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あんみつ


 あんみつは、元々あった『みつまめ』という甘味に餡を追加で盛ったもの、なんだそうだ。

 みつまめの時点で十分に甘かったというのに、更に餡を盛ることで甘さをどんと追加。


 そう聞くとただやけくそに甘いもののように思えるが、賽の目に切った寒天や果物、求肥を添えることで普通に楽しめる味に整えている……らしい。


 まぁ、甘味好きの俺としては文句は一つも無く、ポチに声をかけてから家を出てシャロンの家に向かって声をかけて、そうして四人であんみつを出しているというしるこ屋へと向かう。


「あんみつですか、話には聞いていたので楽しみですねぇ。

 弟妹達も来られたら良かったんですが、中々どうして折り合いがつきませんねぇ」

 

 と、ポチ。


「わ、私! 私、こんなに稼いだのは初めてで!

 しかも道楽までもがお仕事だなんて、こんなことあって良いんでしょうか!」


 と、薬師としての割烹着ではなく、白毛によく似合う淡い桃色の着物を着たシャロン。


「お洒落な外観のお店で、紅茶と一緒に楽しめるそうなのよ。

 元々はおしるこ屋さんだったそうなのだけど、今ではあんみつ屋さんと言った方が良い程の賑わいだそうよ」


 と、普段の銭柄の着物ではなく雪華柄の着物を着て、赤椿の花飾りをしたネイ。


 そんな風に言葉をかわしながらあんみつ屋へと足を進めていって……そうして件のしるこ屋のある通りへと到着すると、そこには思いもしていなかった光景が広がっていた。


 長屋の一画にある小さな店の前には、いくつもの丸机と椅子と、それらを覆う大きく華やかな柄の傘が並べられていて……想像していた以上の数の女性達と、何組かの男女がそこに腰掛けながら、あんみつと思われるガラス皿に盛られた甘味を楽しんでいたのだ。


「こりゃぁ驚いた、繁盛しているとは聞いていたが、店からはみ出す程とはなぁ。

 ……しかしなんだな、席が足りないから仕方なく外に作った……にしては、一つの机に椅子が二つってのは、効率が悪くねぇか?」


 その光景を見ながら俺がそう言うと、ネイが、


「まぁまぁまぁまぁ、席が無くならないうちにまずは座りましょうよ」


 と、そう言って俺の背中を押してくる。


 そうして店近くの席にポチとシャロンが、その隣の席に俺とネイが着くことになり……そんな俺達を見てか、すぐに店の方から割烹着姿の店員がパタパタと駆けてくる。


「ご注文は?」


 との声に俺達が異口同音に『あんみつと紅茶で』と答えると、店員はじぃっとポチとシャロンと、俺とネイのことを見つめて来て……そうしてからこくりと頷いて「了解です!」との言葉を残して、店の方へと駆け戻っていく。


「……なんだか、妙じゃねぇか?

 あの店員の様子もそうだが、周囲の空気もどうにもな……」


 俺がそう呟くと、真向かいに座ったネイは、にやけているのともまた違うなんとも言えない表情を浮かべて……「さぁてねぇ」なんてことを言ってくる。


 明らかに普通ではないその表情と、そもそもあんみつを食べに行こうと言い出したのがネイであることから、これは何かあるぞと俺が身構える中……ポチとシャロンはなんとものほんとした態度で鼻をすんすんと鳴らし、漂ってくる甘い香りを存分に楽しんでいる。


 そうして少しの時が経ってから、二人の店員がパタパタと駆けてきて……ポチ達の机にどんと一つのガラスの器と二組の鉄匙と湯呑を、俺達の机にどんと一つの器と二組の鉄匙と湯呑を置いて「ご注文は以上ですね!」なんてことを言って、店へと駆け戻っていってしまう。


 その背中を目で追いかけながら、おいおい、器が明らかに足りねぇぞ、とそんなことを言いかけて……ハッとなった俺は周囲の机の上へと視線を巡らせる。


 女性同士、友人同士と思われる二人の机の上には小さめの二つの器が置かれていて……そして男女の、恋人同士と思われる二人の机には大きな一つの器が置かれていて……。


 更には俺の目の前にもある大きな器の中だけに、恋人の象徴だとか言われている花桃の花びらが添えられてしまっていて……そこでようやく疑惑を確信へと変えた俺は目の前のネイのことを睨みつける。


 俺の睨みをネイは「おほほ」と微笑みながら受け流し、ポチとシャロンに「早く食べましょう」なんて言葉をかけてから鉄匙を手に取る。


 ポチとシャロンは目の前のこれが何であるか気付いていないようで……こういうこともあるのかと、気にした様子もなく鉄匙を手にとってあんみつを楽しみ始めて……そうしてネイが、ニヤニヤとしながらあんみつをパクパクと食べ始める。


 一体何が狙いで、何がしたくてこんなことをしてくれたのだと、ネイのことを睨んでいた俺は……なんだかこのまま食べないでいるのも敗北感があるなと考えて、鉄匙を手に取り、器の中身をすくい取り、がぶりと食べる。


 ただただ甘いその味には、ほんのりと花桃の香りが染み込んでいて……俺はその甘さと香りをこれでもかと味わいながら、ネイのことを睨みながら、あんみつをがつがつと食べ続ける。


 すると半目になったネイが、


「何よその顔は、このアタシと……江戸商人一の美人と名高いアタシとランデブーを楽しめるせっかくの機会なんだから素直に楽しみなさいよ。

 それとも何? このアタシが相手じゃぁ不満な訳?」


 と、そんなことを言ってくる。


 それを受けて俺は、目的の分からねぇ嫌がらせをしてきた上に、訳のわからない単語を使って煙に巻きやがって……と、そんなことを考えながら、


「別に不満はねぇよ」


 との一言を返し、鉄匙を持ち上げあんみつを口の中へと放り込むのだった。



お読み頂きありがとうございました。


次回も道楽編となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] にやにや。 狼月さん。君ってヤツは。
[一言] ランデヴー……そりゃあ狼月じゃ気付かんわ。 読者である我々からしたら時代を感じさせる言葉ですが、彼女らからしたら流行最先端の言葉なんですよね。 一つのグラスにストロー二本のカップルドリンク…
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