大猪鬼戦 その1
翌々日。
ネイに頼んで頑丈かつ持ち運びやすい縄梯子を二つ、念の為の予備の分まで手に入れた俺達は、早速第三ダンジョンへと向かい……猪鬼達を蹴散らした上で、あの扉の近くに陣取っていた。
縄梯子の出番が本当にあるのかはまだ分からねぇ。
何事もなく大猪鬼を倒し終えて、問題なくドロップアイテムを回収できて、そのまま江戸城に戻れるかもしれねぇが……何事も備えってのは大事なもんだ。
予備の縄梯子は離れた位置に置いておき、もう一つはすぐにでも使えるように背中に背負う形で縛り付けておき……そうして俺達は戦闘態勢を整える。
俺が構えるのは秘銃、ボルトアクションとかいう仕組みで動く銃だ。
弾はしっかり五発込めてあって、ボルトをゆっくりと動かし射撃可能な状態へと持っていく。
刀は鞘に納めたままで……重量がかなり重く邪魔ではあるのだが、いざという時に備えて腰に下げたままにしておく。
そしてポチは小刀を構え、シャロンは投げ紐を構え、クロコマはコボルト弓をぐいと構えている。
硬い竹と柔らかい竹を組み合わせたコボルトの身長程の長さのその弓は、コボルトでも持ちやすいように持ち手などが工夫されていて、その小ささの割に結構な威力が出てくれる代物となっている。
ダンジョン産の素材を使えばもっと強い威力が出る弓を作ることも可能らしいのだが……まぁ、弓を使うのは今回だけだろうし、竹製の安めのもんで良いだろうとなった訳だ。
それらの武器をしっかりと構えたなら、お互いの目を見合いこくりと頷き合い……地面に埋め込まれたような形で配置されている扉を俺がぐっと掴み、上げ開く。
そうしたなら俺が一歩前に進み出て……開いた扉の真ん前に仁王立ちになる。
今回用意した武器の中で、一番の破壊力を誇るのは俺の秘銃だ。
破壊力が高いだけでなく射程も長く、連射も可能で……弾が切れない限りはいくらでも撃ち続けられる。
ポチのように攻撃する度に魔力を消費する訳でもねぇし、シャロンやクロコマのように体力を消費する訳でもねぇ。
吉宗様から秘銃を使ってみてくれと言われていることもあり……ならば俺が前に立って中心となって大猪鬼と戦うべきだろうと、そう考えて仁王立ちで……扉の向こうというか、地面の下というか、とにかく向こう側の空間をのっしのっしと歩いている大猪鬼に銃口を向けて、しっかりと狙いを定める。
大鬼の時と同じように大猪鬼はこちらに気付いていねぇようだ。
恐らくは射撃をしてもこちらを認識することはねぇはずで……こちらが中に、扉の向こう側に入ってしまわない限りは今までと同様に一方的に攻撃することが可能なはずだ。
「……さて、秘銃の威力がどんなものか試させてもらうとするか」
狙いを定めた上でそんなことを言った俺は……ポチ達が固唾を呑んで見守る中、引き金を引いて秘銃の特性弾丸を炸裂させる。
発射、直撃、肉を裂いて出血。
『グブオオオオオオオ!?』
と、大猪鬼が悲鳴を上げる中、ボルトを動かし特性弾丸の残り滓、薬莢を銃の外に出し、更にボルトを動かし次の弾を装填位置へと移動させて……引き金を引く。
それを繰り返すこと五回。
大猪鬼の肩、腹、背中、腕に二発という形で見事に弾丸が命中し……そのことをしっかりと確認した俺は、ボルトを動かし薬莢を外に出し……ボルトをぐいと大きく引き出して、弾丸を装填出来るようにする。
腰紐に下げておいた巾着袋から弾丸を取り出し、一つ一つ丁寧に装填していって……装填が終わったならボルトを元の位置に戻す。
そうしたならもう一度狙いを定めて……と、続いての射撃をしようとしていると、こちらからの一方的な射撃を受けていた大猪鬼が、こちらに気付いていないながらも、どの角度から、何処から弾丸が飛んできているのかを察してようで、凄まじい目でもって俺のことを睨みつけてくる。
扉のことは見えていない、その向こうにいる俺のことも見えてはいない……が、大猪鬼から見て洞窟の天井にあたるそこから弾が飛んできているとの確信は得たと、まるでそんなことを言っているかのような大猪鬼の目は、尋常ではない怒りの色に輝いていて……。
そんな目と睨み合う中で、直感的にこいつはヤバそうだと、何かやらかして来そうだと、そんなことを思った俺はすぐさまに引き金を引く……が、大猪鬼は発射された弾丸をその手で握りしめていた大鉈でもって切り払い……それから連射された残り四発の弾も、その見た目からは予想できない速度でもって素早く、正確に、一発残らず切り払ってしまう。
「お、おいおいおいおい、冗談だろう!?」
その光景を見て驚愕の声を上げた俺は慌ててボルトを引き、弾丸の再装填を始める。
そんな俺の焦りようを見てか待機していたポチ達も行動を開始し……扉を囲う形で陣取ってから、大猪鬼への攻撃を開始する。
だがポチの小刀による魔力の斬撃も、クロコマの弓による射撃も、シャロンによる毒薬の投擲も、その全てが大鉈によって切り払われてしまう。
「見えない相手からの、未知の攻撃であってもこれか!?」
それを見て俺がそんな悲鳴を上げる中……驚きもせず悲鳴を上げもせず、次から次へと毒薬を投げ始めたシャロンが声を上げる。
「構いません構いません! 私の毒は切り払われた所で問題なしと言いますか、袋が破裂し、周囲にばら撒かれてからが本番です!
さぁさぁ、どんどん切り払ってくださいな!」
そう言ってシャロンは更に多くの毒薬を投げつけ……そしてそれを顔に浴びることになった大猪鬼は、目に染みたのか、鼻に激臭が走ったのか、それとも舌で味わうことになったのか……とにかくそれが毒であることを察したようで、大きな鼻から凄まじい鼻息を吐き出し大鉈ごと両手を振り回し、そうやって己の周囲を舞い飛ぶ毒薬を振り払う。
ただ振り払うだけでなく、その場から大きく飛びのきまでして毒から逃れた大猪鬼は……こちらを一睨みしてから凄まじい機敏さでもって踵を返し、そのまま脱兎の如く駆け出して、扉の向こうの空間の、洞窟のような空間の奥の方へと駆けていってしまう。
「逃げやがった!?」
今日何度目か分からない、そんな悲鳴というか絶叫を上げた俺は、秘銃を構えたまま愕然とする。
扉のこちら側からの一方的な攻撃は、あくまで扉から見える範囲までのことで、武器が届く範囲までのことで……扉から離れられてしまって、武器が届かなくなってしまえばもはやどうすることも出来ない。
まさかダンジョンの魔物がこんなにも賢い行動をしてくるとはと、こんな展開になってしまうとはと、そんなことを思って驚いた俺は……どうしたものかと頭を悩ませる。
このまま待ち続けるというのは……悪手だろう。
攻撃を受けて逃げたのだ、わざわざこちらにやってくるなんてそんなこと、これだけの行動を取れる大猪鬼がしてくるはずがない。
追撃をするというのもまた悪手だろう。
この扉の向こうに行く為には、地面の下に降りる為には誰か一人をここに残す必要があり……こちらの攻撃全てを見事に切り払ってみせた大猪鬼を相手をするのに、戦力を減らすなんてことすべきではない。
洞窟の奥がどんな状況なのか、どんな仕掛けがあるのか、どんな魔物がいるのかも謎で……そもそも全員で下に下りたとしても勝ち目があるかは分からないのだから、この選択肢だけは絶対に選ぶ訳にはいかない。
……と、そんなことを俺が考えていると、ポチ達がいそいそと一旦武器をしまうなり、腰紐や帯を締め直すなりして、追撃の準備をし始める。
「お、おい、まさかお前ら、下に行くつもりじゃねぇだろうな?」
俺がそう声をかけると、ポチ達は余裕を感じさせる笑みでこくりと頷いて……「勿論ですよ」「勿論いきます」「無論いくとも」と、そんな言葉を口々に返してくる。
「下に行ったからって、それですぐに死ぬ訳じゃあありませんよ。
狼月さんに上に居てくれるのですから脱出に関しても心配はないでしょう。
……ならばここは一つ、追撃に出て見るのも悪くはないはずです。
確かに攻撃のほとんどは切り払われましたが、狼月さんの銃撃とシャロンさんの毒薬はしっかりと命中しています。
更に下に降りればクロコマさんの符術も使える訳ですから……勝機はあるはずです!」
更にポチが三人を代表する形でそう言ってきて……その言葉を受けてしばし頭を悩ませた俺は、仕方ねぇなぁと頭をがしがしと掻いてから、縄梯子の準備をするのだった。
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