花を織る
勝手にシンパシーを抱いていた。
話したことなんかなかった。挨拶をしたことも。目を合わせたことすら、きっとなかった。あたしも彼も、床を見たりどこか遠くを見るのが得意なタイプだった。会話したところで視線が合ったとは到底思えない。
……ああ、そもそも、会話なんか、苦手だった。
だから、おしゃべりなんて、する機会はなかった。
違う。
機会はあったのかも。あたしには、わからなかっただけで。そのタイミングは、何度でもあったのかもしれない。
でも気づかないまま、わからないまま通り過ぎたのなら、それは無いも同じことで。
けっきょく、同じクラスだった一年間、彼としゃべったのは今日だけだった。「あの」と「転校するの?」この二言だけ。
びっくりしてあたしを見たその挙動になんだか申し訳なさを感じたのと、同時に、初めてちゃんと目にした真正面からの顔によけいな感情を抱いてしまったのと、いろんな羞恥がまぜこぜになって、あたしはやっぱり、彼と目を、合わせられなかった。彼の足元を見ながら、その足がいつ方向転換するのかとじっと待っていた。
「……、……転科する、だけ」
テンカ。聞き慣れない言葉で、すぐには意味が飲み込めなかった。それ以前に、返事をくれたことのほうが驚きで、でも聞き返すなんてできるわけなくて、まっすぐあたしに向けられた彼のつまさきを見てるしかなかった。
まっすぐ、あたしに向けられた。
もし、もし。俯いてるのがあたしだけで彼はちゃんとあたしを見ていたら。
そんなタイプじゃない。知ってる。ずっと、見てたから。
でも、でも。でも。
「…………うん」
なんとか絞り出した声はぼそぼそしていてすぐに後悔をあたしへ植えつけていく。後悔、みたいな、未練、みたいな、キレイじゃない、何か。
知ってる、うん。知ってしまった。あたしとは違う、違った、彼の姿も。見てた、から。
また会える?なんて、よこしますぎて聞けなかった。キレイだとずっと思ってた名字も、呼べなかった。
「じゃあ、」
さよならの代わりに、そんな何の意味もない言葉しか言えなかった。
立ち去る瞬間に見えた彼はあたしをまっすぐ見てくれていたのに。
……勝手にシンパシーを抱いていた。勝手に、あたしだけが。似た者同士だと。勝手に、親近感を抱いていたんだ。
それは、たぶん。シンパシーという名の、恋、だった。
〈花を織る/完〉