花火
医務室で三日過ごして、ようやく回復となって……大金と共に江戸城を後にした俺達は、それぞれの家へと帰り、それぞれの方法で休日を堪能することになった。
クロコマは符術研究、ポチとシャロンは二人揃っての観劇。
そして俺は……どう休日を楽しむか、どんな道楽をするかで悩み、悩みに悩んで答えが出せねぇまま……自室で山積みとなった小判を睨みながら考え込んでいた。
いくらかは貯蓄に回し、いくらかは装備費用にするとして、それでもかなりの金が余ることになる。
これだけの大金を使っての道楽となると俺の頭では思いつかず、飯や劇なんかでは到底追いつかず……一体どうしたら良いのやら。
金が無いなら無いで悩ましいものだが、金がありすぎても困るもんなんだなぁと、一人あぐらをかいて腕を組んで……うんうんと悩んでいると、自室の襖が勢い良く開け放たれる。
「……お金をどう使ったら良いか分からなくて悩むのなんて、あんたくらいだと思うわよ」
「そうかい」
開口一番、そう言ってくるネイにそんな返しをすると、ネイは俺の前、金の向こうに膝を丁寧に畳んで座り……目をさっと動かし、僅かな時間でもって小判の数を数えて把握する。
「そんなに大金って訳でもないんだし、ぱーっと使ってしまえばいいじゃないの」
「その言い草、件の宝石でよほどに儲けたようだな?
商人のお前からしたら小さな金額かもしれないが、俺からしたらこの量は大金も大金、目がくらんじまって仕方ねぇんだよ」
半目でそんな言葉を投げかけてくるネイにそう返すと、ネイは小さなため息を吐き出してから、言葉を返してくる。
「自分の器で使える分だけど、いつもの道楽みたいに使って、後は貯めておくって手もあるけど?」
「それは……俺の性に合わねぇな。
無駄に溜め込むくらいならぱぁっと使って、江戸の景気に貢献したいもんだね」
「あっそ。
なら花火でも打ち上げたら?
もうすぐお盆なんだし、良い時期でしょ。
十日か二十日、良い花火を打ち上げたらそんな小金、あっという間に無くなっちゃうわよ」
「花火……花火かぁ。
そうか、その手があったか」
江戸の夏と言えば花火、毎夜毎夜何処かの商店や何処かの金貸しの名で打ち上げられて、真っ暗な夜空を明るく染め上げるのが恒例となっている。
自分の名を、商店の名前を宣伝したい、納涼と洒落込みたい、盆で迷う御霊を沈めたい、その理由は様々で……秋がくるまでそれが止むことはない。
昔は単色花火ばかりだったそうだが、最近は様々な火薬やら何やらが発明されたことで、赤緑黄色、様々な色の花火が打ち上げられていて……江戸の家々が震える程の大玉が打ち上げられることもある。
商売をやってねぇ人間がそんな花火を打ち上げるのは稀なことだったが……祝言や我が子の誕生を祝って上げることもあり、俺がこの金を持ってやりたいとそう言ったなら、花火屋連中も応じてくれることだろう。
川の側の特等席を確保して、美味い飯屋の弁当を並べて、酔いすぎねぇ程度の酒を片手に自らの名の下に打ち上げられた花火鑑賞。
……悪くはねぇかもしれねぇな。
「そうすると問題は、何の為に花火を上げるかだな。
何の理由もなしにただ金を使いたいだけってのも風情が無いしなぁ……さて、どうしたもんかな」
花火にしようと心に決めて、そんなことを呟くと、ネイは再度のため息を吐き出して……呆れ混じりの声を返してくる。
「そんなの何でも良いでしょうに。
お盆だから、騒ぎたいから、そんな理由でも許されるはずよ。
……アンタの場合はそうね、徳川家のますますの繁栄を祈ってとか、上様のご計画が成就するようにとか。
……コボルト、ドワーフ、エルフといった異界に起こりをもつ人達との友好とかもありかもね。
……いっそ、美味しいご飯を食べられますようにって、そんな想いを捧げちゃう?」
「いや、他のはともかく最後のは風情がねぇにも程があるだろ。
そんなので打ち上げられた花火を見ることになる他の連中が気の毒で仕方ねぇよ。
……そうだな……徳川家の繁栄ってのも露骨過ぎるから、泰平祈願とでもしておくかね。
江戸の世だけでなく、海の向こう、異界にまで泰平の世が広がりますように。
誰もが太平の世を満喫できるように祈っての花火と洒落込もう。
一等席で弁当を広げて……そうだな、コボルト保育園の連中も招待するとしようか。
皆の飯を用意しても……これだけあるんだ、足りねぇってことはねぇだろう」
「……保育園の子達も呼ぶとなると、席が確保出来るかがちょっと不安ね。
川べりに座るんじゃなくて、木組みで広い舞台のような場を組んでもらって、そこを宴会場としましょうか。
それなら余計な邪魔も入ってこないでしょうし……大金がなきゃ出来ない、それなりの道楽にはなるはずよ」
「お、おう。
舞台とかそこまで大げさになるとは思ってなかったが……お前がそうしろっていうなら、そうした方が良いんだろうな。
……そこら辺の細かい調整頼めるか? 俺にはどうにも伝手がねぇからなぁ」
「はいはい、了解。
商店主として頼まれたからにはしっかりとやってあげるわよ」
と、そう言ってネイは懐から風呂敷を取り出し……部屋の中央に積み上がっていた小判を手早く包み込んで持ち上げ、料金として徴収ということなのか、しっかりと抱きかかえる。
「……いや、頼む以上は支払うけどよ。まさかそんな大金をそうやって抱えて持っていくつもりか?
流石に不用心というか……しょうがねぇ、店まで俺が護衛を……」
抱きかかえ、立ち上がったネイにそう声をかけると、ネイはその首を左右に振ってその必要はないと伝えてくる。
「ちゃんと店の若いのを表で待たせてるからその必要はないわ。
これだけの大金を扱う以上、そのくらいの準備はしておくわよ」
「……おい、ってことはお前、最初からそのつもりで、俺の金目当てで来やがったってのか?」
「商人相手に何を言ってるの?
これでもかと異界の品が入荷して忙しい最中だっていうのにわざわざ足を運んだってことは、それなりの儲けがあると踏んでのことに決まってるじゃないの。
……安心して頂戴、そんなには儲けないで程々の儲けにしておくから……アンタが想像している以上の舞台を用意してみせるわ」
そう言ってネイは、俺の返事を待つことなくそそくさと部屋から出ていってしまう。
まだ色々と言いたいことがあるというか、花火をこうして欲しいだとか、こんな飯を食いたいだとか、注文したいこともあったのだが……俺はあえてネイを追いかけず、あいつに任せてみるかと大金が無くなった畳の上へと寝転がり……これで悩む必要も無くなったかと堂々の昼寝と洒落込むのだった。
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皆様の応援のおかげで大江戸コボルトが第二回アース・スター大賞の一次選考を突破しました!
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