12・とある少女の心の中 1
“――――――あぶないっ!!”
力強い声と、あたたかい腕の強さを。
私はずっと、憶えている。
***
『アキヒロ様……』
『わかってるっ、わかってるよ。ちゃんと……』
『それでも俺は……っ、助けてやりたかったんだっ!』
優しい王子の紫の瞳には、とめどなく涙が溢れ続けていた。
――――次回更新へつづく。――――
「くうぅっ……。ヒロくんってばほんと良い奴!」
その日、携帯片手に日が暮れ始めた学校の帰り道を、私は一人で歩いていた。
高校に入ってから出来た友達のススメで読み始めた携帯小説。それに見事どハマリしてしまった私は、帰りのホームルームも終わっていざ帰ろうとしたら、お気に入りの小説が最新話を更新したという通知を受けて、家に着くまでどうしても我慢できずに、歩きながら読み始めてしまったのだった。
今読んでいるのは、所謂「異世界トリップ」もの。
主人公の『白崎秋尋』という少年が現実世界から異世界へとトリップするところから始まるストーリー。
そこで彼は、自分が長年行方不明だったこの世界の第一王子であると告げられる。
戸惑いながらも沢山の仲間に支えられながら、多くの壁を乗り越え、立派な王子として成長していく。そんなストーリーに私は夢中になった。
ちなみに友人のイチオシは悪役令嬢の恋愛系。話を合うけど好みの系統は全く合わない。
「この女はいい気味っ!! ほんと出てくるたびにいちいち腹立つったら……!!」
しかしながら今私が読んでいるこの小説にもその悪役令嬢と呼ばれるストーリーを盛り上げる為の悪役はいた。
『アヴィリア・ヴィコット』。
鮮やかな薔薇色の髪をした高慢ちきなわがまま女。
伯爵令嬢という立場に満足せず、秋尋が異世界に不慣れな事を良いことに、上手く取り入って王妃になろうと画策する。
その為にはどんなに汚い事だってする。人を陥れることも、命を奪うことも平然とできる。とんでもない性悪女。
けれど、性悪女の立てた計画はどれもことごとく失敗し、痺れを切らした彼女が最終的にとった行動は、自作自演の芝居を仕掛けることだった。
秋尋に毒を盛り、それを自分が助けることで大きな手柄と秋尋の関心を得ようとしたのだ。
だが結果はいつものごとく失敗。王族に毒を盛ったことで逆に死罪を言い渡される。
お人好しで優しい秋尋は、勿論死罪には反対。なんとか命は助けようとするが、アヴィリアはそんな彼の想いを踏み躙る行動に出る。
どうあっても自分を受け入れない秋尋に逆ギレし、彼を道連れに死のうとするのだ。
言うまでもなくその計画も失敗。周りの人たちによって敢え無く返り討ち。彼女はその場で命を落とす結果になる。
自分の命が狙われたにも拘わらず、アヴィリアを憎む事が出来ない彼は、助けてやりたかったと、彼女の為にの涙を流し……っ。
「もうもうっ! ヒロくんたらほんとに優しい……。さすが私の推し! でもそこが好きっ!!」
今回の話はそこで終わっている。この続きは次回更新までひとまずお預けだ。
「悪は滅んだし、次はどんな展開があるかなぁ……」
ポチポチ携帯を操作しながら薄暗い帰り道を歩く。
母親に見られようものなら「ながらスマホはやめなさい!!」と怒られるところだ。
心配しなくても人にぶつかったりしないように気をつけてるわよ。道だって真ん中じゃなくて端っこを歩いてるもん、大丈夫よ!
車を運転してる訳じゃ無いんだから、歩きながらそんな大袈裟な事故なんて、
「あぶないっ!!」
「え、」
と思った時には、私の身体は力強い腕に押し飛ばされた。
ぐるりと変わる視点に映るのは、目の前に飛び込んでくる、大きなトラックと、…………。
それらを頭で理解した瞬間、とても強い衝撃が全身を襲った。
***
痛い。
痛い。
まるで全身が熱をもったように、熱くて、痛い。
それでもなんとか瞼を上げる事は、ただ自然に出来た気がする。
そこは病院だった。
目の前に家族と、仲の良い友人たちがいた。
それが理解できるのに私は指ひとつ動かせない。声も出せなかった。
ただ、熱くて、痛くて。
目を覚ましただけでも奇跡だと、白衣を着た男の人が言っているのが聞こえた。
「手は尽くしましたが……」
「もう一人のほうは……?」
「残念ですが、そちらはもう…………」
そんな話が遠くからぼそぼそと聞こえてくる。
そうして、ぼんやりしながらもかろうじて機能している頭はひとつの事実を知る。
“もう一人のほうは、即死だった”と。
(―――……もうひとり?)
瞬間、頭の中に一気に甦ってくる光景。
そうだ、あの時。酷い激痛が全身を襲う前。目の前に迫ってくるトラックと、私に向かって手を伸ばす知らない女の人がいた。
私を助けようとしてくれた人。
死んだ。あの人が?
私を、助けようとしたから……?
見たことない人だった。赤の他人の私を助けようとして、あの人が。
死んだ。
『――――あぶないっ!!』
力強い声だった。
あたたかい腕だった。
死んだ。あの人、が。
視界が、涙でぼやける。
(――――――ごめんなさい……)
ごめんなさい、ごめんなさい。
私のせいだ。私が死なせたんだ、あの人を。私のせいだ。私のせいだ。
ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい。
私の手を握るお母さんの温もりを感じながら、壊れたように、ただその言葉だけが痛む頭の中に溢れていた。
――――――そして全てがブラックアウトする。




