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天ぷら三昧



 ごわごわと油がうねる音が店内に響き渡る中、飲み下した山芋の感触と、鼻に抜けてくる風味を楽しんでいると、店の主人が次の皿を差し出してくる。


「……たけのこの天ぷらだ」


 程よい大きさの筍を、天辺からいくつかに切り分けた姿のそれは、衣を纏いほかほかとした湯気を上げて、なんとも良い香りを放っていた。


 早速とばかりに箸でつまんで口の中に放り込むと……しゃきしゃきとした良い食感と、いかにも春らしい筍の味が口の中いっぱいに広がってくる。


「あ~……やっぱ筍はたまらねぇなぁ。

 隣の家から生えてきた筍を取り合うなんて笑い話があるが、そこまでしたくなるのも納得ってもんだ。

 ……そういや今年はまだ食ってねぇなぁ、筍ご飯」


「焼いてよし、蒸してよし、煮てよし、揚げてよし。

 漬物に和え物に汁物にお刺身に……どうやって食べても美味しい筍ですが、天ぷらになるとまた格別ですねぇ」


「ん~~~……この味! 春って感じがして最高!!」


 俺とポチとネイがそう言うと、店の主人は無言ながら機嫌をよくしたのか追加の筍を寄越してくれる。


 筍ならばいくらでも食べられるぞと、俺達が勢いよく箸を動かしていると、そこに本日の主役である海老の天ぷらを二尾ずつ乗せた皿が差し出されてくる。


「……海老の天ぷらだ、今日は良いのが入ったんだ」


 そう言いながら主人は、塩壺とつゆの入った深皿を寄越してきて、どちらでも好きな味付けで食べろと、その目線でもって語りかけてくる。


 俺は塩、ポチはつゆでネイもつゆ。


 見事に好みが分かれたなと、そんなことを考えながら味を付けた海老天を口の中へと放り込むと……そのあまりの美味さに、俺達は言葉を失ってしまう。


 海老天自体は何度も……家なんかでもお袋が揚げてくれたものを食べたことがある。

 それだって十分に美味いもんだったが……なんと言ったら良いのか、この海老天の美味さといったら、それらの海老天とは全くの別物だった。


 本職が……腕の良い職人が揚げたものなのだから、家で食うものより美味いのは当然なのだが、その当然の味を遥かに超えた、全く予想外の美味で……。


「もっとだ! もっと海老をくれ!」


「僕もおかわりください!!」


「アタシも! 一尾や二尾じゃ全然足りないわ!!」


 あまりの美味さに俺達は思わずといった感じでそんな声を上げることになり、主人は何も言わずに頷いて……俺達がまだかまだかと、待ちに待って待ちわびた頃に、海老天大盛りの皿をどかんと寄越してくる。


 その皿を受け取った俺達が夢中で箸を進めていると……その皿で俺達の腹が満腹になってくれるだろうと考えたのか、包丁やらまな板やらを洗って整えて、と後片付けを始めた主人が声をかけてくる。


「……貧乏侍、お前が異界に行ったとかいう噂話は本当なのか?」


 一瞬その言葉の意味が分からず、小首を傾げた俺は……数瞬の後にダンジョンのことかと理解して、口の中のものを綺麗に飲み下してから口を開く。


「異界に行ったと言ってしまうと語弊があるな。

 ダンジョンって名前の……異界によく似た変な空間に行ったって感じだな」


「……懐に余裕があるってのはそこでの稼ぎのおかげか」


「ああ、ダンジョンで手に入る色々な品を持ち帰ると、幕府の方でその品を買い上げてくれるんだよ。

 俺とポチはたまさか珍しい小石を拾うことになってなぁ……それがまぁ、良い金になってくれたんだ」


 俺がそう言うと、主人は一瞬だけ目を丸く、大きくし……そうしてから言葉を返してくる。


「……そっちのコボルトも行ったのか」


「ああ、ポチは博識家だし、幼馴染だけあって気心も知れていて連携も取れる。

 その上腕も立つからなぁ……実際にダンジョンで出た魔物、小鬼を見事に討ち取っての大活躍だ。

 俺が今こうしていられるのもポチのおかげだよ」


「……魔物が出るって噂も本当なのか。

 ……そうすると人死にが出たというのも……」


「……あぁ。

 俺とポチは八つあるダンジョンの中で、最も安全で、最も弱い魔物が出るって話のダンジョンに行ったんだが……それでもいくらかの恐ろしい目に遭ったし、最後の最後にはやばそうな魔物を目にしての逃げの一手よ。

 一番安全なダンジョンでそれだからな、他のダンジョンに行った連中は……まぁ、命を落とすこともあったろうな」


 俺がそう言うと、主人は瞑目して「なんまんだぶ、なんまんだぶ」と呟き……そうしてから作業の方へと意識を向け始める。

 

 俺はそんな主人のことをじっと見つめてから、わざとらしく懐の中の財布をじゃらりと鳴らして言葉を続ける。


「ダンジョンは確かに危険な場所で、俺達もこの澁澤の店で十分な備えをしたからこその生還だったが……この財布の重みを思うと行く価値は十分にありって所だろうな。

 上様も人死が出ちまったことを重く受け止めていらっしゃるようで、どんな魔物が居るとかの情報共有だとか、経験の浅いうちは危険なダンジョンには行かせないといった対策を進めるとおっしゃっていたし……ま、悪いようにはならねぇだろう。

 ……どうだい? 主人もダンジョンに行ってみるかい?」


 そんな俺の言葉を受けて主人は、眉をぐいと釣り上げての物凄い表情を作り出す。


 その表情のまま何かを言おうとした主人は……一旦言葉を呑み込んで、小さなため息を吐き出し、表情を整えてから口を開く。


「……馬鹿を言うんじゃねぇよ。

 切った張ったで食っていくなんて性に合う訳がねぇ。おれぁここで油を相手に商売して、そうして畳の上で死ぬって決めてるんだ」


 主人らしいその言葉を受けて大きく笑った俺は、皿の上に残しておいた最後の海老天をがぶりと食べる。


 その様子を半目で眺めていた主人は「ほらよ」との一言と共に人数分の茶を出してくれて……俺とポチとネイは、なんとも心地よい満足感に包まれながらその茶をぐいと飲み干すのだった。



お読みいただきありがとうございました。


次回もう一つの道楽を楽しんで、それで今回の道楽編は終了となる予定です。

その後は日常&準備編 → ダンジョン編 → そしてまた道楽編という流れの予定です。


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