※二日酔いに振動を与えないでください
怪我をした人には納品前の薬草を傷口に当て、多少だろうと痛みを下げる。
親と別れた様子の子供を連れては、冒険者が防衛網を囲っている地点まで送り、再び出る。
街の中は甚大な被害だ。襲ってくるモンスターは可愛い系統ではなくて、おっかない系統。
「助けてー!」
女の子が瓦礫の下に。
重そうだけど、意外と軽かった。持ち上げて救出する。
「怖くない怖くない。お母さんかお父さんは?」
「離れ離れになっちゃった」
「じゃあ案内するよ。こっち」
八カ月も住んでいれば地理感覚は備わる。裏道を通り、気付かれないようこっそり進む。
このまま行けばと順調だったが、焼け焦げた柱が落ちて道を塞ぐ。燃えている物を鎮火出来る魔法があれば抜けられたかもしれないが、生憎と私には魔法もスキルも備わっていない。
「遠回りになるけどこっち」
女の子の手を引いて、焼け落ちる音を背に歩いて行く。走って急ぎたいのは山々。女の子がついて来れればの話だが。
冒険者以外が全員弱いというわけではないけれど、やはりモンスターと互角かそれ以上に戦えるのは冒険者が多い。一般住民はスライム相手ならともかく、兎で苦戦するのだから厳しい。もちろん、モンスター討伐経験ゼロの私もその一人だが、冒険者として街を守るべく動かねば。
大通りに出てあと少しで冒険者が大勢いる安全地帯に入るはず。
「もう少しだから頑張って」
「はぁ、はぁ」
息苦しそうだ。鬼ごっこと違って命の危機もあるから、緊張で余計に疲労する。
「あと少し、あと少し!」
掛け声をかけて進むが、女の子の足は動かない。
前に指を指して、怯えている様子。
その先を追うと、狼を人にしたようなモンスターがいた。
「モンスターだ、どうしよう!」
慌てないでというのも無理がある。街の周辺のモンスターはどれも襲って来ないので、危険な生物の認識がないのだ。私も顔に出せないが足がすくんでいる。
誰もいない。二人で逃げれるかは怪しい。
「先に行って。あとから行くから」
「でもお姉ちゃん」
「冒険者なんだから。これくらい余裕余裕」
「そっか!」
冒険者の一言で安心させられる。自衛隊が助けに来てくれたらホッとするようなものか。
さて、怖いし勝てる気しないし、
「死亡フラグ立ててどこまで時間を稼げるか。薬草職人の力を見せてやる」
獣の雄叫びが戦いの始まりを告げるコング。
走り掛かってくる狼に、無我夢中で拳を出す。
いきなりのことで、目を閉じた。どうなったんだ。
開くと、狼の姿はなく、代わりに刀を持ったケンがいた。
「ミッシェルさん? どうしてここに」
ミッシェル。名前を聞かれて実名を弄った名前が異郷の地での私の名前。
「一応、冒険者だし。動けない人を助けて回ろうかと。いやぁ、助かった。危うく殺されかけてたよ」
「殺され? 誰に?」
「狼みたいなのどっかへやったの、ケン君でしょ?」
「いえ。見ていませんが」
他の凄腕冒険者が目にも留まらぬ速度ってので倒したのか。
「何にしても助かったしいっか。これからどうする? 避難もほとんど終わったみたい」
「そうですね。掃討に向かうべきなのでしょうが、僕には実力が」
「仲間だ。薬草しか採ってないから私も弱いんだ。情けないけど戻ろうか」
「わかりましーー後ろ!」
ん? 後ろ?
なんか、光がいっぱい飛んできた。
動く暇もなく、せめてもの抵抗で頭を守る。
それが功をなしたのか、まだ立っていた。
「大丈夫ですか。傷は? 痛いところは!?」
半ば意識を失った状態で。思いっきり殴られた感じで、フラフラする。
ズゴン。
地震が直近で起こった。振動が足に伝わり、酔いに変わる。
やばい、酔って吐きそう。
「な、なんだ!」
刀の構える音がする。
振動がまるで足音の間隔で迫ってくる。
「逃げてください。ここは僕が」
「ちょっと酔った」
「えええ!? 僕が、僕が」
ガタガタ震えている音がする。
何か恐ろしいものがいて、それに立ち向かっているのだろう。掠れる意識の中、地面に横たわって様子を伺う。
ケンが刀を振るうが、野太い腕に弾かれた。人間の体とは思えない岩肌が、幾度と小柄な子供に襲い掛かる。
誰か応援を呼びに行くべきだ。酔っている場合じゃない。
「今、応援を」
昨日飲んだ分が出てきそうな。
やばい、出る。戦っているせいで揺れるから胃がやばい。
助けに、助けを呼びに。
気持ち悪い、吐き気がする。
「あ、もう無理だ」
口から色々と出てくる。色々。元が何か不明なのが色々。
スッキリした快感と、人前でやってしまった背徳感。なんというマリアージュ。
「えええなんでえええ!?」
「ハッハッハ! 怯えて汚物を吐き出すとは。それでも冒険者か!」
いや、気持ち悪いので。酔っている人を揺らしたらダメなんで。
カキン!
シリアスな感じの戦いが続く。ただの酔っ払いの逆流が続く。
今、助け来ないで欲しいな。
願い虚しく、大勢の冒険者が助けに来て、引いた。
「お、おい。モンスターが怖いのはわかるが、吐くなよ」
一生お嫁にいけないなこれ。事が済んだら別の街に引っ越そう。
「私は良いのでケン君をお助け」
「わ、わかった」
果敢に何人もの戦士が巨体に挑むが、ケン以上の粘りはなく、呆気なく吹き飛ばされる。
振るう拳が大盾をも砕き、光線が地面を抉り出す。
氷の刃炎の玉。どれも魔法だろうが無縁な存在が平然と放たれる。
ケンはケンで独特な構えで、
「《弌の太刀:流》!」
叫びながら受け流しては隙に打ち込むを繰り返している。
ああ、みんな違うな。
そんな呑気な感想を述べていたら、最後まで立っているのがケンと寝っ転がって意識がある酔っ払いの二人になってしまった。
「家族がいるんだ。弟も妹も。だから、ここで負けるわけには」
口から出しているが血反吐という格好のよろしいもので、酒飲んでゲロるのとは意味が違う。
「ミッシェルさんもまだ残っている。引くわけには、いかないんだ」
「貧弱な武器で何が出来る。珍しい鈍を使うと楽しみにしていたが、所詮は雑魚だったな。大した切断力もない。だが耐えた褒美だ。一思いに潰してやろう」
とうとう膝をついた。酔っ払いよりやや視点が高い。
「私を置いて逃げて。こう見えても逃げ足はうげぇ」
「逃げられませんよね誰が見たって! 僕、体は頑丈ですから、応援が来るまで持ち堪えてみせます。諦めないでください」
本物の冒険者は違うな。
私も見習うべきなんだろう。少なくとも酔ってないで。
「だったら私も、戦う。一人と酔っ払いでも世界は救えるって多分」
「無理だろーな」
「無理だと思います。大人しく寝ていてください」
敵に言われるならわかるが味方にまで否定された。
見てろよお。酔っ払い戦法、お見舞いしてやる。
フラフラ立ち上がって「危ないから下がっていてくださいって!」の忠告も無視し、一人巨体の前に立つ。
岩石状の体は刺々しく艶やかだ。しかし、一部に裂け目があった。ケンと冒険者たちの活躍だ。
二倍、三倍と体の大きな相手に一住民同然の私がどこまでやれるか。
拳を引っ込めて突き出す。
「えいやっ」
巨体が崩れた。
「えーっと」
ケンを見て説明を求める。
「えーっと」
反応は同じだった。
えーっと。
通りすがりの超強い冒険者が一刀両断していったんですかね?