黒刀を振り回して
黒刀を振って振って何度も振って。
普通の刀でもそうしたなら息が切れて動きが鈍るものなんだが、クロコマの符術のおかげか、息は荒いながらも切れることはなく、疲れもたまらず動きも鈍らねぇ。
体力のことを気にして力を抑える必要もなく、疲れないようにと動きを制限する必要もなく、好き勝手に暴れまわれる。
符術の効果とはこれほどのものかと驚きながら……俺は荒く息を吐きだしながら黒刀を振り続ける。
疲れねぇと言っても呼吸は必要なようで、動きに合わせて激しく吸って吐いて……そうしながらぶんぶんと黒刀を振り回す。
そんな風に使ってもいくら血まみれになっても脂まみれになっても、どういう訳だか切れ味の鈍らない黒刀の存在は、この状況ではとんでもなくありがたいもんで……次々と猪鬼が黒刀の餌食となって倒れていく。
俺がそうする間ポチはとにかく小刀を振るい続け、シャロンはシャロンで礫やら何やらを投げ続けて……そうしてどれくらいの時が経っただろうか、段々と猪鬼よりもその死体の方が多くなり……死体がそこら中を埋め尽くし始める。
そんな死体の山を邪魔だとばかりにかき分けながら、あるいは投げ除けながら突っ込んでこようとする猪鬼達だったが……いつまでたっても俺達に疲労が見えず、行く手を阻む壁が消えてくれず……そこでようやくというかなんというか、自分達が置かれている状況に気がついたようで、勢いを失って呆然とし、戸惑うような感情を見せ始める。
鬼気迫る表情で武器を振り回し続ける俺達を見て、周囲に転がる死体の山を見て一体何を思ったのだろうか。
……そのまま逃げれば良いものを、それでも猪鬼達はこちらに突っ込んでこようとする。
しかしそうするには同胞の死体がどうにも邪魔で、見えない壁がこれでもかと邪魔で……勢いを失っているせいか動きが鈍く、猪鬼を斬り慣れてきた俺が振るう黒刀の餌食となっていく。
そんな中俺は、猪鬼のどこにどう骨がついているのかなんとなく理解し、どこからどう振り下ろせばすんなりと斬れるのかがなんとなく理解し、効率よく猪鬼を斬る方法を理解し、それに従って黒刀を振り回すようになる。
符術のおかげかなんだか力が増しているようにも感じられるし……と、黒刀を振って振って振り回して……そうしてついに、ようやく最後となってくれた一匹を真っ二つに出来る。
最後の一匹を真っ二つにしたなら動きを止めて荒く息を吐いて……そこで俺はどういう訳だか脱力し、地に膝をついてしまう。
疲れていないはずなのに、体力はまだまだあるはずなのに、力が入らず抜けていって……そのまま倒れ伏しそうになった所で、クロコマが俺の口の中に何かを放り込み、水筒をぐいと押し付けてくる。
「疲れないといっても汗は出る。当然腹も減るしで……お前の中は今からっからのすっからかんだ。
このままだと死ぬかもしれないのでな、とにもかくにも口の中のものを飲み干せ。
塩と砂糖と水を飲んでおけばとりあえずはなんとかなるだろう」
クロコマのそんな言葉に従って俺は、口の中を無理矢理に飲み干す。
正直甘いもしょっぱいも分からないような状況なのだが、とにかく口を動かし喉を鳴らし……そうしてから大きなため息を吐き出す。
「よしよし、その様子なら大丈夫そうだ。
ポチ殿もシャロン殿も水を飲んだことで落ち着いてきたようだし……そこらに転がってる山を片付けて帰るとしようか」
クロコマにそう言われて改めて周囲を見やってみると、そこにあったはずの猪鬼の死体の山はなく、周囲に飛び散っていた血や肉片も綺麗さっぱりと消えていて……その代わりとばかりに様々なドロップアイテムが山のように積み上がっている。
どういう意図のものかよく分からない木造の道具に、何がしかの布、馬具のような何かに、毛皮製品。
それといくらかの武器と防具……少ないが鉄製のものもあるようだ。
そんな山の中で特に目を引くのは……どういう意図でそうしているのか、紐束や腰帯、髪飾りなどにつけられた大きな宝石の数々だった。
赤色、青色、緑色に虹色。
初めて目にするそれらの宝石はなんとも美しく煌めいていて……それらをシャロンがぼぅっと、顔に手を当てうっとりとしながら眺めている。
「……これだけの数の宝石ってのは中々凄まじいものがあるな。
猪鬼は宝石を集めて身につける習性があるのか?
……いや、腰帯にしても何にしても猪鬼の体格には合ってねぇような……。
人が身に付けていた品を奪ったものか?」
それらを眺めながらそんなことを俺が呟くと、クロコマが水筒の中身をごくりと飲んでから言葉を返してくる。
「さてな。
そもそも猪鬼が落としたからといって、それが連中の持ち物だったとは限らないだろうさ。
この草原に縁のあるものなのか、それとも全く関係ない品なのか。
答えを知るにはダンジョンの全容を把握しないとどうにもならないだろうな。
……ほれ、そんなことよりもだ、これだけの数のドロップアイテムを運び出さなければならないのだから、ぐずぐずしている暇はないぞ。
またぞろ猪鬼共がやってくるかもしれないし、大アメムシや鬼のような親玉が出てくるかもしれない。
そうなったらえらい騒ぎだからな、さっさとやってしまうとしよう」
そう言って自らの膝をバシンと叩いてから立ち上がるクロコマに頷き返した俺は、黒刀をゆっくりと鞘にしまい……顔中に浮かんでいる汗を拭い、汗でどっしりと濡れてしまった着物を軽く絞ってから、ドロップアイテムの搬出をし始める。
見張り役を一人決めて、そいつが周囲を見渡し、魔物の襲来に備えて、他の者達で何度も何度も出たり入ったりを繰り返し、ドロップアイテムを運び出す。
まずは価値の高そうな宝石から、次に手の込んでそうな品を運び出し、粗雑で価値が無さそうな品は最悪持ち帰れなくても良いだろうと決めて何度も何度も。
先程のようになってしまわないよう何度かの休憩を挟み、水を飲んで食うもんを食って……邪魔が入る前に終わらせようと懸命に。
そうして江戸城の石室の前に、ドロップアイテムの小山が出来上がり……深森を始めとした職員達がそこへやってきてざわつき始める。
そんな状況を無視して、あれこれ声をかけてくる深森を無視した俺達は、見張り役を交代しながら、とにかく出来るだけを持って帰るぞとドロップアイテムの搬出をし続ける。
そうやってどうにかこうにか、日が沈み切る前に全てのドロップアイテムを運び出した俺達は……興味深げにドロップアイテムを吟味しているクロコマに後のことを任せて、そこら辺に大の字となって……、
「これ以上は一歩も動けねぇ……」
と、そんな言葉を吐き出し、目をつぶって意識を手放すのだった。
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