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1・始まりは唐突に



 その日。アヴィリア・ヴィコット伯爵令嬢は、自らの置かれた現状に思わず心の中でつぶやいた。


(ジーザス……)


 今の己の心境を表すのにこれほど適した言葉が果たしてあるだろうか……。




 ***




「アヴィリア!? 気がついたかい?」

「大丈夫? 気分はどう? どこか痛いところはあるかしら……」


 私が最初に目を覚ましたとき、真っ先に目に入ったのは心配そうにこちらを見下ろす両親の顔だった。

 父の声は震え、母の目元には今にも溢れそうな涙が滲んでいた。


「……ええ、大丈夫よ。なんともないから」


 口から出た言葉は反射的に。とにかくそんな顔をこれ以上させたくなくて。寝起きの重いまぶたをしてるわりにはしっかり笑えたほうだと思う。


「………………」


 だが、私の予想に反して二人はそれに安堵を覚えるどころか、驚くほどに顔を歪めてみるみるうちに青ざめていく。


「……? ふたりとも、どうしたの?」


 さすがに様子がおかしいと思わず再度口を開けば。


「………………っい、医者ああぁーーーーっ! 誰か! 誰か今すぐ医者を呼べ! 娘が、娘が壊れたああぁーーーーっ!!?」

「…………ふぅ」

「奥様!? お気を確かに! 奥様っ!!」


 叫ばれた。さも恐ろしい妖怪でも見ましたみたいな勢いで父は部屋を飛び出していき、母に至ってはその場で気を失い、倒れる寸前にメイドの手によって支えられる。


(――――――いや、酷くね……?)


 なんで大丈夫よって伝えただけでこんなカオスな状況になるわけ?


 重い身体を起こせば、手をついたベッドの感触がいやにふかふかしていることに、なぜか違和感を感じた。


(………? ベッド……、変えたっけ……?)


 その違和感の正体に気づく間もなく部屋を見渡せば、大きな鏡台にうつる自分のそれと目が合った。

 ウェーブがかった鮮やかな薔薇色の赤い髪。長い睫毛に縁取られる大きな瞳は太陽のように鮮やかなオレンジ色……。


(あ、れ……? わたし、こんな顔してたっけ……?)


 鏡に映る自分の姿に違和感を感じる。


(私は確か黒髪で、瞳だって普通に黒じゃなかったかしら?)


 寝起きでぼーっとしていた頭が徐々に鮮明さを取り戻していく。

 視線を動かせばはっきりと映る、目の前に広がる光景――――。


 それは、自分の全身が凍りつくほどの衝撃だった。


 豪華な調度品に彩られた西洋風の部屋。大型バス一台がゆうゆうと入りそうなその空間は、どう見ても私の知っているそこではない。


(…………なに、ここどこ? 私の部屋じゃない……っ!?)


「お嬢様、どうなさいました? どこか気分でも……?」


 急に声をかけられて思わずびくりと身体が震える。近くまで人が来ていることにまるで気づかなかった。


(なに!? メイド!? なんでそんなものがうちに……? …………ううん、前からいたはずよ。……髪を結うのが下手で、いつも引っ張られて痛いから、よく蹴り飛ばして……あれ?)


 まただ。髪なんていつも自分で結っていたはずなのに、なんで違和感を感じるの?

 それだけじゃない。そこで倒れているのは誰? 飛び出して行ったのは誰? 私のお父さんとお母さんは()()()じゃないわ。たしかもっと…………もっと? あれ、あれ!?


「あ、う……」


 脳裏によぎる鮮明な記憶とあふれだす沢山の情報量。

 ぐるぐるぐるぐる。いろんなものが混ざり合って混ざり合って混ざり……。あ、だめ。



 ……ふらぁ。



「おおお嬢様ああぁぁーーーーっ!?」

「お嬢様がまたお倒れに!?」

「奥様、しっかりなさってください……!!」

「おい医者はまだか、医者は!」

「お嬢様、お嬢様っ!?」

「奥様、奥様ーーっ!」


 周囲の慌てふためく声を聞きながら私の体は再びベッドに沈んだ。勢いを持って倒れたはずなのにまるで天使の羽にくるまれるかのようにぽふりと痛みもなく優しく受け止めてくれたベッドに「やっぱ高級品は安物と違うわぁ」などとどうでもいい感想を抱きながら私は意識を飛ばした――――。




 再び意識を失いベッドの上に倒れた私。気を失ったままの母親。それに慌てふためき阿鼻叫喚の使用人たち……。


 己が飛び出して行く前よりもさらにひどい状況になっている光景に、医者の手を引っ張って慌てて戻ってきた父は、医者への詳しい説明より先にこの状況を何とかすることから始めなければならなかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] Xから来ました( 〃▽〃) フォローありがとうございます(*・ω・)*_ _)ペコリ 読ませてもらいま~す(..)ジー
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