大猪鬼
取っ手をそっと掴み、大体人一人が通れるくらいの大きさの木の蓋を開いてみると……その向こうにあったのは洞窟のような空間だった。
……地面に設置されている薄い蓋の向こうがまさかの洞窟で、蓋の向こうに軽く首を突っ込んでみて左右を見回してみれば、いかにも洞窟だと言わんばかりのじとじととした、ごつごつとした天井が広がっている。
一旦頭を戻し周囲の光景を見てから、改めて蓋の向こうを見て……どう考えてもおかしい、どう考えてもあちらとこちらの世界が繋がらないと、俺は首を傾げてしまう。
今立っている地面は確かに土の地面で、そのすぐ下には岩盤を掘り進んだと言わんばかりの洞窟が広がっていて……一体全体何がどうなっているのやら。
「……うん、まぁ、ここはダンジョンですから、深く考えない方が良いですよ。
他のダンジョンにあった扉も似たようなものだったではないですか」
俺の態度を見てか、同じく蓋の向こうを覗き込んだポチがそう言ってきて……そして同じく蓋の向こうを覗き込んだクロコマが声を上げてくる。
「しかしこいつは面倒なことになったな。
今までのダンジョンの扉は、戻ろうと思えばいつでも戻れる設置の仕方がされていたが……この蓋は一度降りてしまったなら、梯子でも立てかけないことには戻りたくても戻れないのではないか?
恐らくこの先には連中の親玉がいる訳だが……蓋の向こうに降りてから勝ち目のない相手だということが分かった、なんてことになったら……そのまま命を落とすか、動けなくなるまで痛めつけられてダンジョンの外へと吐き出されるかの二択になってしまうぞ」
あるいは敵の親玉から隠れて、攻撃されない何処かで動けない振りをして吐き出されるか、だが……今までのダンジョンの仕組みからしてそうするのは簡単ではねぇだろうなぁ。
俺達のそんな会話を耳にしてか、中の様子が気になったらしいシャロンが蓋の向こうに首をくいと押し込み……そうしながら「うーん」と唸り声を上げて悩み、そうすることで思いついたらしいいくつかの解決策を口にし始める。
「それなら縄梯子でも用意しますかー?
それか蓋から降りずに戦うかー、ですね。
以前やったような毒攻めや、弓矢などでの遠距離攻撃も位置関係的に有効そうですよねー。
上から射るなら威力もでますし……位置関係を意識するなら水攻めといきたい所ですが……それだけの量の水を用意できませんし、何より下の洞窟の広さがはっきりしないことには、有効かどうかも今ひとつはっきりしませんねー」
さらりと何でもない態度でそんなことを言うシャロンに、何気に俺達の中で一番えげつねぇ手段を思いつくよなぁと、俺とポチとクロコマが戦慄していると……蓋の向こうを覗き込んでいたシャロンから「あっ」との声が上がる。
それを受けて俺達が慌てて蓋の近くへと駆け寄ると……蓋の向こうをのっしのっしと歩くダンジョンの親玉の姿が視界に入り込む。
大柄な猪鬼の中でも特別大柄で、俺が二人分ほどの長駆、俺が四、五人は入れそうな横っ腹。
鞣した革らしい装備を身にまとっていて……刃がボロボロの大鉈を片手で軽々と持ち歩いている。
そんな大猪鬼は他の親玉と同様、蓋の存在にも蓋のこちら側にも気付いていないようで……なんとものんきな態度と表情でただ洞窟の中をのっしのっしと歩き続けている。
「……あの大鉈はかなりの厄介者だな、刃だけで俺の身長分はあるぞ?
受けるのはまず不可能だろうし、回避も……あんな風に軽々振り回されたら難しいだろうなぁ。
そしてあの肉の塊かと思うような腹……!
刀で斬ったとしても五臓六腑まで届かねぇんじゃねぇか?」
大猪鬼の姿を見やりながら俺がそんなことを言うと……鼻柱に皺を寄せて「うーん」と唸ったシャロンが続いて声を上げる。
「そういうことなら毒攻めということになりそうですが……薬師としての経験から来る直感としてあの体には毒が効かないと言いますか、効きにくいんじゃないか? というのがありますねー。
毒煙での目潰し鼻潰しくらいは出来るでしょうが、毒だけで倒すとなると……直接口の中に大量投与する必要がありそうでー……勿論実際に試してはみますが、あの親玉の生命力の方が上回りそうだなって、そう思っちゃっている自分がいますー」
以前毒を使った鬼も、毒で苦しませることには成功していたが、毒そのもので倒すことは出来ておらず……それよりも大柄で、見るからに生命力に溢れている大猪鬼に毒が効かないかもしれないというシャロンの直感は、的外れという訳でもねぇようだ。
一度降りたなら帰還が難しく、毒も効かねぇかもしれねぇ。
刀での斬撃も効くかは微妙な所で……残された手段は弓矢か鉄砲か、クロコマの符術か、それかポチの―――。
「―――ならばここは遠距離攻撃が可能な僕の小刀の出番という訳ですね。
小刀は江戸城の壁にさえ傷をつける程の切れ味の、魔力の刃ですからあの肉すらも斬り裂いてくれるかもしれません。
連続して放つことも可能ですし、何度斬りつけても斬れ味が鈍ることはありませんし……うん、きっと効果的なはずです。
僕が小刀で攻撃する間、狼月さんが鉄砲で、クロコマさんが符術か弓矢で、シャロンさんが毒煙や礫で攻撃をしてみて……それで親玉が倒れてくれるようならそれで良し。
倒れてくれないまでも傷ついて弱ってくれたなら、下に降りての決戦を挑むこともできますし……最悪勝ち目が無いようなら、戦わずに次のダンジョンへ向かうという手もあります。
とりあえずそんな感じでやるだけやってみましょうか」
とのポチの提案に対し、俺達は何も言葉を返さずにただ頷く。
鉄砲の扱いは正直苦手な方なんだが……この際ああだこうだと言ってはいられねぇ。
出来るだけ良いものを揃えて一発……あの土手っ腹に撃ち込んでやるとしようじゃねぇか。
と、俺がそんなことを考える中、クロコマは狩衣の袖をまくって弓矢を射るような仕草を見せ、シャロンは顎に手を当てて悩みながらどの毒を使ってみるかとかなんとか、ブツブツ呟き……そうしてそれぞれに覚悟を決めた俺達は、そっと蓋を閉じて、大猪鬼討伐のための準備を整えようと、出口へと足を向けるのだった。
お読み頂きありがとうございました。





