深森の調査 一回目
翌日。
俺達は吉宗様からの依頼と、約束をこなす為に深森を連れてダンジョンへとやってきていた。
戦闘能力からっきしの素人を連れてのダンジョン攻略ということで、相応の苦戦をする覚悟をしていた……のだが、運良く他の連中の攻略とかち合った結果、苦戦どころか一切の戦闘をすることなく、ただ深森の護衛だけをしていれば良いという、なんとも都合の良い、楽な展開が俺達を待っていた。
今回俺達はただ深森を護衛していればそれで良く、戦闘をせずとも……ドロップアイテムが手に入らなくとも全く問題はねぇ。
逆に他の連中はドロップアイテムの獲得とダンジョンの攻略を目的としている訳で……であればその連中に小鬼との戦闘の全てを任せてしまえば、先を争って揉めることもなく、安全な探索が出来て一石二鳥という訳だ。
そういう訳で俺達は、小鬼との戦闘をしながら前ヘ前へと進んでいく連中の後方で、ダンジョンの調査をする深森に付き合いながら、ゆっくりと足を進めていた。
そして肝心の深森はというと、ダンジョンに入る前はあの調子の、なんともふざけた態度のままだったのだが、ダンジョンに一歩足を踏み入れた瞬間から一転……何処までも真剣な表情で真面目に、真摯に調査をするという意外な一面を見せてきた。
様々な計測器具や、エルフ達が持つという魔力を使った道具……魔具などを使い、更には魔力そのものを使っての調査をし、その結果の全てを逃すこと無く丁寧に束となった書類へと書き込んでいく。
余計な真似をせず、無駄口を叩かず、ただただ調査に没頭し……そうして半ば辺りまで進んだ所で、深森の顔に明らかな疲労が見えてきた為、一旦休憩しようとなり、俺達は通路のような形となっている一帯の隅に腰を下ろした。
そうして握り飯を食って茶を飲んで……少しの休憩をした後に、疲労の色から回復しつつある深森に向けて、ポチが声をかける。
「どうです? 深森さん、現地調査の結果は……このダンジョンについて何か分かりましたか?」
すると深森は大事そうに抱えている書類を一瞥してから、あっけらかんとした態度でとんでもない言葉を返してくる。
「はい! 全く何も分からないままです!
……そもそも先人方が散々調査をした上で結果を出せなかったんですからー、ワタシなんかがちょっと調査したくらいで何かが分かる訳がないんですよー」
おいおい、それじゃぁ一体この依頼は何だったんだよと、俺はそんなことを思って呆れるが……深森は何故だか笑顔になって、なんとも嬉しそうに響く声を上げる。
「なんにも……全く分からないままですが、それでも自ら足を運んだのは正解でしたー。
現場には記録や文章からは読み取れない何かがありますし……自分の直感という、非科学的なものに頼っての、一応の仮説は立てられましたからねー。
帰還次第仮説の検討をし……この仮説を定説へと変えていきたいものですねー」
そんな深森の言葉を受けて、俺が確かに調査をしたからといってすぐに結果が出るものではないか……と、少しだけ深森への評価を改めていると、同じことを考えているのだろう、深森へと親しみを込めた笑顔を向けたポチが、質問を投げかける。
「……その仮説とは一体どんな説なのですか?」
「今の段階では何の確証もない、本当にただの仮説でしかありませんが……この空間はあちらの世界とこちらの世界を繋いでいた、通路『だった』んだとワタシは考えていますー」
『だった』との部分を強調して言う深森に、ポチは説明を続けてくださいと、態度で促す。
「今の定説ではダンジョンとはただの狭間のような空間であり、あちらとこちらを繋ぐ通路では無いとされていますー。
確かに今はあちらに行くことは出来ないようですが……しかしですよ、だからといって通路ではないとするのは早計のように思えるのですー。
この奥へと続く造りと言いますか、明らかに通路を思わせる造りがなんとも怪しいですし……貴方達が見つけた扉の存在も大変『匂い』ますー。
……つまりですね、ここは狭間ではなくあちらへの通路であり、あちらの扉が閉まっているからあちらにいけないだけ、とは考えられないか? ということなんですー。
かつて江戸に降り注いだというコボルトさん達は、あちら側の扉を開けて、ここを通って江戸へとたどり着いた。
今はその扉が閉まっているためにあちらに行くことは出来ないが、扉を開ける方法さえ分かれば……みたいなー。
悪くない仮説でしょうー?」
その説明に、俺とポチとシャロンがそれぞれに「なるほどな」という顔をしていると、深森は立ち上がり、尻の辺りをぱんぱんと叩き払いながら言葉を続けてくる。
「そういう訳で休憩はここまでにして最奥へと向かいましょうー。
この仮説を検証するためにも、貴方達が見たという……その先に進んだという、扉の存在を確認する必要がありますー」
了解と頷いた俺達は、立ち上がり片付けを済ませ支度を整えて……奥へと向かって足を進める。
その途中、俺達の先を行っていた連中とすれ違うことになり……どうやら連中は最奥へとたどり着き、そこから引き返して来たようだ。
扉があったか? 鬼がいたか? と、連中に問いかけようかとも思ったが……大金になるかもしれない情報を話してくれるはずもないだろうと思い直し、自分達の目で確認するために最奥へと足を進める。
そうして最奥にたどり着くと……そこには何も無い空間が広がっていた。
小鬼の姿もなく、扉の姿もなく、何もないただの広間だ。
それを見て小さく肩を落とした深森は、それでも調査すべきことはあると気を取り直し、壁やら床やら天井やらの調査をし始める。
俺とポチとシャロンは、そんな深森の周囲を囲って不測の事態に備えていたが……何も起こらないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
件の扉は出現せず、小鬼も出現せずの静かな時間が過ぎていって……そうして深森が、大きなため息を吐き出し「あーあ」と声を上げる。
「扉、出現しませんねー。
一体何が悪かったんでしょうねー?
前回と前々回の貴方達の調査とは色々条件が違いすぎて単純な比較はできませんがー……ワタシが同行したのが悪かったのか、先行した彼らが何かをしてしまったのか。
それとも貴方達が戦っていないのが悪かったのかー……。
はぁ、扉に関しては収穫無しですねぇ……」
その落胆ぶりは、能天気かつお気楽な普段の深森からは想像も出来ない、ひどく暗く重いものであり……ポチへと視線をやり、シャロンへと視線をやった俺は、二人が頷いたのを見て、深森へと声をかける。
「……まぁ、そう気を落とすな。
俺達は次のダンジョンを攻略するつもりでいるんだが……そちらの攻略が一段落したらまた、ここか、次のダンジョンかの調査に付き合ってやるからよ」
すると深森は、露骨なまでに態度を反転させ、その瞳をこれでもかと輝かせながら大声を上げる。
「本当ですか!! とっても嬉しいです!!
もしそれで扉のことが何か分かって、あちらとの扉を開ける方法が分かったなら、一緒にあちらの世界に行きましょうね!!!」
そう言ってはしゃぎにはしゃいだ深森は、その場でぴょんぴょんと跳ね始める……が、俺達は、
「いや、向こうの世界には全く興味ねぇからなぁ、いかねぇよ?」
「あ、僕もです、僕は江戸生まれの江戸っ子なので」
「私も……何があるか分からない異世界に行くのはちょっと無理ですかね」
との言葉を容赦なく返し、深森を再び落胆させるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
調査二回目は、狼月の言葉の通り次のダンジョンを攻略してからになります。
ダンジョンに関する色々な謎はこの調査シリーズで少しずつ明らかになっていくことでしょう。
という訳で次回は次のダンジョンについてとなります。





