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スイッチョン

作者: 後藤章倫

アパートを出て角を左に曲がると、そこはもう商店街の中程で若草精肉店の店先から惣菜のコロッケ、唐揚げ、焼き鳥、ローストビーフなどのいい匂いが漂っている。

夕方の商店街は活気があってラーメン屋の青龍、富樫フルーツ、生蕎麦 善、魚政、時任書店、中古レコード55、キッチン南海、八百屋丸三などが賑わっていた。

駅の北口を通過してガード下をくぐり抜け南口の直ぐのところにある居酒屋酔っちゃんに入った。

酔っちゃんの一階はカウンター席のみで夕方の早い時間から常連客が居心地良さそうに溢れている。カウンター奥の木造の階段を上がり二階のテーブル席の一角にいつもの顔がふたつあった。ひとりはカーキ、もうひとりは小木君。カーキも小木君もかれこれ5、6年の付き合いになる。歳は皆似たり寄ったりで25、26、27歳のどれかにあてはまる。

「おいっす!2人共早いね、今日の主役はまだ来んの?」

「アラちゃんは、ちょっと遅れるって、サイゴンは連絡なし」

呆れた感じでカーキがビールをごくり。

「もうやっとんの?」

と笑うと、カーキも小木君もいつもの感じで

「練習やん、練習、練習」

そう言って笑った。そこに本日の主役サイゴンが階段から現れた。手にはビールのはいったジョッキをふたつ持っていた。

「おお、サイゴンおめでとう。ビール俺の分やろ?ありがとう」

と手を出すとサイゴンは

「俺、気が利くやろ?」

と得意気な顔で言った。小木君が

「アラちゃん、ちょっと遅れるみたいやから始めよ」

すると誰からともなく椅子から立って、全員立ったらカーキが

「サイゴン誕生日おめでとう」

と言い、続けてみんなでおめでとうと言った。サイゴンはちょっと照れた感じだったけど、ありがとさんと言ってビールを飲み干した。


こうして何かの度に集まる5人は、俺とアラちゃんがやってるバンドのライブでたまたま他のバンドを見に来ていた何人かが居て、客席のフロアでライブ告知の手作りのチラシを配っている時に少し話をしたりして何となく気が合うなと思っていたけど、友達が絵のグループ展をやるからと足を運ぶと、そこにサイゴンがいたり、演劇をやっている知人に頼まれ小さなレンタルホールに芝居を見に行くと、その劇団にカーキがいたり、その観客として写真をやってる小木君がいたりと、何となく5人が合う機会があって話もするようになって、皆この都会でもがいていて、そういう思いが共有できる仲間というか、今では何でも話せる友人であって、だからこうしてその中の誰かの誕生日とか、何かイベント事には大体この5人が揃っていた。

そして誕生日では各々プレゼントを携えて来るのも何かルールみたいに恒例になっていた。


「じゃ、俺のやつ渡すわ」

小木君が何やら不適な笑みを浮かべてる。

「仕事でさ、まぁバイトだけど荒舟さんのアシスタントっつーか助手みたいのやったのよ。女優さんのグラビア撮影でさ、誰だったと思う?」

小木君はそう言ってA4くらいの大きさの封筒をサイゴンに渡した。サイゴンは直ぐに封筒を確認し

「誰だぁ~?誰なのだぁ?わっ!まじ!なにコレ!わ!広末香織じゃんスゲー!いいの?コレ貰っていいの?」

サイゴンは広末の大ファンだった。すると小木君は更に

「サイゴン氏、よく見てみ?ここ、ヘソの下」

一同広末の写真にかじりつくと、両腕を頭のうしろで組んでこちらを見つめる広末香織がいて、その表情は普段よくみる広末とはちょっと違って色っぽかった。両腕を頭のうしろで組んでいるものだからTシャツは上に引っ張られ、可愛いおへそが見えていて、その下でパンティの上のところも見えていた。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、小木君、ねえ小木君」

サイゴンはメサメサ興奮していた。

「マジでいいの?ワアオありがとう大事にするわ」

「コレ、来月発売の雑誌のやつだから絶対流出っつーか、そういうのだけは注意してよ。まぁこのカットは使えないんだけどさ、見えてるし」

小木君が釘をさした。サイゴンは嬉しそうだった。

「あーあ、コレのあとじゃ渡し辛いわ」

そう言いながらカーキがジャンパーの胸ポケットから封筒を取り出し渡した。

「何?カーキどうした?現金かよスゲーな」

小木君が囃し立てる。するとカーキが

「ハードル上げんなって現金なわけねぇだろが」

サイゴンはありがとうと言って封筒から中身を取り出した。

「ビール券じゃんサンキュー、助かるわ」

次に俺がパチンコでとったロレックスのパチもんを勿体ぶって渡した。サイゴンが箱を開けるとロレックスが姿を現した。

「うぉぉおおおなんじゃこりゃゃゃやや!ロレックス?ロレックスやんけ?まじか?」

サイゴンはビビってた。俺は更に

「100万やったわ、まいったまいった」

とロレックスの本当の値段がわからないから適当に言った。すると小木君とカーキが

「メイドインチャイナって書いてあんなコレ、つかロレックス100万とかで買えるん?」

「煩いな、このロレックスとるのにな2万ちょい注ぎ込んだんやし」

そう言うと、それでもサイゴンはありがとうといって早速手首に装着していた。


30分程してアラちゃんが小脇に20㎝四方の箱を抱えてやってきた。

「ごめんごめん、遅くなった。もうアレかなみんな渡したんだよね?コレが来なくてさ、ようやく来たから」

と言って箱をサイゴンの前に置いた。

「サイゴン誕生日おめでとう」

「ありがと、なにかいな?」

サイゴンは受け取ると直ぐに箱の中身を取り出そうとした。アラちゃんはちょっと慌てたけど何も言わなかった。箱の中からは金属製のボックスのような物の上にボタンが付いているやつが出てきた。

「ん?なんかのスイッチ?」

そう言ってそのボタンを触ろうとした。アラちゃんは焦った様子でサイゴンを止めた。

「ちょっと待って、コレさ無闇矢鱈に押したら駄目だかんな」

アラちゃんは何だかちょっと変な事を言った。まるで竜宮城で乙姫が浦島太郎に玉手箱を渡した時のようなニュアンスだった。

「押したら駄目って、押したらどうなるのよ?」

サイゴンは不思議そうにアラちゃんに聞いた。

「このスイッチ、3回までだから3回まで押せるのよ。で、1回押す毎になんつーか何か起こるみたいなんだわ」

アラちゃんの言葉に一同が胡散臭いと思った。カーキが

「コレさ、どこで買ったの?」

と疑い深く聞くと、アラちゃんはあっさり

「amazonでさ売ってて、ネットで調べたら何か都市伝説みたいな事が色々書いてあってさ」

「そんな訳ねぇって、そういう噂みたいのを付けてさ売り込んでんだって、なぁ?」

小木君が俺に振った。スイッチ押すなって言っても、どう見ても押して下さいという感じの造りだ。俺はサイゴンに軽く目で合図した。するとサイゴンは躊躇せずにスイッチを押した。

「わっ、駄目だって、ああ、ああ」

アラちゃんは何を信じているのだろう?とみんな思った。そしてアラちゃんは自分のスマートフォンを取り出して何かを見始めた。すると

「速報って出てるじゃんか」

アラちゃんの表情が歪んだ。スマートフォンの画面には東京駅近くのビルが写し出されていて、そのビルの5階あたりの窓から煙が出ていた。そのフロアのサッシがかなり破壊されているようだった。

「何のニュース?このスイッチと関係性あんの?」

サイゴンが軽く言った。アラちゃんは無言で頷いた。

「そんな事あるわけ無いって、なに?このスイッチに発信器か何か付いてんの?」

小木君の言葉が、みんなの考えを代弁していた。アラちゃんは深刻な顔をして

「な、だから無闇に押したら駄目だって、わかったべ?」

とサイゴンに言ったけど、サイゴンはじめ全員がアラちゃんを信じなかった。


暫くは静かに飲んでいたものの、何となく辛気臭いというかそんな感じになってきて、今日はサイゴンの誕生日飲み会なんだしと小木君がちょっと強引に話題を女の話に持っていった。

「こんなかで彼女がいるのはカーキだけだわな?どうよ、最近彼女とは」

カーキは、ちょっと面倒臭そうに

「まぁ色々あるよ、同じ劇団員だしさ日々煮詰まる事もあるし、生活の事とかさ実家の親の事とかさ仕事の事なんかとか、そういうなんつーか芝居に関係ない事とかもこう出てくるわけじゃん?」

「まぁな、俺もさ写真撮ってるけど結局アマチュアの域っつーか、いやアマチュアだしな」

小木君がそう言うと俺もアラちゃんも自分たちのバンドの事を頭に浮かべた。みんなそういう事には少し敏感だった。

「でもほら、彼女いるってやっぱいいよなぁ」

サイゴンがそう言うと、階段を何人かの客が上がってくる足音がして、それは喋り声から女のグループって事がわかった。

するとアラちゃんはサイゴンに

「それ押して!」

とスイッチを指差した。サイゴンは言われるままにスイッチを押したが何か変わった事は起こらなかった。

「さっきは押すなっつって、なに?今のはいいの?」

小木君がアラちゃんに言った。アラちゃんは何か確信しているのか

「今のはサイゴンが望んだじゃん、だから多分良いと思う」

階段から3人組の若い女が入ってきて空いてるテーブルに座った。その中のひとりの娘がこっちをチラッと見ていた。サイゴンが気付いてその娘を見ると

「もしかして斉木君じゃない?だよね?だよね?ゴンシだよね?」

とはしゃぎ出した。サイゴンも何となく口がアウアウしていて

「カコ?カコなん?わっカコやん何しとんの?」

そう言って2人は再会したようだった。


「斉木とか、ゴンシとか、サイゴンて斉木ゴンシって名前なん?」

俺がそう言うとカーキが

「つかさ、みんな本名とか知らんくない?」

そう言われてみれば出会った時からあだ名で呼んでるし俺はアラちゃんが新善二郎という事は知ってるけど他のみんなの本名は知らない。

「サイゴンて斉木ゴンシでサイゴン?」

カーキが言うと、4人とも笑いが起きた。

「アラちゃんさぁ、そのなに?さっきサイゴンが望んだとか何とか言ってたじゃん?アレなに?」

小木君がアラちゃんに尋ねると

「スイッチさ、3回まで押せるらしくて、いや押せるっていうのは3回まで何かが起こるらしくて、でね、いやわからんけど本人が思った事とかだとそういう方向にはたらくというかそんな感じらしいのよ」

「それマジで言ってるの?そんなんあると思う?」

小木君はちょっと苛立ったように言った。するとアラちゃんもちょっとむきになって

「彼女良いなとかサイゴン言った時に押したじゃん?だからアレ」

と言ってサイゴンの方を指さした。小木君は納得いかない様子で

「偶々だってあんなの、あるじゃん?そういう事」

そういう会話をよそにサイゴンは盛り上がっていた。


「カコこっちにおるの?」

「3年前だったかな、彼処が厭になってね。ほら狭いじゃない人間関係とか、いちいち話に入ってきたり、もうそういうのがそういう色々な事が厭になって思いきって出てきた。えっとゴンシは権四郎だったよね?」

「そう権四郎、でみんなサイゴンって呼ぶ。呼ぶって言うか誰かが言った事がそのままそうなった感じ」

「あの人達はお友達かな?」

「そう、何か気が合って、みんな色々やってて写真とかバンドとか芝居とかそういう」

「へぇそうなんだぁ。ゴンシ彼女いるの?」

「居るようにみえる?おらんおらん、おったら良いなぁってさっき言ってたとこ」

ここで急にサイゴンはこっちを振り返った。

「どうしたの?ゴンシ」

「いや、今日は俺の誕生日飲み会でさ、あいつらがやってくれて、でスイッチを……」

「スイッチ?」

「いやいや、いいわ気にしんで、つかカコ、ほら、友達のとこに行かんきゃ悪いよ。あとで連絡先教えてくれ」

「いいよ、うんじゃあとでね」


サイゴンがテーブルに戻ってきた。

「アラちゃんさぁ、これ、スイッチさ、これなに?」

「ちょっと良くね?良かったねぇ、いや俺もここまで効くとは」

なんとなく今日のアラちゃんはいつもと違う様な気がした。なんというかちょっとインチキ臭い宗教というか、実演販売の人というか、新聞の勧誘員というかそんな感じがした。

カーキがアラちゃんに変な事を聞いた。

「このスイッチさ、俺が願って俺が押したらどうなんの?」

カーキは、ちょっと真剣な表情だった。アラちゃんは困ったような感じで

「これサイゴンのだからなぁ~どうなんだろ?サイゴンが許可すればそのようになるのかなぁ?」

小木君がカーキに何か話そうとした時に俺の方がちょっと早く口を開いていた。

「カーキ、何したいん?なんかあんの?」

カーキは少しうつむいて焼き鳥を見ていたけど話始めた。

「よくわからないんだけど彼女の事とか、やっぱ俺の劇団の事とか、劇団の事っていうかこれでやっていきたいんだけど、どうなのかとか、いやいや、そうじゃなくて才能とか、違う違う違うわゴメン」

みんなカーキのその気持ちがわかった。


カコ達3人組が帰るような感じになって、カコがサイゴンに近付いてきた。

「これ電話番号とアドレスね、連絡ちょうだいよ。じゃまたね誕生日おめでとう」

そう言って階段を降りて行った。

彼女の姿が見えなくなってから俺らは湧いた。

「やったやんけサイゴン、アレは脈ありだべ」

小木君の言葉にサイゴンはまんざら悪い気もしないような表情だった。そして

「アレな、あの娘カコっていって地元の同級生で、前からまぁ仲は良かったんだけどそういう何?恋愛とかそういうやつじゃなくて、でも何か気は合ってさ」

「上手くいくと良いな」

小木君が言うとアラちゃんが

「いや~たぶん大丈夫だわ、うんうん」

と得意気だった。サイゴンは

「いや、なんつーか不思議な感じで、こうなんつーの?付き合うとかそんな感じになるのかなぁ?」

「ま、いいじゃんか。善しとしよう」

カーキが何か締めた。アラちゃんかサイゴンに

「あと1回押せるから、ちゃんと押せよ。遊び半分とかで押すなよ」

と言うとサイゴンは

「何かさ、コレちょっと、何かだよな」

と自分しかわからないニュアンスを口にした。そしてカーキに

「さっき言ってたじゃん、なんかやりたいんだろ?カーキ押してみるか?」

そう言ってスイッチをカーキの前に置いた。たまらず俺が

「ええの?サイゴン、いや何かが起こるとは思えんけど何となくなんかな」

と変な事を口走った。カーキも

「いや、さっきはちょっと何か、たまにあるじゃん?こう入り込むっつーかさ、だから……」

と言いつつ押したそうだった。サイゴンはカーキの目を見て言った。

「よし、カーキ思い浮かべろ!いいか?いくぞ」

そういうとカーキの右腕を掴みスイッチを押した。


先日のライブを小木君が見にきてくれた。サイゴンはカコという娘と一緒だった。仲良くやって楽しそうだった。カーキは居なかった。

なぜかアラちゃんとカコという娘が何やら話ていた。

実はバイト先でカコと知り合い、話の流れでサイゴンの友達という事がわかり、それでサイゴンとカコの橋渡しを考えて、あのスイッチを購入し訳のわからん設定をしていた。

アラちゃんの誕生日プレゼントはカコと引き合わせるまでが仕込まれていたのだ。

「何だよアラちゃん、ちょっとびっくりしたやんけ」

俺がアラちゃんに言うと小木君も

「そういう事かよ、じゃあのビルの爆破みたいなニュースは?」

「あれはねたまたまスマホ開いたらやってただけ、ちょっと焦ったけど何か良かったべ?」

そう言って笑った。

カーキから連絡が来たのは、その次の日だった。連絡といっても俺ら4人への一斉メールだった。

ーお疲れ様、俺、伊藤和樹は田舎へ帰る事になりました。今までありがとう。みんな元気でな、バンドも写真も絵も上手くいくと良いな。それから田舎へは彼女も一緒です。実は結婚する事になりました。芝居は辞めて向こうで就職します。PS アラちゃん、スイッチ凄いな。そしてサイゴン、押させてくれてありがとうー



夏の夜、スイッチョン、スイッチョンと鳴く虫は、ウマオイという名前らしい。





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