決戦 その3
ボグは温和で優しく、穏やかな性格をしている。
一族の代表に選ばれた最大の理由がその性格なんだそうで……他の種族や江戸幕府と衝突せずに交渉を行えるだろうと、そう判断されてのことらしい。
つまりボグの一族は、全員が全員ボグのような性格をしている訳ではなく、むしろボグのような存在は稀有なんだそうで……狩猟隊と呼ばれる、こちらで言うところの軍隊には荒々しい性格の者達が揃っているんだそうだ。
「ガァァァァァァァア!!」
「ゴガァァァァァァァ!!」
「オラァァァァァァア!!」
そんな声を上げながら、ただただ力尽くで大物連中を押しやっていく。
ボグが本気になったらというか、手加減を忘れたらこうなるんだろうなぁって怪力で強引に、相手が踏ん張ろうが攻撃してこようが構わずに押し続ける。
狩猟隊の連中の体毛をよく見てみると油のようなものが塗りつけてある、それが固まってそれなりの強度となって……まるで鎧のように敵の攻撃を受け止めているようだ。
服も頑丈そうでそこに貼り付けた鉄板も良い仕事をしていて、油断をしたなら鋭い爪で切り裂いてきて……と、そんな連中が突然数十……いや、数百も現れたもんだから大物連中は大慌てだ。
そんな熊達のおかげで撤退すべき連中は撤退出来て、立て直しを計っていた連中も立て直せて……そして俺や他のダンジョン探索者は熊達じゃぁ相手し辛いだろう大アメムシなんかを狙って攻撃を加えていく。
炎にしても電撃にしても光にしても、大アメムシには効いてくれるようで、前へ前へ進み続ける熊達の横脇を駆け抜けて大アメムシを叩けばそれで大アメムシは倒れてくれて……前線がどんどん前へ前へと上がっていく。
その勢いは本当に凄まじく、俺達が置いてきぼりを食らう程で……そうやって前線を上げていると大物の数が見るからに減っていく。
「……前へ進み続けないと敵が増えるダンジョンなのか? これだけの数を出しておいてなんつう仕掛けになってんだよ」
その光景を見やりながら足を止めて、息を整えながらそんなことを言っているとポチとシャロンと、それとクロコマが俺の下へと駆け寄ってくる。
「クロコマ? 魔力は大丈夫なのか?」
それを受けて俺がそう声を上げると、クロコマは少しだけ尻尾を下げながらこくりと頷いてくる。
その様子がなんとも言えず不気味だったもんで俺が首を傾げているとシャロンが鞄から初めて目にするガラス瓶を取り出しながら声をかけてくる。
「クロコマさんにはこちらの新作の薬を飲んでもらいました。
あちらの世界の薬にちなんで名前はポーションとしていまして……複数の生薬にたっぷりのコボルトクルミの粉末を混ぜたものを、水とお酒でもって溶いたものとなっています。
一瓶飲み干せば魔力があっという間に回復しますし、お酒のおかげもあって気分も盛り上がりますよ!」
の割にはクロコマの尻尾は下がったままで……どうやら生薬のせいで味の方が最悪だったようだな。
酒としても量が少ないわ薄いわで酔えるもんでもなさそうだし……好物であるコボルトクルミを、魔力のためとは言え、そんな風に不味くされちまったっていうのも精神的に痛ぇんだろうなぁ。
前線は上がった、ポチ達が復帰した。
前線はボグの一族とそれを補助するペルの一族とシャクシャインの人間達が支えていて……御庭番やダンジョン探索者達も中々の粘りを見せている。
符術士と幕府軍は撤退……そんな状況の中、さて俺達はどうしたもんかと考えていると一瞬だが大物連中の向こうに黒い何かが見える。
「ありゃなんだ?」
俺がそう声を上げるとポチ達も俺の視線を追いかける形で向こうを見て……見ようとして、背の高さの関係で見えなかったのか、俺の体をよじ登り、兜に張り付いたり肩当てに張り付いたりして高さを確保してから、俺の視線を追いかける。
「……城?」
「黒いお城ですかね?」
「建物であることは確かなようだのう」
そしてポチ、シャロン、クロコマの順番でそんなことを言って……俺は目をこらしながら声を上げる。
「そういや何度目かのダンジョン攻略の大物を倒した後に黒いお城を見たことがあったな。
結局あれが何なのかは謎だったんだが……あれがその城ってことか?
ダンジョンの中の城? それともダンジョン内の木や草のようにただ背景なだけか……。
……大物連中がある程度減った機に、あの黒い城が何なのか確認のために突っ込んでみるのも良いかもしれねぇなぁ」
その声はそこまで大きなものではなく、騒がしい戦闘音と熊の絶叫が響く中では、せいぜい俺に張り付いているポチ達だけに聞こえる程度のもんだったんだが、それでも熊達の耳に届いたようで熊達が俺達のための道を作るような動きを見せ始める。
力任せに強引に大物の壁を割っていって……邪魔な大物は爪で斬り裂き、場合によってはその口で噛み砕き、一切の容赦がねぇ。
「……仮にシャクシャインと敵対したらこの軍勢と戦う訳か……。
……吉宗様には絶対に敵対しないように進言しとかねぇとなぁ……」
その光景を見やりながら俺がそう言うと、兜に張り付いたポチが、上からこっちを覗き込みながら言葉を返してくる。
「他の御庭番からも報告が行くでしょうし、幕府軍の物見もこの光景を見ていますから、その心配はないでしょう。
……そんなことよりも、今は行くか行かざるかを決めましょう」
そう言ってポチは開けた道を指差し……直後、ペルの一族が魔法を使ってその道に流れのようなものを作り出す。
黒い城まで川のような魔力の流れを……大物達が入り込めねぇ壁の中のような道を。
そこまでされたら仕方ねぇと俺が踏み込むと、ポチ達は俺に張り付いたままついてきて、似た感じでペルを背負ったボグも俺の後についてくる。
そんな俺達一行が魔力の川に入った瞬間、川が流れ始め、まるで床が動いているかのように前に進み始め、俺達は黒い城へと向かって一直線に突き進むことになる。
大物連中が何度も何度も湧き続ける現状、何か突破口を見つけたほうが良いとは思うんだが、こんな風に前に出ても良いものか……とも思うが、どうやら前に出たのは正解のようで、後方を見ると見るからに敵の勢いが失われていっている。
出現する数が減り、どんどん討伐されていって、余裕が出来た分だけ前線が上がって、熊連中がのっしのっしと前に進み続けて……。
これならそのうち俺達に追いついてくれそうだなと、そんな事を考えていると黒い城が目の前という所までやってきて……そしてそこでまたあの現象が、ダンジョンの親玉突破後に見える幻のような現象が目の前に広がる。
黒い城の中に佇む一人の男……ある国の王、人間だけの世界を画策し、そのように動き、成功したは良いが、その結果は哀れなもので……。
その王の人生というかなんというか、そんなものが目の前にまるで劇か何かのように展開されていくのだった。
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