決戦は……
よもつへぐい、黄泉戸喫と漢字で書くらしいそれは、神話の話であるらしい。
黄泉の世界へ行き、黄泉の世界の食いもんを食ってしまうと、黄泉の住民となってしまい、現世で帰ることが出来なくなるとかなんとか。
現世との別れの儀式、未練を絶つための食事。
それを今エルダードワーフ達とエルダーエルフ達が餅を食うことでやっていて……どいつもこいつも笑顔で美味そうに餅を食っている。
餅だけでなく、酒に海の幸に山の幸に、手当たり次第に手を伸ばし、なんの躊躇も遠慮もなく食って飲んでの大騒ぎ。
そのうちドワーフの一人が歌を歌い始め……向こうの歌なのか、よく分からない言葉を口にし始め、他のドワーフ達が手拍子でそれをはやし、やんややんやと盛り上がり……エルフ達もまた負けるものかと歌を歌い、更には見たことのない華麗な踊りをくるくると舞って……ボグとペルまでがそこに混ざって、あちらの世界との別れを済ませていく。
そしてそれを見ていて羨ましくなったのか、膨らんでいた腹をどうにか落ち着かせたポチ達までがそんなことを始めて……コボルトに伝わる歌なのか、おかしな歌を歌い始める。
コボルト達はとっくに世代を経て江戸生まればかりなのだが、それでもあちらの世界のことを話に聞いていて、憧れてもいたはずで……それを今日ここで断ち切ろうとしているのだろう。
あちらに戻って暮らしたいとまでは思ってはいなくとも、一度は行ってみたい、旅行をしてみたいと、そのくらいのことは思っていたはずで……そういった想いを綺麗さっぱりと、捨ててしまいたいのだろう。
異界の歌に踊りに、元異界の住人達に……その手には餅があって酒があって、着ている服は正月を祝うための着物で……これもまた江戸の光景と言えるんだろうなぁ。
食って食って飲んで飲んで、酒を酌み交わせばもう仲間で、エルダーの連中もすっかりと、郷に入ったというような面構えになっていて……歌と踊りを終えてか、腰を下ろしてあれこれと語り始める。
「あとは最後のダンジョンか」
「憂さ晴らしに魔物共をたこ殴りにしてやろうぜ」
「幕府軍とダンジョン攻略者と、エルダーの連合軍か、どんな大戦になるのかねぇ」
「突入組が符術を張って魔物を蹴散らして、陣地を構築して、それから本隊を突入させて、戦場を造り上げていくんだったか」
「いきなり入って袋叩きは洒落にならんからなぁ」
「例の鉄砲も、遠慮なく使うんだろ?」
そんな会話から思い出されるのは、猪鬼との戦いだ。
符術を使って猪鬼の突撃を防いで、遠距離からの攻撃をして……恐らく最終ダンジョンでもそんなような戦いが繰り広げられるのだろう。
「……正月の宴の場で言うことじゃねぇだろうになぁ」
居間に腰を下ろし、餅つきで凝った肩を回しながら俺がそう言うと……同じく肩を回したネイが言葉を返してくる。
「部外者のあたしもいるってのにね……まぁ、幕府軍の鍛錬は既に市中の噂になっているし、周知の事実って感じになっているけども。
物資に食料の調達に……上様も本気みたいねぇ」
「本気というか幕府軍を鍛え直す良い機会だと思ってるんじゃねぇかな。
俺達はもちろん、上様も戦を知らねぇ世代だからなぁ……乱の鎮圧とは訳が違う、命の取り合いをここらで一つ、軍に経験させてぇってとこなんだろう。
死ねば消え去る魔物相手なら遺恨も何もねぇし、良い演習相手なのかもな」
「まー、商売者からしたら演習ってのはありがたいばっかりだから大歓迎なんだけどね。
実際の戦と違って土地が荒れる訳でも人が死ぬ訳でもないのに、どんどん物資と食料が消費されて、市場が一気に活気づくから」
「……儲かるのは御用商人だけなんだろ?」
「そうだけど、御用商人が市場から物資を買い集めれば自然と経済の流れが活発化するから、あたし達はそれに乗るだけで十分なのよ。
それに上様は御用商人っていうのをあまり好いていらっしゃらないから、そこまで重用されてる訳でもないしねぇ。
御用商人だけでなくあたしみたいな顔見知りにも程々の機会を与えてくださるのよ」
「はぁん、なるほどねぇ。
それならまた江戸の市場が賑わうのかねぇ、そこに最後のドロップアイテムが来れば……まぁ、かなりの間は景気よく過ごせそうだな」
「……まだ最後になるかはやってみないと分からないんでしょ?
ただまぁ……既にそこら辺の話も噂として広がっていて、皆もそれを理解した上で財布の紐を調整しているから、悪いことにはならないでしょうね。
それにあたし達には黒船があるし……これからはダンジョン景気じゃなくて黒船景気、世界交易の時代と言われるようにしていきたいもんね」
と、そう言ってネイは疲れた体を癒やすためなのか豪快に……少しだけ粗野に酒瓶を持ち上げてぐいと飲む。
正月だからと気を抜いているというか、無礼講気分なのだろう……まぁ、ここにそのことをどうこう言う連中もなし、好きにさせてやって……俺も一緒になって酒瓶を煽る。
すると踊り疲れてへろへろ歩きになったポチ達がやってきて……ポチ達もまた俺達のことを真似して酒瓶を傾けるが、一口ですとんと意識を手放し、床に横たわる。
「……食い過ぎた挙げ句の踊り、からの飲酒で倒れたか。
……まぁ、呼吸はしているようだし、放っておくか。
今日は元旦、うるさく言うのは野暮ってもんだからなぁ……決戦は七日後、それまではゆるゆると、気を抜いていきたいもんだねぇ」
今のところの予定は七日後、だが当然ダンジョンに異変があれば即突入ということになっている。
ダンジョンの確認は幕府の方で毎日行っているとかで……今日もしっかりと誰かが確認してくれているのだろう。
もしかしたら深森辺りが前のめりで、休みなんていらないとばかりにやってるのかもなぁと、そんなことを考えていると……酒を飲みすぎたのかネイが、その頭をふらふらと左右に振り始める。
それを見て俺はネイの体を支えてやって、抱きかかえてやって……それから寝室へと起こさないように気をつけながら運んでやるのだった。
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