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 買い出しや支度、大掃除が終わって年が明けると新年を祝っている間もなく、今年もよろしくってな挨拶回りをすることになる。


 ネイと連れ立ってまずは両親、お互いの親戚、友人知人、それから仕事関係……つまりは幕府の関係者全ての家を巡り、今年もよろしくと頭を下げる。


 今までは自分一人だけの縁で良かったが、ネイと一緒になったことで縁が二倍となり、歩く量も巡る家の数もうんと増えて……朝早くから午前いっぱいを歩き続けることになった。


「着衣始で新しい着物用意したけど……挨拶回りに着慣れてない着物って拷問みたいなもんよね……」


「後は組合屋敷にさえ行けば腰下ろせるし、餅食えるはずだし……もう少しだけこらえてくれ」


 歩いて歩いて歩き続けて……疲れが限界に来たのか真新しい山模様の着物を揺らすネイがそうぼやき、ネイの着物と対となる海模様の着物の俺がそう返す。


 そうして二人で重い足を引きずりながら組合屋敷へと向かうと、背の高い門松や正月飾りに彩られた組合屋敷の門が見えてきて……庭の方から掛け声と軽快な餅つきの音が聞こえてくる。

 

「もち……おもち、あんこもちお腹いっぱい食べたい……」


 その音に誘われたネイがそんなことを言いながら足を進めていき、俺も後を追って中へと入ると、なんとも楽しげに杵を振るうボグと、こちらも楽しげに臼の餅を返しているペルの姿が視界に入り込む。


「ほい! ほい! ほい! ペルっ、あんま手ぇ出すとあぶねぇぞぉ!」


「ほら、ほらほら、ボグはそんな細かいことを気にせずに、とにかく力いっぱいつけばいいんだよ! 力だけが取り柄なんだからさ!」


 そんな声を上げながらぺったんぺったんと餅をつき……そして組合屋敷の縁側では、既につきあげていたのか、エルフ達がどてんと厚紙の上に横たわる大きな餅の塊から、指でつくりあげた輪っかでもって、ちょうど良い大きさの餅を作ってつまみ上げていて……それを丸めて並べての鏡餅作りや、椀にいれて配っての餅料理作りをしている。


 それを見るなりネイは駆け出して、縁側に腰掛け椀に手を伸ばし……つきたての餅入りの椀を鍋を管理しているエルフの方へ差し出し……その鍋の中身、炊きたてのあんこを入れてもらう。

 

 そうしたなら箸を受け取り、餅を掴み……あんこを十分に絡ませた上で引っ張り上げ、伸び上がった餅をぱくりと頬張り、満面の笑みを浮かべてもぐもぐもぐと、なんとも幸せそうに食べ始める。


 そんなネイの隣に座り、組合屋敷の中を見てみればエルダードワーフやエルフ達が、雑煮やきなこ、砂糖醤油に海苔醤油など、様々な方法で食べているのが視界に入り込む。


「なんだってつきたての餅はこんなにうんめぇのかなぁ、柔らかくて甘くて……乾燥餅とは比べ物になんねぇなぁ」


「餅も餅つきもここいらが神聖なものらしいぞ、儀式に使ったり悪魔祓いに使ったり……風変わりな食べ方をするだけでも体が健康になったりするらしい。

 その神聖な力が餅を美味くしているのかもしれないな、向こうで言うところの魔力がこもってるってやつだ」


「あー……こっちだと神通力や法力って言うんでしたっけ」


 なんて会話までしていて……以前から江戸にいるはずのエルダー達がまるで初めて餅に触れるかのような会話をしている。


「もしかしてエルダー達って、こっちの風習を避けて今まで暮らしていたのか……? もう随分と長い間、こっちにいるんだろうに」


 それを見て俺がそんなことを言うと、椀につきたての餅をいれて、大根おろしをかけて、醤油をちょいとかけた辛味餅を作って手渡してくれた、エルダーエルフの女性が言葉を返してくる。


「一部の者達は意図的にこちらの儀式を避けていたのですよ。

 こちらの儀式、風習に馴染んでしまえばあちらに戻れなくなるとか、力を失うとか、そう考えていて……最近の流れを受けて考えを改めたという訳ですね。

 新年という区切りは考えを改めるにはちょうど良い機会ですからね」


「ああ、なるほどな、確かに俺も同じ立場だったらそうするかもしれねぇな。

 よもつへぐいって言うんだったか……そんな話もあるくらいだしなぁ。

 ……それを乗り越えて腹が座ったってなら、まぁ良いことなんだろうな」


 エルフにそう返したなら箸を手に取り……辛味餅をぐいと伸ばして口へと運ぶ。


 つきたての餅の柔らかさと、たまらない米の香り、それに爽やかに辛い大根おろしがよく絡んで……醤油が味を引き締めてくれている。


 辛くしょっぱく、噛めば甘く、つきたてでなければ味わえない柔らかさと、飲んだ時の喉越しはたまらないもので……今まで色々と美味いもんを食ってきたが、結局のところ餅に敵うもんはねぇんじゃねぇかと、そんなことを思ってしまう。


 味をつけずに単体で食っても美味いし、味をつけても美味いし、雑煮やうどんなどの料理に入れても美味いし、焼き揚げなど更に料理の幅がある。


 ああ、まったくなんだってこんなに美味いんだろうなぁ、なんてことを思っていると、すたたたたっと何人もの駆け足が響いてくる。


 それはポチとシャロンとクロコマのもので……挨拶回りを終えたらしい三人が駆けてきて、物凄い勢いで縁側に飛び上がり、


「こ、コボルトクルミ餅を!!」

「私はあんこで!」

「儂はあま醤油が良いのう!」


 なんて声を上げる。


 今の江戸は何処の家からも餅の良い匂いがしている、なんなら豪勢な料理をしている、食っている家も多く……去年が景気の良い年だったということもあって、どこも台所も賑やかな様子だ。


 鼻の良いコボルト達にとって、そんな江戸の中を挨拶して回るってのは中々つらいもんだったようで……ぐぅぐぅと腹を鳴らしながら三人は、まだかまだかと餅を調理してくれているエルフ達へと熱視線をやる。


「オラ達も食べてぇんだから、とっといておくれよ~」

「オイラ達朝からずっと働いてるんだからなー!」


 するとボグとペルがそんなことを言ってきて……椀の中の餅を食べあげて人心地ついた俺は、仕方ねぇなぁと腕まくりしながら立ち上がり、同じく立ち上がったネイに着物の袖をたすき掛けにしてもらう。


 そうしたなら井戸でよく手を洗い……ボグから杵を受け取り、重さの確認をする。


 ネイもまた自らの着物の袖をたすき掛けにし、井戸でよく手を洗ってから臼の側にしゃがみ込み……「いつでも来い」とでも言いたげ、なんとも良い視線を送ってくる。


 それを受けて俺は杵を大きく振りかぶり……新年早々変な失敗はできねぇなと気合を入れて、美味しい餅になれと念じながら振り下ろし、ネイとの餅つきを始めるのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これは五箇月後に是非読み直したい。 [気になる点] 今年は恙なく歳を越せるんでしょうかねぇ。 [一言] どこぞの暴れん坊様はお忙しいのでしょうか。 乱入してきそうな気がしなくもないのですが…
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