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符術お披露目


 クロコマという新たな仲間を得た俺達だったが……それからもしばらくはダンジョン周回と鍛錬の日々が続くこととなった。


 それはクロコマがダンジョンという存在に慣れる為というのと、ドロップアイテムでどんな符が作れるのかを研究する為であり……研究には思っていた以上の日数がかかることになり……そうして十日後。


 ようやく符術が形になってくれたとなって、俺達は江戸城の鍛錬室へと足を運んでいた。


 どうして江戸城に足を運んだかと言えばそれは吉宗様がクロコマの符術に興味を持ったからであり……クロコマがドロップアイテムを研究し産み出した符のお披露目が吉宗様の御前で行われることになったからだ。


 吉宗様がそんなことを突然言い出すというのは俺やポチとしてはいつものことであり、すっかりと慣れたものなのだが、まだまだ吉宗様との付き合いの浅いシャロンと、初対面となるクロコマは、まさかそんなことになるとはと驚き、ガチガチに緊張してしまっていて……ちゃんとお披露目出来るかはなんとも言えねぇ状況だ。


「そう緊張する必要はない、いつも通りやればいい」


 鍛錬室……と呼ぶよりも板張りの道場と呼ぶべきだろうその部屋の最奥、上座にどかんと腰を下ろす吉宗様にそう言われて、後ろに控える俺とポチとシャロンの前に、代表としてピシリと直立したクロコマは更にガッチガチに緊張しながら「はい!」と上擦った声で応える。


 吉宗様だけでも緊張するだろうに、その周囲には護衛のコボルトや何人かの老中の姿があり……それらの視線を一身に受けているクロコマは、もはや呼吸すらままならないようだ。


 そんなクロコマの側へと足を進めた俺は……その頭をぐりぐりと撫でてやりながら声をかけてやる。


「なぁに、失敗しても大したことはねぇさ。

 吉宗様は心の広さも天下一だ、何度だってクロコマの為に運んでくださるだろうよ」


「お、お前な!? 失敗前提で慰めてくれるんじゃないよ!?

 わ、ワシの符術なら大丈夫、大丈夫……絶対に成功するともさ……!」


 と、そんな言葉を返してきながらクロコマは、一枚の符を狩衣の中から取り出し、ペタリと床に貼り付ける。


 そうしてからぺたんとその手を符に押し付けて……瞑目し魔力を流し込むクロコマ。


 すると辺り一帯になんとも言えない鉄臭さが広がり……そうして俺の体を光が包み込む。


「……ほう? それが符術か。

 してそれは一体どんな効果があるのだ?」


 その様子を見てそう吉宗様が問いを投げかけると、クロコマは上擦った声で答えを返す。


「ひゃ、ひゃい!?

 こ、こ、これはいわゆる膂力を上げる符術でして……い、今この狼月は符術の効果を受けて、普段の数割増しの膂力を発揮しているはずです。

 ろ、狼月! その扱いに困っていた重ったるい刀を持ってみろ! いつもよりかなり軽く振り回せるはずだ!」


 クロコマにそう言われて俺が腰に下げていた刀を抜き放つと……まるで普通の刀をそうするかのように黒刀がするりと抜けて、両手を使ってやっとのことで構えていた黒刀を片手で構える事ができる。


「こりゃぁ……驚いた。

 こんなにも力が上がるものなのか」

 

 と、俺が刀を構えながら呟くとクロコマが吉宗様と老中に向かって説明し始める。


「わ、割増と申しました通り、これは元々の膂力が優れているものでなければ効果の薄いものです。

 時間制限がありますし、無茶をしすぎると体に負担がかかり、怪我に繋がってしまうという欠点はありますが……ご覧の通り効果はてきめん! 触媒としてドロップアイテムの剣を一本使ってしまいますが、その価値はあるかと思います。

 ……ろ、狼月、刀だけでは分かりづらいからこう、なんだ……そうだ! その場で跳んでみろ!」


 そう言われて俺が普通に、特に力を入れずに跳ねてみると、全く予想外の跳躍力が発揮され……危うくかなり高い道場の天井に頭をぶつけかけてしまう。


 更には床にどしんと落下することになり……結構な衝撃と痺れが足の裏から脳天まで突き抜ける。


「……と、このように膂力は増すのですが、当然の帰結としてその分だけ反動が増すという訳ですね。

 ちなみに今回は錆びかけの価値のない剣を触媒にしましたが、良い状態の……魔力を溜め込みやすい剣を触媒にしたなら、効果は更に上がるはずです」


 痺れに悶える俺を放置して説明を続けるクロコマに、俺が睨みを入れると、クロコマは「分かった分かった」とそう言って別の符を取り出し、俺の尻辺りにペタンと貼り付ける。


「符は床に貼れば辺り一帯に効果を発揮してくれますが、このように誰かの体の何処かに貼り付ければ、その者だけに集中して効果を発揮してくれます。

 と、いう訳でこれは異界の薬草……を入れていた壺を触媒としたものです。

 薬草そのものならもっと効果が高いのですが、異界の人々はこの壺で薬草を煮出していたようで中々の効果が期待できます」


 と、そう言ってクロコマは次なる符術を発動させ……なんとも言えない薬臭さと淡い光が俺の体を包み込み……疲れが癒え、先程の落下の痛みが癒えて、更には鍛錬で傷んでいたあちこちの筋肉の痛みがすっと引いてくれる。


「おー……これが回復の符術か。

 中々のもんじゃないか……これは切り傷なんかにも効果があるのか?」


 と、淡い光の中で俺がそう言うとクロコマは「多分な」とそう言ってきて……俺は袖を大きくめくり、迷うことなく手にしていた刀で自らの腕を斬ってみる。


 すると当然のようにそこから血が流れる……が、すぐに血は止まり、特に痛みもなく……俺が手ぬぐいでもって流れ出た血を拭いてみると、傷口が綺麗さっぱりと消えていて、先程まで出血していたとは思えない綺麗な肌が顕になる。


「お、お前!? こ、この馬鹿狼月!? まだ効果ははっきりと分かってないんだから無茶をするんじゃないよ!?

 あ、あー……コホンコホン、す、すいません取り乱しました。

 回復の符は触媒の関係でかなり貴重となっていますが、効果はこの通り確かなもので、コボルトさえいれば扱えるのでダンジョン探索以外の場面でも中々の活躍をしてくれると思います。

 他にも硬質化の符や、敵を引き寄せる引力の符、逆に寄せ付けない弾力の符、衝撃を発生させる符などがあります」


 俺を見て慌てて、吉宗様達を見てすまし顔をして、なんとも慌ただしくそんなことを言うクロコマに、上様は顎を撫でて考え込むような素振りをしてから……自らの目の前の床をトントンと叩く。


「符の効果とやら、一度体験してみたい。ここに回復の符を張り発動させてみてくれ。

 先程の様子からしてここであれば余と老中一同が範囲に入るだろうし……未だに効果を疑っているのか渋面を作り出している者達も、その身で体験したなら納得してくれることだろう」


 その言葉に道場内の誰もが驚くことになる。


 俺達はまさか吉宗様が!? と驚き、巻き込まれた老中達は怪しい術を自らの身に!? と驚き。


 だがまさか怖いから止めて欲しいとか、上様を置いてこの場を去るとかそんなことを言い出す訳にもいかず……下手なことを言ってしまえば吉宗様の不興を買ってしまうということもあって、老中達は歯噛みしながら黙り込む。

 

 そしてそんな空気の中クロコマは、懐から一枚の符を……先程使ったものより複雑な、豪華とも言える模様の書かれた符を取り出し、恐る恐るといった様子で吉宗様の下へと近付いていって……近づく中で何度も何度も、吉宗様に「本当に良いのですか?」と問いかけ、何度も何度も「構わん」と返されたことにより覚悟を決めて、床にぺたりとその符を貼り付ける。


 魔力が込められ符術が発動し、吉宗様と護衛と老中ご一同を光が包み込み……そうして一同からなんとも言えない感嘆の声が漏れ始める。


「こ、これは……腰の痛みがすぅっと消えて……」

「膝も、膝も全く痛くないぞ!?」

「ああ……事務処理で疲れ切った肩がじんわりと……」


 そんな声が上がる中吉宗様は、自らの手をじっと見つめて……試してみたくなったのか、自らの親指をがぶりと噛む。


 どれほどの力で噛んだのかは分からないが、とにかくその痛みは符術の効果ですぐに癒えたようで……満面の笑みを浮かべた吉宗様はクロコマに向けて大きく口を開く。


「あっぱれだ! クロコマ!

 これはダンジョン攻略は勿論のこと、傷病治療などで大活躍してくれるに違いないぞ!」


 そう言って吉宗様は「わっはっは!」と豪快に笑い……余程に嬉しいのか膝を叩きながら笑い続けるのだった。


お読み頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] やったなクロコマ君。これは歴史に名を残せる。
[良い点] 天晴。 あ、ひらがながないって怒られたw [一言] これがどんな意味を持つのか、公方様ならお見通しなんでしょうね。 コストは兎も角、とんでもないもんが開発されたもんです。
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