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1・糸に込めるおまじない


第二章スタートです!


更新スペースは落ちますが、頑張って書き上げたいと思っていますので、どうぞお付き合いくださいませ!




「アヴィーーっ! 助けて私もうダメだわーーーーーーっ!!」

「どうしたの!?」


 それはいつものようにセシルがヴィコット邸を訪ねてきた昼下がりのこと。

 だけど今日はいつもと違い、目に涙をいっぱい溜めて現れた。




 誕生日が過ぎ、日常的にすっかり過ごしやすい暖かな気温が続く中、アースガルドには年に一度のお祭りの日が近づいてきていた。


 それが建国祭。

 初代アースガルド女王アステル・フォーマルハウトが、精霊の協力のもと国を作り、アースガルドと名付けた記念日。


 一週間という長い間行われるこのお祭りは、市場にたくさんの屋台が出て、他国からの出品物が並ぶなどとても賑わう。

 王城の門も大々的に開放され、王妃主催のお茶会や、腕試しの武術大会などが行われる。


「その武術大会の剣術部門に、今年はお兄様も参加するのよ」


 武術大会には、剣術、弓、馬術など様々な部門があり貴族平民関係なく腕に自信のある者は参加が認められている。いい成績を残すことができれば城に仕える兵士に採用されるということもあり、出場を希望する平民も多い。


 しかし、現在兵士として活動するものにとっては別の意味がある。


 アースガルドが誇る王国騎士団。我が父ロイス・ヴィコットが将軍を務めるその騎士団は、一般兵と呼ばれる兵士と正規兵と呼ばれる騎士から構成される。

 完全実力主義であるその騎士団で立場を上げるには、手柄を立てるなどの功績を残す、または単純に実力を認められることが必要となる。

 この剣術大会は正規兵である騎士の参加は禁じられているが、兵士の参加は認められていて、上位の成績を納めることができれば正式な騎士として叙任されるようになる。

 早い話、一種の進級試験のようなものだ。

 そしてウェルジオ・バードルディは現在、兵士という立場にいる。


「お兄様は第二王子とも親しいし、本人も将来的には王子に仕えることを希望してるの。この大会で良い成績を残せれば、城に仕える騎士として正式に認めてもらえるようになるんだけど……」

「もしかして不安なの? ウェルジオ様が負けてしまうかもって……」

「ううん。お兄様は絶対勝つから」

「……すごい自信。ウェルジオ様ってそんなにお強いの? 知らなかったわ……」

「だってそういう設定……ごほんごほんっ。それでね? 実は、お兄様に渡す刺繍のお守りを私が作ることになったんだけど……」

「ああ……」


 アースガルドでは、安全祈願のお守りとして不死鳥が刺繍されたものを持つという習わしがある。

 そしてその刺繍は身近な異性から送られるのが通常だ。一般的にはやはり恋人からというのが多いが、家族や親しい友人などから送られることもある。

 一針一針、無事であるようにとの祈りを込めて作られるこの品は、毎年、剣術大会に出場するものたちも身につける。

 そして今回、肝心のウェルジオに渡すものをセシルが作る……ということらしいのだが。


「…………」


 私は俯いたセシルが静かに差し出してきたそれを見つめる。

 縫われた糸で引きつってぐしゃぐしゃになった布の残骸。そしてその表面に朱色の糸で刺繍されているのはおおよそセシルが手掛けたであろうと思われる…………えぇ……と。


「…………毛虫?」

「ふしちょーですーーっ!!」


 いや、ないわ。


 意外と思われるかもしれないが、セシルは案外手先が不器用だ。

 刺繍や花、紅茶の入れ方など、貴族の令嬢が嗜みとして覚えるあれこれはことごとく苦手。

 けれど体を動かすダンスなどは得意。

 私たちが会う時はセシルが訪ねてくることが多いけど、それだって自分が出歩きたいからと言う理由からだ。セシルは基本じっとしているのが嫌いだし、長時間椅子に座っていることも好きじゃない。


 それでいいのか公爵家の令嬢。

 痛む胃を抑えるバードルディ公爵の姿が頭に浮かぶ……。


「こんなのとても渡せない……っ! お願いアヴィ助けて!!」

「もちろんよ、任せてちょうだい!」


 絶望を背後に背負って半泣きになりながら縋りついてくる親友の手を私は強く握りしめた。

 



 ***




 コポコポと湯気を立てながら透明なティーカップにそそがれる透き通った琥珀色。

 ふわりと漂う香りは紅茶などに比べて若干強めだけど、ハーブティーはその香りも楽しみの一つ。

 入れたてのアツアツカモミールティーに、蜂蜜を少々入れてくるりとひとまわし。これがセシルの好きな飲み方。ちなみに私はストレートで頂く。


「アヴィは建国際、どうするの?」

「お父様のお許しがもらえたから行こうと思ってるわ、他国からの露店がたくさん出るでしょう? アースガルドにはないお茶とか花とかが手に入らないかなって……」

「ぴ!? ピー、ピピーーッ!!」


 突然、それまで私の膝の上でぐったりしていたピヒヨが飛び上がった。

 ちなみにぐったりしていたのは体調が悪いわけではなく、単にモデル疲れ。

 不死鳥の刺繍をする際、鳥のモデルとしてこの子を使ったのだが、二人して刺繍針をブスブスしている間、視線の先でじっとしているのはさすがに疲れたらしい。

 刺繍が一通り終わる頃にはコロンと仰向けに転がってぐったりした。後でピヒヨにはお礼に美味しいご飯をあげようと思う。


「ピピィ、ピピピ、ピーーー!」

「なに、どうしたの?」

「ピーーーィ!」

「一緒に連れてけって言ってるんじゃない?」

「ピ!」


 こくりと頷く小鳥。相変わらず頭がいい。


「……大丈夫かしら、人がいっぱいいるのに」

「ピ!」


 まるで、問題ないよと言わんばかりに胸を張る姿にため息を一つ。


 元々私に懐いてくれてはいたけれど、誕生パーティー以来今まで以上にぴったりとくっついている。

 パーティーの中、連れ歩くわけにはいかないと部屋の中で留守番させたのがよほど不満だったらしい。


「いいじゃない、一緒に行きましょうよ、私たちも! 一緒に市場の露店を回りたいわ!」


 それは楽しそう。

 友達と一緒にお祭りの露店を回るなんて、それこそ子供のとき以来だもの。


「大勢で回ればこの前みたいに絡んでくるバカタレもそういないだろうしねっ」


 セシルが公爵令嬢にあるまじき態度でふんっと言い捨てる。

 あのパーティーの夜。一人でのこのこ外に出て厄介な奴に絡まれたことはウェルジオによって、両親はじめ、セシルの耳にまでしっかり入れられた。

 地獄の鬼も裸足で逃げ出す形相で、害虫は抹殺あるのみとばかりに息巻くセシルをなだめるのが大変だった。あのまま放っておいたら危うく親友が犯罪者になるところだったよ。

 ちなみにお母様には長々と説教された……。


「まあ、あの虫は呪っておいたから大丈夫だと思うけど……用心に越したことはないもの」


 また何やら不穏な単語が聞こえた気がしたけど、気のせい気のせい。私は何も聞いてません。

 前にもまして斜め上方向にレベルアップしてきたセシルに、バードルディ公爵だけでなく、お兄ちゃんまで胃を押さえている恐ろしい光景が頭に浮かんできたので、私は慌ててそれらを振り払った。




 建国祭は一緒に回ることを約束して、セシルはバードルディ邸へと帰っていった。

 その手に一生懸命刺繍を刺したタイを握りしめて。

 当日の剣術大会では、そのタイがウェルジオの首元を飾ることだろう。


 そして私の手元には、同じく不死鳥の刺繍されたハンカチ。

 セシルに付き合って一緒に刺したものだが、自分の身内に武術大会に出る人はいないし、渡すような相手もいないので、このまま自分用にするつもりだ。でも不死鳥の模様だけというのもちょっとばかり味気ないような気がするので、追加で一差し入れちゃおうと思う。

 使うのは白に近い薄桃色の糸。

 縫い始めるのはもちろん、もうひとりの私を示すあの花。


「ぴーー?」

「うん。これはね、私の一番好きな花なの。せっかくだから周りに一緒に、ね?」

「ぴぴぃーーっ」


 頬に擦り寄ってくる小鳥のふわふわの羽毛がくすぐったい。


 そうして、桜の花を背負う朱色の鳥が刺繍された、世界にひとつだけのハンカチーフが完成した。



アヴィリア

 手先はそれなりに器用。

 

セシル

 意外にぶきっちょ。もちろん料理なんかもできない。

 この世界の原作を知っている。

 たまにその知識がチラチラ。

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