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31・心の世界での再会

『ライセット!』書籍化決定!

この度カドカワBOOKS様より書籍化させていただくこととなりました!

めでたい!

夢じゃないだろうか……!

冬なのに体が熱いです!(風邪気味なだけだ)

 


 右も左も、前も後ろも分からない。一筋の光さえも見えないような真っ暗な空間の中で私は目を覚ました。


「無事か?」

「はい、ウェルジオ様は……」

「問題ない」


 体を起こせばすぐそばにウェルジオもいた。すでに体制を立て直している彼は辺りを伺うように周囲をキョロキョロと見回している。


(真っ暗……)


 何もない。ただ一面の暗闇が延々と広がっているだけだ。

 ここが、セシルの心の中……?


(感覚がある……)


 ぐっぱぐっぱと手を握ったり開いたりしてみると、現実と変わらない感覚があった。

 けれど辺りは変わらず真っ暗だ。しかし夜の闇とも違うようで、足をついている感覚はあるのに地面が見えない。なのに自分やウェルジオの姿ははっきりと見ることができる。

 本当に真っ暗ならそれさえ見えないはずなのに。不思議だ。


「おい鳥、ここで間違いないのか?」

「ピッ!」


 ウェルジオの言葉に頷いたピヒヨはそのまま飛び上がると、先導するように前へ前へと進んいった。


「ピィー!」


 これはついて来いってこと?


「……じっとしていてもしょうがない、行ってみるか」

「はい」

「……ほら」

「は?」


 その言葉に頷いた瞬間、当然のように手を差し出された。


「こんなわけのわからん場所で、はぐれたら困るだろう」

「そ、そうですね……、ありがとうございます……」


 ふいとそっぽを向く彼は、自分でもガラではないことをしている自覚があるようだ。

 というか、そんな反応されるとこっちも照れるんだけど。

 戸惑いながらも自分の手を重ねれば、しっかりとしたぬくもりを感じる。


 異性と手を繋ぐとか、何年ぶり……?


 いやここに来る前も繋いだけど、あれは別に必要だったからしただけであって、そもそもパーティーの時は手どころか腕を絡めたことだってあるのに。

 ……なのに。なんでいまさら、こんな恥ずかしいって思うんだろ。


(ウェルジオ様がらしくないことするからだわ……)


 心の中でそう言い聞かせて、お互いに言葉もないままピヒヨの後についてしばらく歩いた。

 コツンコツンと、何もない空間に二人分の足音とピヒヨの羽音だけが響く。

 そうしてるうちに、だんだん周りの景色にも変化がでてきた。

 日が差し込むかのように徐々に視界が明るくなり、無音だった空間の中に音が生まれ始める。

 人のざわめきのような音、風が奏でる自然の音。

 流れる空気の匂いにも変化が出始めると、私は何故かその中に微かな懐かしさを感じた。


(なに……?)


 不思議な感覚を胸に抱きながらも足を進める。進む度に明るくなる周囲の様子に、出口は近そうだと感じる。

 そしてとうとう、私たちは闇を抜けた。

 視界を埋め尽くす白い光。あまりの眩しさに思わず閉じていた瞼を開けると、その先に広がる世界は何もかもが変わっていた。


 頭上に広がる赤みを帯びた夕暮れの空。行き交う人々、かすかに聞こえるカラスの鳴き声。

 どこにでもありふれた夕暮れ時の光景だが、()()はアースガルドではなかった。


「な、なんだここは……異国か?」


 驚愕を浮かべるウェルジオはこれまでに見たことがないほどにうろたえていた。彼がここまで動揺する姿も珍しい。

 かくいう私も、この状況にはついていけていなかった。


(ここ、は……)


 足の下のコンクリートの感触。道路の上を走る車の音。電柱から伸びる電線が空に引く線。

 おしゃべりしながら歩く学生たち。

 買い物袋を下げた主婦の姿。


 耳になじむ音も、鼻をくすぐる風の香りも。

 その全てが、懐かしい。


 アヴィリアとして目を覚ますまで私が過ごしていた場所。

 私が、広沢咲良が生きた世界が、日本の景色が、そこに広がっていた。


「……っ」


 涙がこぼれた。胸の奥が熱くて心臓がうるさいくらいに高鳴って、私はそこから動けなかった。


「おい、どうした⁉」

「……っいえ、なんでも……」

「なんでもって……」


 そんな私の様子に気づいたウェルジオが慌てたように声をかけてきたが、私はそう返すのがやっとだった。


 ――――……♫♬〜〜。


 その時、遠くからスピーカー越しに流れる音楽が聞こえてきた。

 どこか古ぼけた機械じみた音楽。それには聞き覚えがあった。

 子供の頃から何度も渡った、あの横断歩道で流れる音楽だ。


 そこで私はようやく気づく。

 今自分のいるここがただの日本ではなく、広沢咲良が生きた地元であるということに。


 ……ああ、本当に、何もかもが懐かしい。


 そう。私はいつもこの音楽を聞いて家路に着いた。

 茜色に染まる空を見上げながら、この音楽がなる横断歩道を渡って。


 そう、ちょうどこの景色。

 ちょうど、今みたい、な……――――――。


「……っ」

「おい、待て!」


 気づけば、私はウェルジオの手を離して駆け出していた。

 後ろで彼の焦ったような声がしても、それを気にとめている余裕すらなかった。


(もしかして、もしかして……!)


 走っているのとは別の理由で心臓がバクバクと跳ねる。

 バカな期待をしていると自分でも分かっていた。

 だってここはセシルの心の中で、現実ですらないのに。

 だけど、もしかしたらと流行る気持ちが、どうしても抑えきれなかった。


「はぁ、はぁ……っ」


 この道をまっすぐ。坂を登ってカーブを曲がればその先に信号の立つT字路が。


 何度も行き交う人とすれ違っているのに誰も私に気づかない。勢い余ってぶつかってしまっても、まるですり抜けるようにするりと通り抜けた。

 やはりここは現実とは違う場所なのだと頭の隅で思いながらも、それさえも気にとめず私は走った。

 ただ走って、走って……。


「あ……っ」


 そうして目的の場所が視界に飛び込んできた瞬間、私は足を止めた。

 その視線の先、T字路に差し掛かる手前の道を一人の女性が歩いている。


 肩にかけた黒いビジネスバッグ。

 赤茶色のフレームのメガネ。

 シュシュで飾られたくせのある黒髪を揺らしながらコツコツと音を鳴らしてコンクリートの歩道を歩く、その姿は……――――――。


「……わた、し」


 広沢咲良との、思いもよらぬ再会だった。



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