鬼との決戦 その1
二度目ということもあって、ダンジョンの攻略は順調に……概ね順調に進んでいった。
途中、戦闘の流れで小鬼を踏みつけることになった俺を見るなりシャロンが、
『あ、狼月さん、そのまま殺さず、押さえつけたままでお願いします。
この小鬼に手持ちの毒が効くのか、どれくらいの効果があるのかの確認をしますので!
よく似た姿をしているという小鬼で色々試しておけば、件の鬼にどんな毒を、どのくらい使えば良いのかといった予想の参考になるのですよ!』
なんてことを言い出し、妙に張り切った様子で実験を始めてしまい、結構な時間を使ってしまったと、そんなことがあったが……まぁ、うん、概ね順調だ。
……肝が座っているというかなんというか、普段から薬師として重傷や重病といった厄介な存在と戦っている為か、シャロンの根性は中々のもので……その中々の根性は戦闘の中でも活躍してくれた。
毒や薬を使わずとも、投げ紐を使っての礫の投擲が思っていた以上の威力を発揮していて……アレを殺意をもって遠慮なしにやられたら俺でも勝てるかどうか怪しい所だろう。
それと新装備のゴーグル、これが思っていた以上の効果を発揮してくれた。
相手の血しぶきなどが目に入る心配をする必要がなく、投擲などの目潰し攻撃に対して強気に出ることが出来るなど、絶対に潰される訳にはいかない、最大の急所である目をしっかりと覆っているという安心感は、俺達の動きそのものに大きな変化を与えていた。
視界が多少狭くなるというか、遮られているような違和感があるものの、受ける恩恵の方が圧倒的であり、恐れなく遠慮なしの突撃や攻撃が行えて……そうして俺達は全く危なげなくダンジョンの終着点であるあの広間へと到達したのだった。
「……前回は休憩をしたあとに姿を見せたが、今回は休憩をするまでもなく、到着した時点から姿を見せているのか。
……ここに来るまでにかかった時間は前回も今回も同じくらいのもんだと思うが……さて、一体何が条件となっているのやらな」
広間に到着するなりそこに生えているドアを睨みながら俺がそう言うと、ポチは「どうでしょうね~」と、そんなことを言いながら広場の状況を、周囲の様子を確認していって……特に問題無し、前回同様安全であるとの結論を出してすとんと腰を下ろす。
「なるほどー、これが話に聞いたドアですか、確かに不思議なドアですね」
シャロンはポチが周囲を調べる間、ドアの周囲をぐるぐると歩きまわりながらの観察をして……そうしてからポチの側へといって、これまたすとんと腰を下ろす。
そうしてそれぞれのやり方で寛ぎ休憩し始めるポチ達を見た俺も、そこへと足を向けて腰を下ろし……茶や握り飯を口の中に入れながらの作戦会議を始める。
「後でまたドアの向こうの確認をするつもりだが……ここまでに出た小鬼の出現箇所や数などが前回と全く同じだったことから考えると、ドアの向こうに居るのは前回と全く同じ、鬼と複数の小鬼ということになるだろう。
……さて、どうする?」
夢中で握り飯を頬張る二人に向けて俺がそう言うと、ゆっくりと味わいごくりと飲み込んでからシャロンが言葉を返してくる。
「ドアの向こうにはここと似たような光景が広がっているのでしょうか?」
「ああ、同じような風景で……特におかしな所や違和感なんかはなかったな」
「なるほど……。
ドアの開け閉めは自由に可能で、鬼達がこちらに来ることはないというのも事実でしょうか?」
「事実とまでは言い切れねぇな。
あちらさんが俺達に興味を示さなかったとか、あそこを出る気分じゃぁなかったってだけで、気が向いたから出てくる……なんてこともあるかもしれねぇ」
「なるほど、なるほど……。
では、鬼に私の毒が通用するかの確認も兼ねて、まずは毒攻めにするというのはどうでしょうか。
ドアを少しだけ開けて毒を放り込み、すぐさまドアを締めて様子を見る。
これを何度か繰り返してみて……そうやって毒で倒せるようならそれに越したことはないでしょう、小鬼の数を減らす効果や、相手の身体機能の低下、目鼻耳などへのダメージも期待できます。
先程礫を投げて確認をしたのですが、この空間には見えない壁だけでなく、見えない天井も存在しているようで……ここを山林でなく、一つの部屋だと考えるのであれば、火を付けることで煙とともに充満する類の毒が有効かと思われます」
なんとも良い笑顔で、あっさりとそんなことを言ってのけるシャロン。
小鬼への実験の時もそうだったが、本当にこいつは良い根性をしているというか、肝が座っているというか……度胸が並じゃぁねぇなぁ。
そしてポチ……お前も笑顔で同調するなよ。
学者肌ってことで似た者同士なのか? 共感しちまうのか?
……それともそれがコボルトの本性なのか?
あぁ、あぁ、全く……恐ろしいったらないねぇ。
ともあれその方針に反対する理由はなく、満場一致で毒攻めをすることが決まった。
決まったのであればと、早速シャロンは背負っていた荷箱からいくつかの道具と、厳重に封のされた壺やらを取り出して……壺の中身を、木の実や何かの草、虫の死骸などを砕いて擦って練り合わせて……と、調合していく。
そうやって出来上がった、毒々しい色をした何かを、小さな竹筒へと詰めて、その竹筒に油紐を差し込んで……火種を用意してからドアの前まで足を進めて、そうしてからシャロンが俺に「お願いします」との一言をかけてくる。
こくりと俺が頷くと、シャロンはすぐさまに油紐に火をつけて、それを見た俺がドアを小さく開くと、竹筒がドアの向こうへと投げ込まれて……俺はドアの向こうで起こるだろう悲惨な光景を想像しながらドアを閉める。
閉めたドアをしっかりと押さえ、万が一向こうの連中が開けようとしても開かないようにと押さえ続けて……それから結構な時間が経ってから、シャロンが第二弾の毒を片手に声をかけてくる。
「……そろそろ向こうの様子を確認しましょうか。
確認をして、再度の毒攻めが必要だと判断したらこの毒を投げ入れますのですぐにドアを閉めてください。
再度の毒攻めが必要無さそうならドアを閉めて欲しいと、そう言いますので、一旦ドアを閉めてから突入の準備を整えましょう。
……それで構いませんか?」
その言葉に、俺がこくりと頷くと、シャロンがいつでも火をつけられるようにと毒入りの竹筒を構える。
そうして俺がドアを開けると……その向こうにあったのは、惨劇の光景だった。
毒にやられたのか倒れ伏したまま、ぴくりとも動かないいくつもの小鬼達。
その中央で膝をつく鬼は、未だに受けた毒に苦しめられているようで、呼吸すらままならないといった有様だ。
この有様であれば再度の毒攻めは必要なさそうだと、そう考えた俺がドアをシャロンの判断を待っていると……シャロンはこくりと一度頷いてから、一切の躊躇なく容赦なく、油紐に火をつけて、ドアの向こうに竹筒を投げ入れる。
それを受けて慌ててドアを閉めた俺は……ドアを全力で押さえつけながら、シャロンのことをじっと見つめて……その在り方にただただ戦慄するのだった。
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次回はこの続き、その2です。





