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31・親友の現状は



 ピヒヨの可愛さにほっこりしていると、温室の扉をノックしてメイドのテラが顔を出した。


「失礼いたしますお嬢様。セシル様がお見えになりました」

「アヴィ!」


 テラの後ろからひょっこり顔を出してセシルはまっすぐに私の元に飛び込んでくる。


「アヴィったら最近はずっと温室にいるわね。ちゃんとおひさまに当たってるの?」

「その辺は大丈夫よ」


 実は温室を与えられて最初のうちは、あれもやりたいこれもやりたいで食事の時間も忘れて温室に入り浸ってしまい、しっかりとお母様からのお叱りを受けたのだ。

 中身が成人女性の身としては少々恥ずかしい失敗である。

 それ以来しっかり節度をわきまえて作業をしているが、なんだかんだテラやルーじぃもその辺は目を光らせているので実はそんなに心配はない。


「ピピ、ピッチュ!」

「ふふふ、こんにちはピヒヨちゃん。今日も元気ね」

「ピー!」


 えっへん。と胸を張る姿はさも当然だと言っているようである。


「……そろそろ喋り出しても驚かないわ……」

「さすがにないわよ!?」


 …………多分。

 何故だろう。はっきりと言い切れない。


 そんな私たちの気持ちも知らず桃色の小鳥は呑気に頭上をパタパタと飛び回っている。キミの話だぞこら。


「ところでアヴィ? 何かいい匂いがするんだけど……」

「ああ、薔薇の花よ。ちょうど今作っている物があって……」


 くんくんと鼻を動かしていたセシルは乾燥中のハーブを見つけると、あまりの多さにぎょっとする。その様子に思わず笑ってしまった私の耳に別の人物の声が届いた。


「また何か作ってるのか……、随分と暇なご令嬢もいたものだ」


 ここ最近よく聞くようになった彼の嫌味じみた声は、もうすっかり耳に馴染んでしまった。

 振り返ればそこには案の定、思った通りのプラチナブロンド。


「ごきげんよう。よくいらっしゃいましたウェルジオ様」

「ふっ。伯爵令嬢ともあろう者が日がな一日小屋にこもって草いじりとはね……。少しは妹を見なら……」

「びびいぃぃーーーーーーーっ!!」

「な、いたっ! なんだこの鳥っ! いだ、いたぃっいだだだだだあぁーーーーっ」

「チュびびびびびびびっ!」


 ピヒヨ▷つっつく攻撃!


「こらっ、ピヒヨっ!?」


 温室の扉に寄りかかり偉そうにふんぞり返りながら、まるでどこぞのアイドルのように髪をかきあげる姿は、たとえその口から紡がれる言葉が嘲るように嫌味じみたものであったとしても女ならば思わず見惚れてしまうくらいに美しいものだったが、残念ながらそんなものは一瞬で消え失せた。

 現在その絵になるくらいの美少年は小さな小鳥の鋭いくちばしの襲撃を一身に受けて悲鳴をあげている。


「ピヒヨっ、ダメよ!!」

「そこよピヒヨ! もっと思いっきりやっちゃって!!」

「ちょっとセシルさんっ!?」


 何故だかこの小鳥。セシルにはとっても懐いているのにお兄さんのほうにはとても辛辣な態度をとる。


「ピフー……」

「……もう、そんなにむくれないの。まったく、普段はとってもいい子なのにウェルジオ様が見えるといつもこれなんだから……」

「仕方ないわよ。ピヒヨちゃんは私と同じでアヴィが大好きだもの。ねぇ〜?」

「ピ〜?」


 首をこてんと傾げながら紡がれるセシルの言葉は語尾にハートマークでも付いているかのようでたいへん可愛らしい。そしてその姿を真似て同じように首を傾げるピヒヨの姿も文句なしに可愛いらしいが、見た目に騙されてはいけない。

 その小鳥の後ろには鋭いくちばしで突っつかれ傷だらけになっている少年の姿があるのだ。たかが小鳥のくちばしと侮ってはいけない。あれは立派な凶器である。


「……セシル。少しは兄を心配してくれないか?」

「お兄様は自業自得でしょ」


 崩れ落ちる兄。本日のとどめは妹でした。

 だからといって、ここで私が口を挟もうものなら余計ややこしいことになるだけなので何も言えない。ごめんよ少年。


「それにしてもすごい量……。これ全部お茶にするの?」

「ほとんど注文なのよ……。お母様の口コミで貴族のご婦人方に広まってしまって……」


 わが母の素早い所行には思わずふうとため息が漏れてしまう。


 そんなことを考えていれば突然温室のドアがバターーンッ! と力強く開かれた。


「失礼するわよアヴィリア!」

「お、ぉおお母様っ!?」


 考えていたところにまさかのご本人登場。その登場の仕方があまりにも力任せだったので思わずビクッと身体が跳ねた。

 そんな娘を気にすることなく、らしくもない大声を上げて意気揚々とこちらに近づいてくる母はいつもの豪華なドレス姿ではなく、きっちりとしたパンツスタイル。

 服装もさることながら、その行動も普段のそれとはまったく異なっているが、実はここ最近では少々見慣れたものであった。


「セシル様がいらしたと聞いて!」

「はいっ、お邪魔しておりますローダリア様! 本日もご指導よろしくお願いいたしますっ!!」

「ふふふ。その意気や良しですわセシル様。修行中は遠慮はいたしませんことよ!」

「大丈夫ですっ! どこまでもついて行きますお師匠様!!」

「ではいざ!」

「いざっ!!」


 しゅばばばばっと拳を打ち出すセシル。わあ動きが見えないぃー……。

 ともにファイティングポーズを構えながら、やる気満々といった二人は実に実に楽しそうに屋敷の方へと戻って行った。


 …………………………。


「セシルを見習って……、なんですって……?」

「――――――……なんでもない」


 心なしか疲れきった様子の少年に声をかけるも、返された言葉にいつもの覇気はなかった。


 夏の誕生日以降、一体何がどうしてそうなったのかまったくもって解らないが、セシルは突然、己を鍛えることに目覚めたらしい。

 武術の本を片っ端から読み漁り、自室では筋トレを始め、気づけば兵士たちと一緒に走りこみを始め、そしてしまいには、我が母ローダリア・ヴィコットに師事まで乞うた。


 何故ここで母の名が出てくるのか。

 もっともな疑問だが答えはいたって単純。実はお母様、今でこそ伯爵夫人として知られているが、若い頃はその名を馳せるレディース…………ではなく、王家に仕える立派な女騎士の一人でいらっしゃったのです。


 アースガルド王国は初代国王が女王だったからか、女王の身を守るために結成された騎士団も言わずもがな女性騎士団。

 建国以来の輝かしい歴史を誇るその存在は、今もなお健在で、男の兵士たちに引けを取らぬほどの実力を持っている。


 それらのこともあってかアースガルド王国は何かと女性が強い国としても有名だ。

 夫の陰で静かに佇んでいる貞淑な妻というのはこの国の女には当てはまらない。


 そのせいか、妻の尻に敷かれる……と頭を抱える貴族の夫たちが後を絶たないというのが、この国の抱える一つの問題でもあるのだが……、まあ平和な悩みなので今の所さしたる問題はない。

 聞いたところによると現国王も王妃には若い頃から頭が上がらないとかなんとか…………いやこの話はよそうゲフンゲフン。


 突然訪ねてきて土下座する勢いで師事を乞うセシルに、最初は渋っていた母も熱意に押されて断念した。

 しかし一緒に訓練を重ねているうちに、昔の血が騒いだのか何なのか本人にも熱が入ってきて、今ではセシルとの訓練を心待ちにしている節さえある。それを見た父が「まるであの頃の君に戻ったようだよ、昔の君は本当に手のつけられないじゃじゃ馬だった…………」などとぶつぶつ言いながらそっと懐に胃薬をしまっていたのを私は目撃した。


(昔はヤンチャだったって……、こういうことですかお母様……)


 ちなみに言うまでもないが。先ほど言った妻の尻に敷かれる夫というのにはもちろん我が父の名も入っている。


(お父様にはカモミールティーでも入れて差し上げようかしらね……)


 ちなみにカモミールティーの持つ主な効能はリラックス効果である。




鋭い嘴の小鳥


アヴィリアイジメるやつきらーい。

セシルは同士。

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