魔王
黒い城に住まうその王は、色々と苦労をしてきた王であったらしい。
様々な種族が住まう世界の人間の国の王となって以来ずっと、他種族との友好と融和を掲げて苦労をして……そしてその苦労全てが空振り、何の成果も上げる事が出来なかった。
……それもそのはず、俺の目から見るとこの王はどうしようもねぇ無能だった。
友好を結ぶ方法も、友好の証として送る品も、何をもって友好とするかも、全て自分基準、人間達の都合しか考えていねぇもんとなっていて……相手からすりゃぁこんなもん、ただの侮辱でしかねぇだろう。
人間のように生きろ、人間に従え、人間になれ、人間こそが至高の存在だ。
それが当たり前のことだ、常識的なことだ、神が定めた世界の掟だ。
そんな言葉を会談の場で投げかけているのを見るに、王は根っからのどうしようもない無能で馬鹿野郎で、目の前にいたらぶん殴っちまいそうになる程の阿呆だったが……王はそんな一切の歩み寄りを見せていねぇ態度の何が悪いのかを理解してすらいねぇようだ。
本気で友好を望んでいて、本気で友好のために行動していて……だというのに相手の側に立つってことが出来ねぇようで、コボルトに人間の高さの椅子を用意し、人魚に歩くことを強要しようとし、鳥人に空を飛ぶなと怒鳴り散らし……みっともねぇったらありゃしねぇ。
一切の悪意なく、ただ己の愚かしさだけでもって、そんな蛮行を繰り返す王は、いつしか疲れ切り友好を諦めるようになり……そして民衆は、そんな王を支持した、支持してしまった。
あれだけ頑張ったのだからと。
頑張ったらそれで良いって訳でもあるまいに。
悪いのは全て他種族なんだと。
なぜ自分達を中心にしか考えられねぇのか、お前達だって他から見りゃぁその他種族なんだろうに。
だから自分達だけの世界を作ろうとする王を敬愛し、支持し、力を貸し……そうして人間達は愚かにも、他種族への排斥運動を始めてしまった。
殺し、奪い、追い回し……ポチ達やボグやペルの祖先達をあちらの世界から追い出した。
他種族が一斉にどこかへと消え去ったという報告を受けて王と民衆は大層な喜びようだったようだ。
こんな奇跡、神の御業に違いない、神が自分達の行動を応援してくれた認めてくれた。
神が人間だけの世界を作りだしてくれた。
だが実際のところはそうじゃねぇ。
人間以外にも獣が居るし鳥が居るし虫が居るし魚が居るし……何より魔物が居るのがあちらの世界だ。
急に消えちまった他種族の生存圏はそうした生き物や魔物達の手に落ちることになり、様々な道具や餌場を手に入れ、狩られることのなくなった上に爆発的に増えた生物が、いくらでも食料を与えてくれるとなって、魔物達は爆発的に増えることになり……そうして人間達はほんの数年で絶滅一歩手前というところまで追い詰められちまった。
鳥人達の空からの目がねぇ、コボルトの鼻と耳がねぇ、人魚達が魚介類を獲ってくれることもねぇし、エルフの弓やドワーフ手製の武具や……人間の生活を支えてくれている何もかもが無くなっちまった。
恐らくだが魔物がいなかったとしてもこいつらは滅んだんじゃねぇかなぁ。
他種族全てを排斥出来るほどの人数まで膨れ上がった状態で、生活の根幹を失ったんだ、立て直す前に何もかもが崩れ去っただろうさ。
そんな状況に追いやられた王と人間はなんと言ったら良いのか……呑気だった。
また神様が助けてくれるに違いねぇ、自分達は神様に選ばれた種族なのだからまたすぐに、あの時のような救いの手が降りてくるに違いねぇと、そんなことを信じていたからだ。
実際には人間だけが神から見放されたってな状態だった訳だが……それでもどうしようもねぇ馬鹿共は、神の救いを信じ続けた。
そんな人間を哀れに思ったのだろう、あちらの神は神託を下すことにしたようだ。
神は人間を救わない、人間に怒り絶望し見放した。
お前達は既に神の加護を失った生物であり、魔物と変わらない存在だ。
だから後のことは自分達でなんとかしろ。
それは相当に慈悲深い言葉だったと思う、怒り絶望しながらも生き残る道を教えてくれたのだから。
自分達で頑張ってなんとかして、生き残る。
そんな道があるのだと教えてくれているのだから。
だが王と民衆は……人間達はそうは考えなかったようだ。
神に見放されたと絶望し、神に怒り、信仰を捨てて……魔道に落ちた。
自暴自棄になり、何もかもを諦めて暴れるか奪うか、何もしないかという道を選び……そしてこれ以上ない程に正気を失った王は、魔王と名乗り黒い城に住まい、自ら破滅の道を辿っていった。
そしてその王は今このダンジョンにいる。
神に見捨てられ魔物と同類となって……そしてここで『再現』されているということは恐らくだが命を落としたのだろう。
あちらの記憶の残滓、ただの記録、再現されただけの実体のねぇ存在。
もはやそのことに絶望することも後悔することもねぇだろう、それの記憶を見せたのは一体何者の仕業だったのか……まぁ、深く考えてもしょうがねぇことなんだろう。
そしてそんな記憶を見ることになった俺達は、少しだけ考え込んで……全員で何も言わずに黒い城の中へと足を進め、魔王が待っているらしい玉座へと。
随分と遠回しな考え方ではあるが、ダンジョンという世界の傷が出来上がった原因は魔王にあるとも言える。
魔王が愚かな王で、愚行ばかりを繰り返したからコボルト達がこちらに来ることになり、結果ダンジョンという世界の傷が出来上がった。
そんな魔王の再現体がダンジョンの最奥に位置する黒い城の中の一番奥にいるのなら、それを倒せばー……まぁ、なんかが起きるだろう。
駄目だったら一度ダンジョンを出て仕切り直しゃぁ良いんだしなぁと、黒石造りの城の中を進んでいると、魔王の手下だったのか、それとも民衆の兵だったのか革や鉄、様々な鎧姿の人間……いや、このダンジョン本来の魔物と思われる存在が襲いかかってくる。
だが弱い、ただ武装した人間が炎を放つ黒刀やポチの小刀による斬撃、シャロンの毒、クロコマの符術にボグの怪力に、ペルの魔法に刃向かえる訳がねぇからだ。
「これでよく他種族の排斥なんてことができたなぁ……。
それとも弱りきった後なのか? それか再現が正確じゃねぇとか?
ダンジョン自体が消えつつあるからってのも、あるかもしれねぇなぁ」
なんて感想を口にしながら突き進んだ俺達は、なんとも素直で簡単なまっすぐに続く道を進み続け……そうして魔王が待つ玉座がある空間へと足を踏み入れるのだった。
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