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55・隠された愛し子



 アースガルドの第一王子が『フォーマルハウト(精霊の愛し子)』だという事実はあまりに大きく、到底隠しきれるものではなかった。

 当然その噂は他国にまで及んだ。


 鉄壁の護りをもたらす『フォーマルハウト』。

 その力を欲する者はけして少なくはない。けれど同時にその脅威すらも知っているからこそ、安易に手を出すことも出来ない。


 だが、レギュラス王子はまだ赤子だ。

 精霊と共に立つことも、その力を使うことも出来ないはず。


 “――――今ならば!”


 大きな力に目が眩んだ者がそう思ってしまうのは当然のことだった。



 賊の狙いは、端からレギュラス王子ただ一人。

 見張りの目をまんまと欺かれ、幼い王子のもとに脅威の手を近づけてしまったことは、ロイスとジオルドにとって一生消えない心の傷となって、今も残っている。


 自らに降りかかる魔の手に無垢な赤子が抵抗することなどできるはずもなく……。


 動いたのは、レギュラスと共にいた精霊たちだった。


 王子の元に駆けつけたロイスとジオルドが見たものは、床に倒れ伏した賊の姿と。

 精霊たちの生み出す眩い光の渦の中に飲み込まれ、消えてゆく幼い王子の姿だった――――。


 精霊が王子の身を守ってくれたのだと、いつもならそう思っただろう。


 けれど、その後いくら待っても、彼らが姿を現すことはなかったのだ。

 騒ぎが収まっても、時間が経っても。王子も、一緒にいた精霊たちも。誰も戻ってはこなかった。


 王は探した。兵を動かし、多くの情報を集めて。

 海を渡り、小さな島国の隅々まで。文字通り草の根を分けて探した。

 それでも見つからなかった。王子も精霊も。その痕跡さえも見つけることが出来なかったのだ。


 アースガルドが祀る絶対的な存在、精霊――――。

 だけど、彼らの一番はいつだって愛し子だ。

 護るためなら彼らは何だってする。

 危険だと判断すれば、安全な所へと連れ去ってしまう。

 害のない場所に。傷つかない場所に。

 どれだけ返せと叫んでも、精霊は耳を傾けなどしてはくれない。危険な場所に愛しい存在を送りたくなどないから……。


 精霊は王子を返してくれなかった。危険の及ばぬ何処かへと隠してしまった。

 常に王子のそばに溢れていた精霊たちも消えてしまった。

 王子が何処に行ったのか、探す手立てはなくなってしまった。

 手の届かないほど遠い異国の地に行ってしまったのか。あるいは人の足でたどり着くことの出来ない精霊の国に連れ去られてしまったのか……。


 それさえも、もう誰にもわからない。知る術さえ、もう何もない。



 それでも、ただ一つ、確かなことはある。


 精霊に愛されたあの子は、今でもきっと、何処かで生きている。

 それだけが、残された者たちにとっての僅かな希望であり、救いだった。



 そうして一年、また一年と時が流れ、第一王子の失踪がアースガルドの人々の中で過去の事件となったころ。


 再び現れた。

 精霊と心を通わすことのできる『アヴィリア(存在)』が。


 第一王子へと繋がる唯一の可能性。

 国さえも動かしかねない強大な力。


 それを知ったロイスの心を覆ったのは、紛れもない恐怖心だった。


 娘が手に入れてしまった力がどれほど大きなものなのか、彼には痛いほど良くわかっていた。

 この子の存在が明るみに出れば、多くの人間たちがこの子に向かって手を伸ばすのだろう。


 そんなことはさせない。


 可愛い娘を政治の道具になどさせてたまるものか。


 娘を護りたかった。いつまでも穏やかに花や土の匂いを纏わせて、幸せに笑っていて欲しかった。

 けれど現実はどこまでも無情で、時を刻む針は今この時も決して歩みを止めてはくれない。

 貴族である以上、社交デビューを迎えてしまえば嫌でも表舞台に立つことになる。

 迷っている時間はない。


 だからこそ、ロイスは早急に高める必要があった。

 “ロイス・ヴィコットの娘”ではなく。“アヴィリア・ヴィコット”として、あの子自身の価値を。

 社交界で得た人脈はそれ自体が力となる。

 人の興味を引く珍しい特技がアヴィリアにあったことは本当に幸いだった。美容方面に特化したあの子の植物知識は貴族のご婦人たちの注目を大きく集め、期待されている。

 『ハーバル・ガーデン』を創ってからは、その人気は平民の間にも広く浸透し、王都内を出て森の民にまで広まった。

 アースガルドが女性の発言権が強い国だということも幸いした。


 そうやって、少しずつ少しずつ。社会的な繋がりを強くしてあの子を繋ぐ鎖にする。


 あの子を利用しようなどと思う輩が現れても、その鎖が大きな盾となって安易に手を出すことも出来なくなるように。

 全てはアヴィリアの平穏な未来の為に……。


(いいや……)


 違う、そんなんじゃない。あの子の為だなんて、ただの言い訳でしかない。


 まぶたの裏に蘇る、あの日の絶望。


 光の渦の中に呑み込まれ、消えていった王子。

 我が子の名を呼びながら泣き続けた王妃。

 寝る間も惜しんで国中を探し続けた国王陛下――――。


 自分はただ、二の舞になりたくないだけだ。


 もしもあの子に危険が及べば、この場所があの子にとって害になると判断してしまったら。

 ピヒヨは自分の思う安全な場所へと、迷わずにアヴィリアを連れ去ってしまうだろう。

 それこそがあの子にとっての一番の平穏だと信じて。


 それを回避したいのなら、方法はひとつしかない。

 アヴィリア自身が、『それ』を良しとしないことだ。


 精霊の一番は愛し子。故に、愛し子の言葉なら精霊の耳にはちゃんと届くのだ。

 そしてその望みを一心に叶えようとする。

 何よりも大好きな愛し子の言葉だから。精霊にとって、愛し子の言葉を無視することなどありえないことだから。


 だからこそ整えた。アヴィリアを包み込む周囲を。

 世間の関心を集め、周囲から求められるような存在にして。

 自分の居場所はここなのだと、あの子が思ってくれるように。感じずにはいられないように。

 アヴィリア自身が、“そう”望んでくれるように。


 求められる期待を裏切れない。伸ばされた手を振り払えない。

 そんなあの子の優しい性格に付け込んで、利用した。


 全ては自分の我儘。

 可愛い一人娘をどこにもやりたくない。娘可愛さゆえの身勝手な願い。


 わかっていた。それでも抗いたかった。見知らぬ何処かに永遠に奪われるくらいなら、ここに。

 あの子を繋いでしまえる鳥籠を作ってしまいたかった。

 娘のため娘のためと言いながら、結局はただ、自分のため。


 きつく噛み締めた口から鈍い鉄の味が広がる。

 己の身勝手さに吐き気がしそうだった。




次回更新で第二章終了となります。

第一章が終わったときも「よく続いたな……」と思ったのに、まさか第二章も終わりをむかえることができようとは……!

正直言葉に出来ない……(泣)


良ければもう少々お付き合い下さいませませm(_ _)m

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