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湯浴み茶屋


 大猪鬼を倒して手に入れたドロップアイテム……向こうの本がたくさん詰まったあの箱は、幕府が買い取るということになり、それ相応の大金と言って良い金額を手に入れた俺達は翌日……。


「まぁ、なんとかならぁなー」


 と、そんなことを言いながら、貸し切った湯浴み茶屋の一室でゆったりと過ごしていた。


 湯浴み茶屋。

 少し前から流行り始めた湯屋の一種で、広くゆったりとした風呂にたっぷりと浸かってから、畳の間でごろりと体を休めながら飲んだり食ったり出来るという極楽のような場所で……暑さが緩んで秋の始まりといった日和の中を過ごすにはこれ以上ない場となっている。


 その上、この湯浴み茶屋はドワーフの一族が経営していて……ドワーフ特製の機械で地下深くから汲み上げた特別な水を沸かしているとかで、その湯に浸かったならまるで温泉に入ったかのように良い気分になれちまう。


 定期的に湯をろ過機に通しているとかで、体毛まみれなコボルトの入浴を歓迎している数少ない湯屋でもあり……入浴代はそれ相応に高いのだが、それに見合った道楽を味わうことが出来るって訳だ。


「……良いの? ダンジョンが無くなるかもしれないっていうのに、そんな投げやりな態度で?」


 浴衣姿で座卓に頬杖をつくネイがそう声をかけてきて……畳の上に寝転がる俺、ポチ、シャロン、クロコマはそれぞれだらけた声を返す。


「良い良い、その内容に驚きはしたが……俺達なんかにどうこう出来る話でもねぇしな

 あの本に書かれてたことが事実かどうかは検証の余地があるって話だったしな、流れに任せるとするさ」

「仮に本当だとして、いつダンジョンがなくなるのかは誰にも分かりませんしね」

「上様も気にしてもしょうがない、今まで通りやっていくだけだって仰ってましたし」

「もしダンジョンが明日にでも無くなるのだとしても、やれることは結局変わらんしな」


 ダンジョンがいつかは消えてしまうかもしれないが、それがいつかは分からず、本当に消えてしまうかも分からず。


 そんな曖昧な状態で悩んでもしょうがない、結局は今出来ることをやっていくしかなく……無くなったら無くなったで、その時になってからその後のことを考えていけば良い。


 悩みに悩んで悩み抜いて、胃を痛めた挙げ句に、ダンジョンが消えるのは数百年後のことです、なんて言われた日には、目も当てられねぇしなぁ。


「……まぁ、あたしとしてはその情報をいち早く知れたってだけで十分だから良いけどね。

 ダンジョンが無くなるかもしれないってだけで、ダンジョン産の品々の価値はうんと上がるだろうし……その時に備えて溜め込むとか、茶飲み道具みたいに付加価値をつけて売るとか、出来ることは色々とありそうだし」


 湯にたっぷりと浸かり、ダンジョン攻略の疲れと汚れをきれいさっぱりと落としきり……ついでにコボルト指圧師の指圧を受けて、もうすぐにでも眠れてしまいそうな程にだらけきった状態で、畳の香りを楽しんでいる俺達に対し、ネイはそんなことを言いながら半目での視線を送ってきている。


「いつまでもあんなもんが……色々な資源が手に入る不思議な穴が残り続けるってのも不気味な話だしな。

 いつかは消えてしまった方がネイ達にとっても、世の中にとっても良いのかもしれねぇなぁ。

 程々に稼がせてもらって、程々の恩恵に与からせてもらって……それで終い。

 その方が健全というかなんというか……こっちの世界があっちの世界の代物で埋もれちまっても大変だしなぁ。

 ネイの蔵にだって限界ってもんがあるだろう?」


 そんなネイに対し俺がそう返すと、ネイは「はっ」と鼻で笑ってから、


「蔵がいっぱいになったら新しい蔵を作るだけよ。

 仮に蔵を作れる土地が無くなったとしても、蔵を上に上に重ねて作るなり、地下を掘り返して作るなり、船型の蔵を作って海に浮かべるなり何だってするわ。

 ……それが商人ってものでしょ?」


 と、そんな言葉を返してくる。


「そ、そういうもんか。

 それならまぁ、こっちの世界が埋もれるなんてことにはならねぇのかもな。

 ……っていうかお前、今の時点でどれだけの蔵を持ってるんだ?」


「さてね。

 ただまぁ、それなりの数は持ってるわよ。

 一箇所に財産を集めて、そこが火事になって無一文になりましたなんてのは話にならないからね。

 それなりの数を、それなりの場所に……何が起きても良いようにあちこちに分散してあるわよ」


 それを受けて俺は「なるほど、徳川御三家のようだな」と頷き……ネイのことだから本当に御三家のように、その資産を各地に、日の本のあちらこちらに分散させてそうだな、なんてことを考えて……そうして小さく笑っていると、湯浴み茶屋の主人ががらりと戸を開けて、ことことと音を立てる大きな鍋を鍋掴みでもって運んでくる。


 そしてそれが部屋の中央にある座卓に敷かれた鍋敷きの上にどんと置かれて……鍋の蓋が開けられると、そこからたまらない香りが広がり……部屋の中を支配していく。


「おまたせいたしました。

 旬には少し早いですが……秋と言えばやはりこれ、かに鍋ですね。

 豆腐にしらたき、葉物に上等なしいたけも入っています。

 お熱いうちにお召し上がりください」


 毛深く立派すぎる茶髭をたくわえた主人がそう言うと、続いて米びつやら運ばれてきて……その香りに負けた俺達はすぐさまに跳ね起きて、座卓へと飛びつく。


 茶屋といっても茶や菓子だけを出す訳じゃねぇ。

 ここではこういったしっかりとした料理を食うことが出来て……頼めば酒でも何でも客が望むものを用意してくれるって訳だ。


 そして今日俺達が頼んだのは『何か旬の美味いもん』で……その結果がこのなんとも美味しそうなかに鍋で……。


 この時期だと鯖や鯵なんかも悪くはないが……かにはもう別格も別格!

 それが鍋になって、しいたけまで入ってるとなったらもう、俺達は言葉もなくただただ箸をひっつかむことしか出来ねぇ。


 ポチとクロコマに至っては、尻尾をぶんぶんと振り回しながらその口からだらりとよだれを垂らしていて……シャロンが苦笑しながら二人に手ぬぐいを手渡し、同じように苦笑しながらネイが取皿やら、それに入れる出汁入りつゆを用意してくれる。


 そうやって場が整ったなら……俺達は箸を構えながら、異口同音の一言を発する。


『いただきます!』


 そうして俺達は、それぞれの箸を、鍋の中でことことと揺れるかに目掛けて突撃させるのだった。


お読み頂きありがとうございました。


今回からまたしばらくは道楽回です。

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