋なのか、友情なのか、応援なのか。

 サンタさんはプレゼントを運んできてくれる。プレゼント、確かにプレゼントだった。だってそれは、私の大好きだった、笑顔だから。私はさよならをしたの。するの。今度こそ、今度こそ……。

 ねえサンタさん、どうして私を見つけてしまったの?




〈表裏一体のダンデライオン/完〉

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