決戦用装備
それからの日々は概ね問題なく過ぎていった。
ポチ達が冬毛だからという言い訳が通用しねぇくらいに太ったりもしたが、鍛錬をすることで元に戻り……そうして一月四日。
元旦に挨拶をした具足師の牧田が弟子を引き連れ組合屋敷へとやってきて……そして開口一番、しわがれた声を上げる。
「おう、最終ダンジョンで決戦だってな、ダンジョンを歩き回るんじゃねぇってんならこいつの出番だろ」
そう言って牧田が手を挙げると弟子が抱えていた黒漆塗りの箱を屋敷の縁側へと持ってきて、恐らく俺の分とポチ達の分、それとボグとペルの分をどかんと置く。
「エルダー連中のは流石に間に合わなかったんでな、これで勘弁してくれや。
ドロップアイテム素材をこれでもかと使った一級品……支払いは後で良いぞ」
そう牧田が続ける中、弟子達は俺達にそれぞれの箱を開けるようにと促してきて……それに従い開けると、中に納められていた鎧兜が姿を現す。
俺のは赤塗り、ポチ達はそれぞれの毛色の色塗りで、ボグも毛塗り、ペルは青塗り。
兜飾りは至ってシンプルな角となっていて……いや、これ、俺のはかぶと虫の角だな?
ポチはくわがた虫、シャロンは無し、クロコマは少し形の違うくわがた虫、ボグは枝分かれしたいやにいかついかぶと虫、ペルは何故か鹿の角。
「あ、オイラは事前に希望を出したんだ、鹿は美味しくて好きなんだよね」
俺がじぃっと角飾りを見ているのに気付いたのだろう、ペルがそんなことを言ってきて……俺はペルや牧田に対し、希望を出したり受けたりする暇があるなら、俺に話を通してくれよと、そんな視線を送る。
「はっはー、驚かしてやろうと思って黙ってたんだが正解だったな!
ま、物は良いからよ、早速身につけてみてくれや、細かい調整はここで済ませちまうぞ」
すると牧田がそんな言葉を投げかけてきて……俺は呆れのため息を吐き出してから、鎧兜を抱えながら屋敷の奥へと向かう。
ポチ達もそれぞれの部屋に向かい……そうして自室へと入るとネイが待っていて、いつの間に用意したのか、衣紋掛に下げられた鎧直垂……鎧の下に着る着物までが用意されている。
「これもドロップアイテムを使っているから軽くて頑丈よ……ほら、着せてあげるからそこに座りなさいな」
そんなネイの言葉になんとも言えない顔をした俺は、素直に腰掛けに腰を下ろし……すぐにネイが髪の手入れをしてくれる。
まさか今時分、剃り上げての月代もねぇだろうと、軽くまとめて縛って、手拭いを軽く巻いて……それが終わったなら鎧直垂への着替えをしていく。
それが終わったなら真っ赤な鎧兜を……俺の知っているものよりも装甲の多い、かなりの範囲を覆ってくれるもんを身に着けていって……最後に兜をかぶったなら、腰に黒刀を差し、どれだけ動けるもんかと体をひねってみる。
体をひねって歩いて跳ねてみて……特に問題ねぇようだと頷いてから、居間で待っている牧田の下へと足を向ける。
「おうおう、馬子にも衣装だなぁ……よし、細かい調整をしていくぞ。
きつかったり動きにくかったりしたならすぐに言えよ、後になって……実戦であれこれ気付いても手遅れなんだからな」
すると牧田がそんな声で歓迎してくれて……それから牧田と弟子による調整が始まる。
調整をしていると鎧兜を着込んだポチ達やボグ達がやってきて……コボルトやら異界のもんの鎧兜姿という、なんとも不思議な光景を目にすることになる。
「意外と似合ってんだよなぁ……鎧姿のコボルトか。
五月人形とか、こんな感じで作ったら売れるんじゃねぇか?」
両手を上げてまっすぐに伸ばして、大人しく調整を受けながら俺がそう言うと……離れた所で様子を見ていたネイが目を輝かせてポチ達の下へと駆け寄り、懐から出した半紙に炭片でもってその絵姿を書き込んでいく。
「ボグもペルも似合ってるし……つうか怪力で体毛がかってぇボグが鎧兜着込むとか、鉄砲持ち出しても勝てねぇんじゃねぇか?」
続けて俺がそう言うと……腰の辺りの調整をしていた牧田が笑いながら返事をしてくる。
「お前な、うちの具足を舐めるんじゃねぇぞ? 最新式の鉄砲だろうが弾くに決まってんだろうが。
軽くて硬いドロップアイテムを薄くし重ねて、張り合わせて……大筒の一撃を受けたって耐えきる強度だぞ?
まぁ……そんなことをしたら衝撃で中身の方が耐えられねぇけどよ」
「なんつーもんを拵えてるんだよ……」
俺がそう返すと牧田は更に笑って……笑いながら調整を済ませてくれる。
調整前でも十分動きやすいと思ったもんだが、調整後は全くの別格で……軽くて動きやすく、それでいて体を支えてくれるというか、動きを手伝ってくれるというか……その硬さと造りでもって、老人が使う杖のように体の負担を軽減してくれているようだ。
「虫や蟹なんかの外骨格とかいう仕組みを参考にしてみたんだよ。
連中は骨がなくて、その甲殻でもって体を支えているらしくてな、それと同じことが具足でも出来るはずだと思って……それで出来上がったのがこれだ。
慣れてくりゃぁ立っている状態で椅子に腰掛けているように体を休めることも出来るだろうよ。
まぁ、動きの邪魔にならねぇってのが一番だからな、そこまで変な造りにはしてねぇから安心しろよ」
そう言ってから牧田はばしんと俺の腰を叩き……それからポチ達の鎧の調整をし始める。
ポチ達は自分用の、コボルト用の鎧兜がよほどに誇らしいのか、なんとも嬉しそうな誇らしげな顔をしていて、牧田が調整しやすいようにと体を動かし続ける。
それはまるで俺達にもっと見ろと、この姿をしっかりと目に焼き付けてくれと言っているかのようで……ネイは懸命にその姿を描き続ける。
ポチ達の調整が終わったならボグ達で……それも終わったなら今度は慣れるための鍛錬だとなって俺達は、その鎧姿で道場へと足を向けて……日が暮れて体力が尽き果てるまで、鍛錬をし続けるのだった。
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