エルダー
「儂の名前はグルムリ、名前からお察しの通り、この店を開業したエルダードワーフよ。
今は息子達に店主の座を譲ってのんびり隠居生活を楽しむ身でな、たまたまこの部屋の前を通りかかったらなんとも勇ましい言葉が漏れ聞こえてきて、ついつい口をはさみたくなったという訳よ!
故郷を想う者達のために危険を承知で立ち向かう……うむうむ、江戸の男はこうでなくてはいかん!」
突然現れて突然大声で笑って、盗み聞きしていたと堂々と言い放ったグルムリに対し、ネイが凄まじいまでに冷たい、見るものが凍りつくような視線を送る中……俺はネイが何かをとんでもないことを言い出す前に流れを変えようと、口を開く。
「えぇっと……エルダードワーフって言葉は初耳なんだが、そいつは一体どういう意味なんだ? 普通のドワーフとは何か違うのか?」
するとグルムリは、その長い髭をわっしわっしと撫でながら言葉を返してくる。
「エルダーってのはだな、あちらの世界で生まれた者達を区別するために使うようになった言葉になるな。
エルダードワーフならあちら生まれの、お前さんが言うところの長寿のドワーフのことで、エルダーエルフならあちら生まれの長寿のエルフのこと。
残念ながらコボルトにそこまでの長寿もんはおらんから、エルダーコボルトなんて使い方はせんが……もしあの日から今までを生きているコボルトがいればそう呼ばれることになるだろうな」
「ああ、なるほどな……あちらで生まれてこちらにやってきた者を区別してエルダー、か。
そうするとアンタはあちらの世界で生まれたドワーフって訳か。
……故郷に帰りたいって思っていたところにあんな会話が聞こえてくれば、なるほど、口を挟みたくなるのも分かるってもんだな」
と、俺がそう言うと、不承不承ながら納得してくれたのかネイが冷たい視線をいくらか和らげてくれて……そしてエルダードワーフのグルムリは、その酒樽のような腹を叩いて「がっはっは」と笑う。
「いやいや、儂はあちらに帰りたいだなんて微塵も思っておらんぞ。
そりゃぁ望郷の思いってのも無くはないがな……あちらの世界はやれ殺し合いだの、種族がどうのだのとじめじめとした空気に支配されていてなぁ、なんとも居心地が悪くてなぁ……。
このお江戸に来たばかりの頃はそりゃぁ戸惑ったもんだが、住めば都と言ったら良いのか、明るくてさっぱりとしていて、宴好きな江戸っ子のあり方がしっくりと来てなぁ、綱吉様のご厚情もあって、今じゃぁこのお江戸こそが儂の故郷ってなもんよ。
その上、酒も肴も美味いとなったらなぁ……仮にあちらに帰れるとなっても、石に齧り付いてでも儂はお江戸に残るだろうなぁ」
「んん? よく分からねぇな。
故郷に帰りたくはねぇが、故郷に帰れるかもって話には食いつくのか?」
グルムリの言葉に首を傾げた俺がそう返すと……グルムリは笑顔から苦虫を噛み締めたような、なんとも苦渋い表情となって言葉を返してくる。
「……そりゃぁな、儂は良くても他のエルダー連中はそうはいかんからな。
佐渡島のエルダードワーフや屋久島のエルダーエルフが、あんな辺境地で何をやっているかと言えば、岩を掘って木々を植え替えての『故郷の再現』よ。
故郷に帰りてぇ帰りてぇとめそめそ泣きながら、故郷にまぁ似てないこともない島の一画を支配して、そんなガキみたいなことをしてやがるんだ。
まったく馬鹿馬鹿しくて傍迷惑で……なんとも哀れで……。
いい加減こちらの世界に馴染みやがれと、そんなことを言いたくなるが……まぁ、その気持も分からんでもないからな。
……そんな連中をあちらに戻してやれるかもしれないとなったら、そりゃぁ食いつくに決まってるだろうよ」
「……なるほどな。
だがあくまでその可能性があるってだけの話だぞ?
あちらの本を何冊か偶然手に入れて……更に似たような本が手に入ればもしかしたら、あちらに行ける『かも』って、それだけで……確証がある訳じゃねぇんだ」
「それで十分、その心意気だけでもありがたいってな。
まぁ、佐渡島や屋久島のエルダー連中も、その情報を聞けば動き出すんだろうから余計なお世話になるかもしれんがな。
……という訳で坊主、儂等お江戸住まいのエルダーがお主等の力になってやるとしよう」
グルムリはそう言って踵を返し……そのままこの場から立ち去ろうとする。
それを見て俺とネイはお互いの顔を見合い……今グルムリが変なことを言わなかったか? と首を傾げ合い……そして同時に声を上げる。
「おいおい、待て待て、今何と言ったんだ?」
「力になるって言ったの? 江戸にエルダーってそんなに居るものなの?」
その声を受けて足を止めたグルムリは、顔だけをこちらに向けて、なんとも面倒くさそうに言葉を返してくる。
「そりゃぁ居るわい、山程居るわい。
佐渡島や屋久島に行った者も居れば、残った者も居る、当然の話だろう。
まぁ焦らんとそこで待っておれ、今他のエルダー連中に話をつけてくるからの。
……おおぉい、使いに走ってくれるものは誰かおらんか!」
そんなことを言いながら店の奥の方へと顔を向けて、大きな声を上げるグルムリ。
その背中をなんとも言えない気持ちで見送った俺達は……開けっ放しの襖を閉めて、なんとも言えない空気の中、じっと空になった鍋を見つめる。
「……エルダーが力になってくれるってのは……具体的にどういうことなんだろうな?
一緒にダンジョンで戦ってくれるってことなのか?」
鍋を見つめながらそんなことを呟くと、足を崩したネイが呆れ交じりの言葉を返してくる。
「さぁー、どうかしらね。
ドワーフもエルフも高齢になっても体は衰えないから実戦でも何でもいけそうだけど……平和なお江戸に馴染んじゃった身で、今更実戦っていうのも無理があるんじゃないかしら。
それよりも鍛冶とか薬学とかで力になってくれる……とか?
そこら辺は既に伝手がある状態だけれども、やっぱりドワーフとエルフのそれは別格……人やコボルトのものとは天と地程の差があるものだから、得られるものはあるかもしれないわね」
「うぅーむ……それはそれでなぁ、今まで世話になった牧田やシャロンに申し訳ねぇような気がするなぁ。
……まぁ仮にそうなのだとしたら、鍛冶や薬学の知恵を牧田やシャロンに教えて貰うってほうが良いかもしれねぇな。
グルムリみたいにエルダー連中も、今の生活を支える生業があるんだろうし……いきなり鍛冶や薬学をやれって言っても無理があるだろう」
「それは……確かにそうかもね。
……さっきグルムリさんは隠居の身だとか、そんなことを言っていたけども……。
……あ、もしかして、隠居して暇だからちょっかい出してきた……とか?」
「い、いやいやまさか……そ、そんなことはねぇだろうよ。
……あくまでお仲間を想ってのことで、それは流石にねぇ……はずだ」
と、そんな会話をネイとしていると、店の奥の方が段々と騒がしくなっていって……店に集まったらしいエルダー連中のものと思われる声がわいわいがやがやと響いてくるのだった。
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