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5・アースガルド神殿

 


 誕生日から数日。

 私は父と共に馬車に揺られ、とある場所に向かっていた。


「アヴィリア、見えてきたよ」


 木々に囲まれた森の中。父の示す方に視線を向ければ、眼前に高くそびえ立つ白い建物。


 ――――アースガルド神殿。

 王都の外れに立つ始祖アステルを祀る神殿である。


「わぁ……!」


 思わず感嘆の声が漏れる。

 白亜の建物と青空のコントラストが美しい。

 神殿に近づくにつれ、その美しさは増していき、知らずに胸が高鳴った。


「……大きいですね」

「そうだな」


 大きな石造りの建造物は、どこか荘厳な雰囲気を放っているようにも感じる。

 さすがこの国で一番大きくて歴史のある神殿。


「じゃあ行こうか」

「はい」


 差し出された父の手を取り、私たちは神殿の中へと足を踏み入れた。

 アースガルドで成人を迎えた者たちは皆、神殿で“祝福の祈り”を受けるという習わしがある。

 先日めでたく成人した私も本日それを受けに来たというわけだ。


「それでは、こちらのお部屋でお待ちくださいませ」

「神官様のご準備ができ次第、お呼びいたします」


 通された部屋のソファーに腰掛け、しばし足を休める。


(静かな所……、自然の音しか聞こえない)


 だからこそ気分がすごく落ち着く感じだ。

 王都内とはいっても外れの外れ。四方を緑に囲まれた森の中。人々の賑わう声もなく、どこか違う世界のようにも感じるのは神殿という特殊な場所だからか……。

 前世でも教会などとはまるで縁がなく、足を踏み入れたことすらない私には全てが新鮮だった。


(近所にあったお寺とは全然違うなぁ……)


 微妙に罰当たりにもなりそうなことを考えていたら、向かいに座っていたお父様が口を開く。


「いよいよアヴィリアも成人か、早いものだな」

「実感がありません、私などまだまだ未熟者です」


 そう言って首を振ると父は苦笑しながら私の頭を撫でた。


「皆、誰もがそうさ。急には変われない。だから君は君らしく、君のまま。素敵なレディになっていけばいいさ」

「ありがとうございます……」


 少し照れくさいけれど嬉しく思う。

 しかし褒められて喜んでばかりはいられない。成人する以上、私は大人になるのだ。甘えてばかりはいられない。

 すっかり子供でいることに慣れてしまったが、中身は既に大人なのだから。


(しっかりせねば!)


 むん、と心の中で密かに小さな拳を握っていると、コンコンと小さく扉を叩くノックの音に思考を戻される。


「失礼致します」


 挨拶と共に年若い巫女が入ってくる。

 彼女は父と二言三言言葉を交わすと、こちらへ向き直り微笑んだ。


「お待たせいたしました。ご用意が整いましたので『祈りの間』にご案内いたします」


 ちらりと父の顔を見れば、優しく笑っているだけで立ち上がる気配はない。

 ここからは一人のようだ。




 ***




 巫女の後に続き、石造りの長い回廊を歩いていくと、やがて前方に見えたのは大きく頑丈そうな両開きの扉。

 その前で立ち止まれば、ゆっくりと扉が開かれる。


 広々とした空間だった。

 天井は高く、アーチ型になっている壁の上部からは、暖かな日の光が降り注いでいる。

 中央には大きな祭壇があり、奥の壁には始祖アステルが描かれた壁画が飾られていた。


 その下に一人の神官が立っている。

 真っ白な服をまとい、顔全体を長いヴェールで被っているので顔が見えないが、スラリと立つ姿はステンドグラスの光に照らされて神々しささえ感じた。


「こちらに……」


 す、と静かに手を伸ばされ中へと招かれる。

 一歩一歩静かに歩き、神官の立つ祭壇の前まで行くと祈るように手を組んで膝を折り、瞳を閉じた。


「アヴィリア・ヴィコット。そなたの健やかな成長に祝福を捧げましょう。始祖アステルのご加護があらんことを……」


 歌うように紡がれる神官様の声は、男のようでもあり、女のようでもあった。

 高くもなく低くもない、どこか安心するような落ち着いた声音。

 それが広い祈りの間に響き、耳の奥に余韻を残すようにして消えていった。


(不思議な感じ……)


 今までの自分から急に変わることなどできないと父と話したばかりだったが。

 ここでこうしていると、本当に新しい自分に生まれ変わったような気分になる。

 気が引き締まる、とでも言えばいいのか……。


 そのまま静かに祈りを捧げていると、不意に、神官様の手が優しく頬に触れた。


「……?」


 不思議に思い目を開けると、視界に入るのは白いヴェールで覆われた神官様の顔。

 いつの間にかすぐ目の前まで来ていたことにも気づかなかった。


「…………あなた」


 次いで、紡がれた言葉に息を飲む。




「不思議な魂をしていますね」



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