医務室にて
ダンジョンから脱出するなり意識を失った俺は、江戸城勤務のコボルト達に介抱されたようだ。
板張りの寝床がいくつも並ぶ医務室に運ばれ、汗臭いと防具を脱がされ、江戸城の湯殿へと放り込まれ……白い浴衣に着替えをすまさせた後はまた医務室に。
そうして翌日目を覚ました俺は……今までに感じたことのない凄まじい筋肉痛に蝕まれていた。
「い、いだだだだだだ!?
ひ、疲労回復の符術、いつまでも動き続けられる便利なもんかと思っていたら、こんな反動がありやがるのか!?」
寝床の上で悶ながらそんなことを叫ぶと、同じような白浴衣姿で隣の寝床に倒れているポチが声を上げる。
「狼月さんの位置からは見えないかもしれませんが、そこでクロコマさんが回復の符術を発動してくれていまして、これでも痛みは緩和している方なんだそうで……。
……回復の符術が無かったら筋肉痛とはいえないような酷い炎症が待っていたとか、なんとか……」
ポチがそんなことを言うと、比較的軽症なのか倒れることなく、ポチの隣の寝床でゴリゴリと、乳鉢で何かの草を砕いているシャロンが続いて声を上げる。
「今、痛み止めの薬湯を調合しているので少し待ってくださいね。
回復の符術に加えてこの痛み止めがあればいくらか楽になるはずですよ」
シャロンの調合なら間違いなく効いてくれるはずで……とりあえずはその痛み止めが出来上がるまではこの痛みに耐えるしかないかと拳を握り、歯噛みしながら悲鳴を上げそうになるのをこらえていると……符術を発動させているらしいクロコマが、ポチとシャロンの向こうの方から声をかけてくる。
「儂の魔力にも限度があるからなぁ、そろそろ起き上がってくれると助かるんだがなぁ。
痛み止めが出来た段階で、一旦この符術は中断しても構わんか?」
クロコマの言葉を受けて、ふざけたことを言いやがって、お前の符術が原因だろうがと、そんな言葉を返そうとするが……そんな言葉さえも身体中から沸き起こる痛みがかき消してしまい、俺はただ「ぐうう」と唸る。
「……まぁ、疲労は回復できても、体への負担というか、関節や肉、骨への負担は回復出来てなかったってことなのだろうな……良い勉強になった。
次回からは回復の符術も同時に使うようにしないといかんのだろうが……儂であっても流石に弾力と疲労回復と回復の符術を同時に発動は難しいからなぁ。
何か良い手を考える必要があるだろうな」
なんとも呑気な口調でそんなことを言ったクロコマは「ふんっ」と声を上げて……何かをし始める。
その様子はここからは見えないが……いくらか痛みが緩和した所を見ると、魔力で符術の効果を上げてくれたようだ。
そうやって痛みがいくらか緩和する中……シャロンが俺とポチに薬湯を飲ませてくれて、薬草を染み込ませた白布を俺達の脚や腕に巻きつけてくれて……それでどうにか悲鳴を上げないで済むくらいには痛みが和らいでくれる。
痛みが和らぎ、体がほかほかと温まり……一心地ついた所で、俺はあることが気にかかり、声を上げる。
「クロコマ、ドロップアイテムの方はどうなったんだ?
ダンジョンから脱出した後、お前が色々と調べていただろう?」
するとクロコマは「そのことならば……」とそう言って、あの後ドロップアイテムをどうしたかを説明してくれる。
「まず、儂の符術に必要そうな品をいくつか確保させてもらった。
今回消費した弾力の符術に使えそうな品、疲労回復、回復の符術に使えそうな品、それと新たな符術に使えそうな品をいくつかだ。
その後何か儂らで有効活用できそうな品は無いかと探ってみたのだが特に無し、ポチ殿の小刀のようなレリックアーティファクトも見当たらなかったな。
で、そうこうしているうちにエルフの深森殿が物凄い勢いで突っ込んできたのだが……深森殿の興味を引くような品は数える程しか無かったようでな、いくつかの紋様と文字が描かれた品を研究用とか言って持っていったくらいだったな。
ああ、勿論価値に関する鑑定の方もしてくれたぞ、鑑定してもらった上で、残った品は全て幕府の買取りという形で処理しておいた。
……何しろ宝石がいくつもあったからな、金額の方は中々のものとなった。
儂らで四等分したとしても……ちょっとした屋敷が建つかも知れん程の、な。
……だがまぁ屋敷は建てん方が良いだろうな。
お主の黒刀、儂の符術、異界の品を使った防具の数々……常識では考えられん程の価値の品を、惜しげもなく使ってようやくダンジョンを攻略出来ている訳だからな、今後のことを思えば貯めておいて、ダンジョン攻略の為に使うが吉だろう」
そう言って一旦言葉を区切るクロコマ。
クロコマの言っていることは全くの正論で、これからも黒刀や符術、あの着流しのような品を使っていくのなら、これまでの常識では考えられない程の金がそれに消えていくのだろう。
そのために貯金すべきで、無駄遣いはすべきではなくて……だがそれはそれとして、こんなにも酷い目にあったのだから、それなりの道楽をしなければ気がすまねぇと、俺はそんなことを胸中で呟く。
「……ちなみに、なんだ、お主の知り合いの澁澤殿。
お主の心配をして様子を見に来ておったのだが……たくさんの宝石がドロップアイテムとして幕府の手に渡ったと知ったら、生きているならそれで良しと、お主のことを見もせずに宝石の方へと走っていってしまったぞ。
幕府からなんとしてでも仕入れて、目玉商品として店頭に並べたいんだそうだ。
いやはやまったく、見事な商売人根性と感心してしまうな」
続くそんな言葉を受けて俺は……まぁ、そうでなくてはネイらしくないと納得し、深くは考えないことにする。
つい先程までは道楽に誘ってやろうかと思っていたが、その気が失せかけてしまっていて……忙しそうだから声をかけねぇ方が良いかななんてことも思ってしまうが……まぁ、なんだ、そこら辺については追々、痛みが落ち着いてから考えることにしよう。
宝石を仕入れて商機となったらアイツも道楽だなんだとは、言ってられねぇだろうしなぁ……。
「ちなみにだがシャロン……この痛み、どれくらいで引くものか予想がつくか?」
考えを切り替えて、尚も俺達の体に薬湯を染み込ませた白布を巻きつけてくれていたシャロンにそう声をかけると、シャロンはうぅんと考え込んで、俺の腕にそっと触れて、脚にそっと触れて……触診をしながら首を傾げて……傾げたまま言葉を返してくる。
「私も初めて見る症例なのでなんとも言えませんが……回復の符術が癒やし続けてくれたら明日までにはなんとか。
符術がなければ二、三日と言ったところでしょうか」
「おいおい、儂の魔力にも限度があるからな。夕刻前まで……それが限度だぞ」
「それなら、今日明日大人しく寝ていれば歩ける程度にはなるかと思います」
クロコマの言葉を受けてシャロンはそう言ってくれて……俺は「なるほどな、ありがとうよ」とそう言葉を返す。
そうして目を瞑った俺は……少しでも早く痛みが引いてくれるようにと、薬湯の匂いとうずくような痛みを嫌という程に感じながら、どうにか意識を落ち着かせて……夢の世界へと飛び込むのだった。
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