私はあたたかい恋をした
私はだいたい一人だった。
親友にこのことを話すと、結構友達いるように見えると言われてしまう。
確かに、私は色々な人としゃべっている。
しかしそれは表面上であり、関わる人が多いからと言って、何も友達が多いわけではない。
私は、目立つことはしたくない。だからと言って、人とは違っていたい、という、青年期特有の心を持ちながら生きている。
そのどっちつかずの思いのせいで、結局前に立つことが多くなってしまう。
前に立つことが多いからと言って、人気者とは限らない。
私自身、何もしていなければ特に誰かが寄ってくることもなければ、グループに入って盛り上がることもない。
むしろ、孤独になることを恐れて、親友にべったりと引っ付き、そこから出来た輪で適当にしゃべるなどしている。
本当は、親友を独り占めしたいのだが、親友にだって他の友達がいる。だから、他の人と、私の分からないような話をしていると、我慢はするが、少し失望してしまう。
どうしてこんな気まぐれ女になってしまったのだろうか。
「真箏?どうしたの?ぼーっとして」
「え?ああ、ごめん、なんだっけ」
「え?いや、英語の課題やってたんでしょ」
「あ、そうだった」
「真箏はぼーっとすること多いから、心配になっちゃうよー」
また言われてしまった。
こうしてぼーっとしているのも、文系脳と言われるゆえであるのかもしれない。
本当は理系に行きたかったのだけど、頭が向いていないっぽいね。
そんなことはいまどうだっていい。
とりあえず今は、親友の一人、絵菜と、朝のHRが始まるまで英語の課題をやっていたのだった。
私が、二人でやった方が集中できるって言って絵菜の方に押し掛けたんだった。
絵菜も私も、HRの40分前には来ているから、別クラスだが、よくそういうことをしている。
絵菜とは高校で知り合ったのだが、部活も同じで、とてもやさしいから、私はとても好きだ。
結局英語の宿題はHRまでに終わり、自分の教室に戻った。
あ、そうだ。今日は音楽祭のことについてみんなに伝えることがあったんだった。
ほら…やっぱり気づいたらまた前に立つことしてるな。
授業が始まると、私はまた、空気のように後ろの席でぼーっとしている。
授業の話は聞こえているんだかいないんだかよくわからないが、終わった後に要所要所は覚えているので、一部はちゃんと聞こえているのだろう。
まず、数学、古典、英語と、3時間はなんとなく受けた。
次は、化学の実験のため、教室移動をする。
教室移動の時はやっぱり一人だ。
私は、特には自分を隠すようなことはしない。
だから調和とかしないのかもしれない。
ただ、こんなことずっと考えていても、明るいことは明るい。
暗くはないから、安心して。
化学室に着くと、自分の席に着き、配られたプリントを回す。
「いやあー寒いね」
と隣の男子に言ってみる。
「ね。俺、寒がりだからさ~、コートが手放せないよ」
確かに、この人はずっとコートを着ている。
私はこの人はずっとコートを着ている。
私は出来るだけ笑顔で返して、授業が始まるのを待つ。
その人とは特にその後会話もなく、授業が始まった。
今日はいくつかの試験管に何か入れて、それにさらに色々なものを一つずつ入れていった。
あんまり覚えてないけど。
しばらくして、片付けに入ると、遠くで衝撃音が聞こえた。
他の班の人が試験管を割ったらしい。
なかなか惨事になったらしいが、私は遠かったので、特に関わらなかった。
いつもなら、過度のお人好しをしてしまうのだが。
お人好しは、過度の親切って意味で、良くは聞こえないな。
実験中は、コミュニケーションもちょくちょく取っていた。
ただ、別に陽キャ班でもないので、盛り上がるなどはしなかった。
なんとか四限まで耐えきった。
次は給食だ。
私は四組、そして絵菜は六組であるが、給食の時は一組へ行く。
一組に入ると、相変わらずぼけっとしている男子がいた。勝也。江口勝也と言う奴だ。
私はそいつに近付き、
「おはよー」
と言った。
そんな時間ではないのだが、こいつにはそんな挨拶がお似合いだ。
名前が勇ましそうなのに、それに反して何も考えてなさそうなぼーっとした姿が、面白い。
でも、席替えをしたらしく、窓際だったのが、前の方に席が変わっていた。
隣の席では、おっとりとした女子たちがいた。
勝也は、もともとその人たちと仲が良かったのか、結構喋っていた。
一人は、同じクラスの、村上さんだった。
その会話を聞くと、下の名前は紗代と言うらしい。
「席替え、したんだね」
「あー、そういえばそうだったね~」
と、勝也と何気ない会話をしていても、私は村上さんのことが気になって仕方がなかった。
何せ、村上さんは、とても格好いい人に見えたからだ。
声が低めで、どこか落ち着いていて、耳が離せない。
雰囲気がどこか大人びていて、なのに背が低い。
これほどにまで魅力を持った人は、初めてだった。
結局その日は、村上さんと話すことはできなかった。
勝也には、
「あの二人と仲いいんだね」
と言うと、
「ああ、神保と村上?まあまあね。それがどうかしたの?」
「いや、別になんでもない」
やはりこいつは何も考えていないな、と思い、こいつの腹に一発パンチを入れてやった。
五、六限はまた自然な空気として働き、帰りになった。
と言っても、また、明るく振る舞って溶け込むだけのバドミントン部に向かうだけだが。
バド部は一度、ピロティでトレーニングをしてからコートへ向かう。
トレーニングももう慣れたものだ。
何も考えないで声を出しながらストレッチして、特に違和感も感じさせず、そのまま流れは進む。
休憩中、眞子先輩に話しかけられた。
眞子先輩は、「まこと」と「まこ」という、名前が似ているだけで仲良くなった人だ。
高三なんだが、余裕なのか、たまにOGとして部活を覗きに来ては、マネージャー的存在を成してくれている。
「まことちゃ~ん。どうしたの~?浮かない顔して~」
「いや、いつも通りですけど」
「そおかな?でもまあ、そうだったかも」
「はい」
「まことちゃんもいろいろ苦労してそうだから気楽にね。あんまり案じすぎていても、疲れるだけよ」
「わかってますよ。お母さんですか」
「それはそうと、青春はしてる?」
「う~ん、まあ、ぼちぼちですね」
「ええ~。今しとかないと、後悔するよ。好きな子とかいないの?」
「いや、特には」
一瞬そこで村上さんのことが思い浮かんだのだが、それとこれとはまた別だ。
「たまに一緒に歩いている男の子は?」
「ああ、あいつは、幼馴染の腐れ縁ってやつです。お互い一人のことが多いんで、よく関わってますね」
「そうなのね。なあんだ。つまんない」
「先輩こそ、私に何かを期待するのは間違ってますよ」
「う~ん、それもそっか」
先輩は、からかって言うように見えるけど、結構私のことをわかってくれるから好きだ。
そして、じゃあね、と短く言って、先輩は帰ってしまった。気まぐれな人だ。
部活では、部員と声を交わすことも多いが、帰るときはそれぞれにグループがあるので、一人で帰ることになる。
玄関で勝也を見た。しかし、他の男子といたため、近づくことはできなかった。
だから、結局一人になった。秋になり、脚に当たる風が冷たくなってきた。
夜も長くなってきたし、段々気持ちが下がってくる。
しかしなあ、村上さん、なんかすごくかっこよくて、きらきらして見えたなあ。
すごい大人びていて、本当にあこがれる。
本当、好い…人…
あれ、なんかすごいどきどきしてる…?
なんでだろうか。
たぶん、村上さんと仲良くなりたいのだろう。
でも、緊張してしまう。
明日、話しかけてみよう。
でも、どうやって?
さりげなく挨拶とか。
いや、話したこともないしな。
きっかけが欲しいな。
まあ、明日考えよう。
翌日、また朝は絵菜と勉強をしていた。
しかし、頭の中は村上さんのことばかりであった。
「どうしたの?また考え事して。好きな子でもできた?…おーい、まーこーと!」
手をパチンと叩いた音で、私は絵菜に気づいた。
私は意識だけ寝てしまっていたのだろうか。
「ごめん、考え事してた」
「もう。真箏はいつもぼーっとしてるから、心配になるよ」
「は、はあ…」
絵菜は本当に優しいな。
「どうなの。友達付き合いとかうまくやってる?」
「うん、まあ」
「その様子だと、何も変わってないみたいだね。ま、いいけど」
そして予鈴が鳴った。
「じゃ、またねー」
「うん、じゃあね」
絵菜と別れて、今日も空気になって授業を受け。
私は空気の中で何だろうか。
21%の重要な役割をする酸素ではない。
私がいてもいなくてもいいことばかりだから。
所詮、78%のありふれた窒素である。
窒素だって大事だが、余るほどあるから、多分窒素の余り物の一つであるのだ。
そして、私は、窒素の余り物として四時間過ごした。
昼休み、1組へ行くと、昨日と同じ光景があった。
勝也はぼーっとお弁当を食べ、隣に村上さんと神保さんがいる。
私はまた勝也と食べ、村上さんを横目に見ながら勝也と喋っていた。
突然、村上さんが、私の名前を言った。
ちなみに私の苗字は緒方だ。
「江口と緒方って結構仲良いんだね」
「う~ん、まあなんというか、幼馴染だからね。気づいたらずっと一緒だった」
「そうなのか。意外なつながりがあるんだな。」
私は何も答えることが出来ないまま、その時間は終わってしまった。
五限は総合の時間。小論文をやっている。
お題ごとに各グループに分かれて、書いてみて見せ合うもので、私の班は教育関係のものだった。
すると、同じ班に村上さんがいた。
ちょっと目配せをしたが、特には何もなかった。
そして小論文を書く時間があり、交換の時間になった。
何人かのを読んで、感想を書いた後、村上さんのも回ってきた。
まず思ったのが、字がかっこいい。
一般的に読みやすい字とかいうものではなく、なんというか、書道みたいな感じだ。
私はその文字に見惚れながらも、読んだ。
すると、文章もうまいではないか。
論理的に書いていて、自分の考えがしっかり万人にわかるような裏付けとともに確立しており、読みやすく、なるほどと思わせるものだった。
私には出てこない考えばかりである。
そして五人分読み終わり、誰が良かったか、と批評会をする。
「俺は、津田のやつが良かったと思う」
と誰かが言った。
例の化学で隣の人だ。確か加藤と言った。
「私は、村上さんのやつが好きだったな」
と私は言った。
たぶん村上さんのことも好きなのだろうが、さりげなくを装って。
すると、返答のように、
「私は緒方のやつが良いと思った」
と、村上さんは言った。
私はなんだか照れてしまったが、なんか、その、飛び上がるほど嬉しかった。
それから話は、小論文において大切なことについてになり、あらかた話したら、どこか気まずいように沈黙が訪れて、その授業は終わった。
なんか、こう、村上さんに対する想いで、むずむずしている。
確信した。
私は、村上さんの、声が好きだ。
背が低いが、大人びていて、落ち着いているところが好きだ。
かっこいい字が好きだ。
つまり、村上さん全部が好きなんだ。
もっと、仲良くなりたい。
それから一週間が過ぎた。
勝也のおかげ?で私と村上の進行は徐々に深まり、気づいたら仲良くなっていた。意外と早かった。
ちなみに、それぞれ、「緒方」「村上」と呼び合うようになった。
あっちが私のことを「緒方」と呼び捨てにするので、便乗したまでだ。
たまに紗代って呼ぶと、真箏で返してくれるのが嬉しい。
部活へ行くと、眞子先輩に見抜かれてしまった。
「最近やけに嬉しそうだね~、なんかあった?」
「へ!?え、えっと、あったって言えばあったしなかったって言えばないですけど…」
「その様子、絶対何かあったでしょ。好きな子でも出来たんだなあ?」
「え、えっと…そんなのないですよ?」
「挙動不審だよ?大丈夫?どんな子なの?」
「えっと…いるっていうか…女子なんですよね。好きな人」
「そうなんだ。真箏ってそんな趣味あったっけ?まあいいや、真筝も青春してるんだね。よかったよかった」
「先輩も高二の頃とか、どうだったんですか」
「私?私はねえ・・・見たまんまだよ…」
「つまり、何も考えないではっちゃけてたって捉えていいですね」
「そこはさあ、元気いっぱい青春してたって訳してよお」
眞子先輩はいっつもこんな感じだけど、私より頭はいいし、バドもうまい。なんだかんだで尊敬している。つまり、こういったやり取りは、茶番なのだ。
眞子先輩の明るさのおかげで、私は暗い気持ちを洗われる。救世主かもしれない。だから、眞子先輩がいなくなったら、とても寂しくなるなあ。今のうちに慕っておこう。
「まあ、真筝が楽しそうで、お姉さん嬉しい…」
と、眞子先輩は涙を拭く真似をする。
「ありがとうございます」
と眞子先輩に言い、上目遣いをした。
「あらあら、真筝は可愛いわねえ」
と私の頭を撫でる。
「母ですか」
「いいじゃん」
このやり取りは私は好きだ。
幸せな気持ちで日暮れが過ぎていった。
帰るとき、一人で帰っている勝也を見つけた。
私は思わず声をかけた。
「勝也ー」
「…あー、緒方か。びっくりした」
そして、二人で歩き始めた。なんとなく話すこともなくて無言だ。先に勝也が口を開いた。
「緒方って友達作るの上手いよな」
「え?そうかね」
「だって、村上とすぐ仲良くなったじゃん。俺も初めて話すようになったクラスメイトだったけど、だいぶ時間かかったなあ。神保が取り持ってくれたってのもあるけど。あ、去年の話」
私は言葉が出てこなかった。
神保は常になんか明るいからあれだけど、村上は近寄りがたいオーラ若干あるもんなあ。
勝也に関しては、元々友達作りが私よりも難しく、いつの間にか一人でぼーっとしていることが多い。大丈夫かな。
勝也とそれからしばらく話をして、自分の家に入った。
勝也は自虐が多く、なだめるのが大変だった。まったく、面倒な奴だ。自信持てばいいのに。
一息ついて、スマホを開くと、村上からメールが来ていた。
『明日の単語の範囲なんだっけ』
突然だったからとても驚いたのと同時に、初メールということもあり、とても嬉しかった。
早くなった鼓動で手が震えながらも、私はメールを送った。私も村上の役に立てたという嬉しさから、飛び上がりはしなかったものの、ベッドに飛び込んでしまった。
ちょっとした気恥ずかしさから、ぬいぐるみをずーっと抱きしめていたけれど。
すると、またスマホが鳴り、村上から、
『サンキュ。助かった』
と来た。
この素っ気ない文面もまた好きだ。
調理系らしく、頭の回転も速いのだろうとしばしば思う。
すると、ふっと絵菜の顔が浮かんだ。
そういえば、村上も朝が早かったな。
朝絵菜と勉強してるの、誘ってみようかな。
村上と絵菜も仲良いとこ見るし。
『そういえば、いつも私と絵菜っていつも朝に六組で勉強してるんだけど一緒に来ない?』
『あー、いいね。行くわ』
すぐに帰って来た返信はまた素っ気ないもので、私はきゅんとした❘(?)
翌日、三人で勉強していた。
でも、村上は私たちより遥かに頭がよかった。
特に数学。
すごく丁寧にわかりやすく教えてもらった。
そんな三人の朝の勉強会はとても楽しかった。
教室に戻っても、村上のことばかり考えていた。
村上は、大人っぽくて声や字がかっこよくて、小さくてかわいくて、頭がいい。
私からしたら完璧な人だ。
あこがれの人でもあり、好きな人でもある。
この想いは村上に届いているだろうか。
いや、届かなくていい。私は側で一緒にいるだけで幸せなのだ。
今日の帰りのHRが終わり、村上を誘い、二人で帰ることになった。
とりわけ特別な話もしていないが、何かを話していた気がする。上の空だったのだ。
私は、自分の胸ほどの高さにある村上の頭に手を置いた。
寒くて手が冷たかったので、村上の頭の温かさが、胸の奥まで沁みた。
村上はきょとんと首を傾げていた。
それはそうだろう。いきなり頭に手を乗せられたら、誰でも意味が分からなくなる。
しかし、その表情がとても愛くるしく、その手を横に動かし、撫でた。
村上は、おいおいおい、と言いながらも、嬉しそうだった。
私も、友好が保持されている気がして、嬉しかった。
私は撫でるのを止め、その場で言った。
「好き」
村上の回答は、
「お、おう…」
と、いつもの落ち着いたものだったが、夕日が当たっているせいか、少し照れているようにも見えた。
私は、あたたかい恋をした。